Old Dancer's BLOG
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BS-i版AIRはみだし考察~KANON3人の背負うもの
 何で今頃、とお思いの方もいらっしゃるでしょうけども、思いついちゃったんだモノ…。それに、少なくとも今年いっぱいぐらいはAIRネタも「今のネタ」ってことでいいんじゃないかと。

 というわけで本日は、今年1/14に放映されたBS-i版AIRの第二話「まち -town-」においてKANONからゲスト出演した、女生徒A~水瀬名雪、女生徒B~月宮あゆ、女生徒C~沢渡真琴の3人について考察してみます。
 この3人は、原作では「女学生A」「同B」「同C」として登場するだけの、霧島佳乃のクラスメートです。別にKANONのキャラをダブらせる必然は無く、あえてKANONのキャラを持ってきたのは京アニの遊び心のなせるわざ、でしょう。

 でも、ちょっと待って下さい。なぜこの3人だったのでしょうか。KANONには他にも女性キャラが何人かいますから、別の組み合わせでも良かったはずです。DVDのオーディオコメンタリーでも、このゲスト3人の声を当てる声優さんのスケジュール調整が大変だった、と語られていますが、KANONからキャラを借りてくるだけなら、もっと楽に出来たはずです。何故ならAIRには、KANONでも声を当てている声優さんが二人参加されているのです。神尾観鈴役の川上とも子さん(KANONでは倉田佐佑理役)、そしてみちる役の田村ゆかりさん(KANONでは川澄舞役)です。この二人に、他のキャラをもう一人加えて出演させれば、スケジュール調整はかなり楽だったはず(もちろん、ギャラ的にも)。でも、京アニはあえてあの3人を登場させました。

 これは何かウラがある!

 私の灰色の脳細胞(ただし腐りかけ)が回転を始めました。ここに一つの大胆な仮説を立てて検証してみます。


【あの3人はAIRとの親和性の高さゆえに選ばれた?】
 京都アニメーションのスタッフは、AIR制作に先立って皆が皆ゲーム版のAIRをプレイし、その世界観やテーマに肉薄したと聞き及びます。そして、制作の過程においても、1シーン1シーンが何らかの意味を持つような描写の方法を探究したり、そもそも何を表現するのか、このシーンで、このカットで何を伝えるかということをギリギリと考えていた模様です。

 なれば、KANONからゲスト出演した3人が何かを背負って出て来たと考えても、それほど的外れとは言えないでしょう。この3人は、KANONにおける設定の一部が、AIRにおけるテーマやモチーフと大きくダブる3人だったのではないでしょうか。以下に、1人ずつその「ダブっていると思われるモチーフ」を列挙していきます。


【第一の少女・月宮あゆと「羽根」】
 KANONのメインヒロインであり、佐佑理シナリオを除く全てのシナリオの鍵となる「奇跡」を司る少女。彼女は非常にわかりやすい、AIRとの共通項を持っています。それは、彼女が背負ったリュックについている「羽根」です。この羽根は、幼い頃に彼女が願いをかけた天使の「人形」のそれと、同一の意味を持つものとして捉えることができます。つまり、「願いをかなえる者」が持つ象徴的なアイテムということです。もっと言ってしまえば、KANONの全ストーリーの主軸である「奇跡」の象徴でもあるわけです。

 一方、AIRにおける羽根は、翼人の持つ力の象徴であると同時に、様々な記憶を蓄える装置(ただし、KEYスタッフによればどこかが壊れているそうですが)として機能しています。この羽根が、佳乃を取り巻く様々な不思議な出来事のトリガーとなったり、存在しないはずのみちるを仮にこの世に具現化する力を与えたりしたことはご存知の通り。これまた、AIRのストーリーの中心に大きく関わるアイテムであることは疑いありません。

 つまり月宮あゆが背負った「羽根」というアイテムは、KANONにおいてもAIRにおいても根幹に関わる重要なものというわけです。BS-i版AIRにおいて往人の操る人形のデザインが、KANONにおけるエンディング後の「真あゆ」に似た帽子をかぶっていたり、あゆのリュックのそれと同じぐらいの縮尺の「羽根」がついていたことは、これと無関係ではないはずです。ゲーム版ではグラフィックが存在しない人形のデザインを、共通項の多いKANONから引用する形で作り上げ、その一方で引用元となったキャラクター・あゆをさりげなくゲスト出演させた…ただのファンサービスを越えた「仕掛け」がそこにあったと思うのは、邪推が過ぎるでしょうか?


