Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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恥ずかしい、ということ。
 いかんな、と思っとります。ここんところ。

 「恥ずかしい」、と感じることが、減ってきているような気がするのです。

 私のリアルを知る多くの方は、「またまたご冗談を」「えっ?!恥ずかしいと思う心が、てりぃさんにもあったんですかっ?!アレで?!」みたいな、あまりの有り難さに涙が止まらない反応を返して下さること間違いなしなのですが、いやいや皆の衆。そりゃああなた、私という人間を見誤っているんでございますよ。

 実のところ、私はそれなりに恥ずかしがり屋さんです。自分で「屋さん」とか言うヤツのどこが恥ずかしがりなんだ、と仰る方もおられましょうが、私と同タイプとは言えないものの、あの竹中直人さんが重度の恥ずかしがり、ということをご存知の方なら、そういうこともあるのだろう、と多少は思っていただけるのではないでしょうか。実際、照れ隠しに似た何かが、一層、アレなあれこれに拍車をかけている、ということもあったりするのです。あっ、その顔は信じてないな?
 
~~~

 「恥ずかしくてできない?!なんてもったいない!恥ずかしさを突き抜けた先が一番気持ちいいんじゃないかっ!」

 どこかで皆と交わした何かの話題の時に、他ならぬ私が言ったこと、です。いやいや、全然「自称・恥ずかしがり屋さん」の言葉とは思えないだろ、と言われそうですが、私がそれなりに恥ずかしがりなのも本当ですし、上記の言葉にも偽りはありません。と言いますか、私が恥ずかしがりだからこそ、この言葉は私の言葉なのです。

 「ずっと恥ずかしがっていていいのか」…自分の中に恥ずかしがる気持ちがあればこそ、そのように心底思っているのです。そして、その恥ずかしさを克服して進んだ先にこそ、恥ずかしがっていては到底到達し得ない地平が待っているわけで。私の上記の言葉は、自分自身への戒めの言葉のようなものなのです。私よ、恥ずかしさに身を縮めて立ち止まるな、臆することなく先へ行け。そのように、自身を鼓舞する言葉なのです。

 それは、「恥ずかしさを感じない」こととは全く異なります。恥ずかしく思わないのは、ただの「恥知らず」。恥知らずな者には、恥ずかしさを克服した先に辛うじて見える地平などは無縁なのです。それではいかん、と。私よ、恥ずかしさを思い出せ。来るべき寸刻先の初めての体験に、まさに身も心も焦がさんとする乙女の心境で臨むがいい!



 明日は、演奏会本番です。

 ちょこっとだけ、私がソロで歌うところがあります。ええと、何年ぶりですかね…大学二年の時に高校のOBステージで「わたし!」という一瞬のソロをやって以来、じゃないのかなぁ…。29年前?ひゃああああ…。

 もうね、めっちゃ恥ずかしいです。どうしていいかわかんないくらい。

 でも、当日はその恥ずかしさを乗り越えて、その先に行きたいと強く強く思っております。願わくば、誰も見たことのない地平に、辿り着かんことを。
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