【第二の少女・水瀬名雪にまつわる「父の不在と成長」】
 あゆがKANONストーリーの本命とするなら名雪は対抗。「奇跡」があゆに課せられているのに対して、名雪には「現実」が色濃く影を落としています。彼女のストーリーは、最後だけはあゆの奇跡による救いが差し伸べられますが、その他は一貫して「日常生活」という現実そのものです。

 その中でシナリオのキーとなるのが、彼女の成長であると私は考えております。全年齢版においても唯一ごにょごにょしているらしき描写をあえて残してある名雪は、その儀式を経て大人になっている、そしてそのことがストーリーの進行上不可欠であった、と解することが出来るからです。

 彼女がただ一人、母親に関する細かい描写がなされているキャラである点も見逃せません。KANONのヒロイン達は全て父親に関する描写がありません(おまけシナリオとされる佐佑理を除く)。しかし、多くのヒロインはまた母親も同じく描かれていない(或いは不在であることを明示されている)ため、ヒロインが頼るべき「親」という存在自体が非常に希薄になっていると言えるのです。しかし、名雪だけには、自分を全て受け止めてくれる母「秋子」がいます。そして、父親がいない分、子どもとしての依存は全て「秋子」に向かっているのです。

 これらをつなぎ合わせると、シナリオ終盤で描かれた彼女の転機は、「親に依存する存在」から「一人の大人として立つ存在」への成長劇を描いたものと理解できます。母・秋子は前半の「子ども」であることを示すのに必要なキャラクターであり、主人公とのごにょごにょは「大人」への成長を促すトリガーとして必要なイベントであった、ということになりましょう。

 さて、KANONシナリオの考察になりかけた頭を切り替えまして、AIRにゲスト出演した理由に入りましょう。父が不在で母との依存関係や娘の成長劇が描かれる、というところでピンと来た方もいらっしゃるのではないでしょうか。そう、名雪には「美凪・バッドエンドシナリオ」における美凪の立場と、非常に共通項が多いのです。

 美凪シナリオでは「みちる」が重要なキーになっておりますが、その部分さえ捨象できるなら、この二人の行動はほとんど相似形と言っていいでしょう(読後感こそ正反対ではありますが)。母の病気・事故が自分の存在への問いかけに発展してしまうこと、それと前後して主人公と情愛を交わすことが独立へのトリガーとなること等…。そして何よりも、その「精神的独立」を後押しするものとして必ずしも「奇跡」などの外部の力を必要としていないところが重要です。思い返してください、名雪は母が助かる前に自分の力で立つという結論を導いています。その後であゆからもらった奇跡の結果は、あくまでオプションに過ぎません。美凪バッドエンド終盤でも、羽根の力を介して具現化していたみちるも、先祖から受け継がれてきた往人の法術も、全く美凪に関与しなくなっています。つまり、この二人は「現実と向き合う」という同じテーマに沿って、KANON・AIRという両作品で苦しんだキャラと言えるのです。

※なお、対抗案として、やはりごにょごにょの結果大人になり、最終的に母との決別を果たした佳乃も、親和性の高いキャラであることを付記しておきます。


【第三のキャラ・沢渡真琴の「不安定な存在」】
 キツネさんです。(^^; 彼女はシナリオ上では明示的に「救い」が描かれていない分、とても不憫な印象がありますね。自分の命と引き換えに願いをかなえて、最後はいなくなってしまう。個人的には、KANONにおける「切ないキャラNo1」をあゆと争うぐらいの、非常に重要な位置づけになっています。

 さて、もうくどくどは述べませんが真琴については、観鈴を始めとするAIRの「消えてしまうキャラクター」と共通する設定が多いことを指摘しておきましょう。主人公や家族等を別にすれば、友だちらしい友だちが全くいないこと。自分の願いを叶えるために、自分の命や記憶、他者から借りた力など、かけがえの無いものを犠牲にしていること。最後には、心の通い合った人の目の前で消滅or息絶えていること。これがKEYの典型的パターンと言ってしまえばそのとおりなのですが、AIRにおけるそれらのキャラ~観鈴・神奈・みちる~が「決してそのままの形では帰ってこない」ことは重要です。真琴もまた、前述のようにシナリオ上では「消えたきり」ですからね。CLANNADにおける風子のように、帰ってきてしまうキャラとは異なると捉えるのが妥当でしょう。

 また、同じように不思議な力で、本来はそうでない「今の姿」になっている、という点で、みちると真琴は非常に似た状況にあると言えます。そう言えば、主人公とどつき合う役柄を担っている点と言い、その他のキャラに比べると一回り小さい年齢に設定されていることと言い、他にも色々と共通項が多いですね。「友だち不在」が大きく取り上げられている点で観鈴も捨てがたいのですが、みちるの方が対応するキャラクターとして適切な気が致します。


 以上、3人について個別にAIRのキャラとの共通点を抜き出してみました。いずれも二重・三重の共通項があることがわかって頂けたと思います。制作者の真意はわかりませんが、そんなイキがあの一瞬に根付いていたかも知れない…そう考えるのはなかなかに楽しいものであります。







 …さて。一つ、お詫びと言いますかナンと言いますか。実はこの記事、最初は冗談として書き始めたのですが(えぇー!)…書いているうちに自分でもアツくなり、なんだかモノホンの考察みたいになっちゃいました(爆)。当初の予定ではこの後【第四の少女・美坂栞を巡る姉妹愛】みたいに書いて、なぎー&ちるちるとの親和性でも書いちゃろー、「なんやねん!他のキャラでもかめへんのやないかい!」とボケツッコミよろしくオチにしよーとか思ってたんですが…いざ書こうとしてみると驚くほど書きにくいんですよ。

 同じ「姉妹」を主題にしていると言っても、表面上冷えたフリをしていた美坂姉妹が最後に心から和解するという流れと、いつかは冷めなくてはいけない「夢」の中で気持ちを通じ合ってきた姉妹が最後に笑って決別する流れとは、全く相容れません。栞は他にも「死に向かっていくキャラ」ということで観鈴との関連を指摘する手もあると思っていたんですが、最後まで笑ってお別れを言えた観鈴と、最後の最後に「死にたくないよ」と涙を流してしまった栞はやっぱし別モノです。前述のように栞は帰ってきちゃいますしね。

 舞とさゆりんに至ってはもうね…比較考証できるネタ自体が見つかりません。ぼんやり考えていたのは、例の「3人の構図」がKANONシナリオ中で唯一成立しているのが祐一=舞=佐佑理なんですが…それだけでAIRと共通項のあるキャラだ、とか言い切るのはナンボなんでもムリがありすぎます…。それとも、幼少時の風景に「ススキ野原」があったことを佳乃シナリオと絡めます?魔物と切り結ぶ舞を、修行僧と切り結ぶ柳也に重ねてみたり(笑)。

 そう考えると上記の「なんちゃって考察」、まんざらウソでもないような気がしてきちゃいました(笑)。ヒョウタンからコマ、っつーかね。まあ、実際のところは(1)第二話制作スタッフのお気に入りの順に3人が選ばれた、(2)KANONの中で一同に会したシーンが存在する3人が選ばれた、という辺りが妥当なところという気はいたします。もし、ナニかを知っているその筋の人がいらっしゃいましたら、こっそりと真相を教えてくださいお願いします。
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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コメント
この記事へのコメント
ん~む
私は”認められない存在”として、栞はありだと思いますよ。
美凪は母親から認められない存在で、栞は姉(香里)から認められない存在です。
両者とも、最後に主人公に背中を押されて認めてくれない人と向き合い、和解を果たしています。
ちなみに、香里が栞を認めない理由は晴子が観鈴をしっかり見つめない理由と酷似している気がします。
舞&佐祐理の類似を考えると、舞は特殊な力を持った少女として登場し、その力の為に皆から奇異の目で見られている所が神奈と重ねることが出来そうな気がしますけど、どうでしょう?
もちろん、その場合は佐祐理が裏葉の立場で・・・でしょうか??

・・・無理があるかな?
2005/10/28(金) 19:33:30 | URL | 結城レイ #-[ 編集]
む~ん
ども。何だかヤル気の出ないてりぃです。

>・・・無理があるかな?

色々考えて、細かいところを掘っていくととても楽しいんですけども、いざ解けたと思って全体を眺めてみると全然解けていなかったり、というのはよくあることでございます。上記記事はハナから「な~んちゃって」と締める気満々で書き始めたので(途中で締められなくなっちゃいましたが)、そうした「最後にチェックの意味で行う俯瞰」とかは全然していない、継ぎ接ぎのものだったりします。

知能ゲームじゃありませんけれど、「あゆ・名雪・真琴にはあるけど、舞・栞・佐佑理にはない」という命題を真たらしめるためには、「ある」「ない」の両方を明示しなければなりません。この辺が、考察や分析に付きものの難しさであって、片方しか示せていないものは「妄想」という域を出ません。その意味で、この記事は「なんちゃって考察」であり、「妄想」なのですよ。その辺のいかがわしさがちゃんと伝わっていれば、管理人的にはオッケイです(笑)。

もう一つ。AIRとKANONの類似性を見ていくと、まかり間違って「KEY作品に共通して用いられている、彼らの引き出しの数」を数えるだけの作業になってしまう危険があります。見かけも味も全く異なる素晴らしい二種類の料理も、元素レベルではほとんど中身は一緒、と言えばわかりやすいでしょうか。我々の目指す「考察」は、調理法の妙を探ることであって、元素レベルまで料理を解体していく作業ではないと思うのですよ。その意味でも、この記事はどちらかと言うと「解体」チックな匂いがする気がして、自分ではちょっと「やっちゃった感」が強かったり。

ま、書いちゃったものはしょうがないので(え)、色々と楽しんで頂ければ幸いです。迷宮に挑んだつもりが、いつの間にか自分自身で迷路の構造を更に複雑にしていたり、という作業もたまには楽しいモンです(苦笑)。
2005/10/28(金) 20:56:16 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
真琴シナリオでも
 舞+佐祐理だと絡ませられるあと一人が人間関係的に真琴だけになってしまい、しかしそれで3人構成にすると全員“麻枝キャラ”ということになってまるで久弥排除をしているかのような印象を与えるから、ということなのかもしれません。普通はそんなこと考えないと思いますけど、監督やスタッフが鍵っ子なら・・・。
 
 件の3人構図ですが、真琴シナリオでも、「祐一-真琴-美汐」「真琴-祐一-名雪」という二つの三角関係が存在します。CLANNADの「渚-朋也-風子」やONEの「瑞佳-浩平-留美」というのもありますし、三角関係は麻枝作品の傾向なのかもしれませんね。
2005/10/29(土) 21:47:22 | URL | 荒野草途伸 #GMs.CvUw[ 編集]
組み合わせ
荒野さん、どうもです。

>久弥排除をしているかのような印象

ははは、これは気付きませんでしたよ(笑)。ホントにそういう観点で選んでいたらすごいですね。

「3人の構図」については、確かに「3人」という人数だけで見れば他にもあるんですが、AIRのそれのように「問題を抱える少女」VS「(親以外で)その少女を支える二人」という仕組みを備えたものとすると、KANONの中では限定されてくるかなーと思ってます。真琴VS祐一&美汐辺りは微妙なんですが、当初の美汐の拒絶具合が気になってしまって…。やはり、どっちかと言えば栞VS祐一&香里の3人との親和性が高いような気がしますね。

色々と考えると人の数だけ解釈が出てくるような気がして面白いですよね、こういうの。
2005/10/30(日) 19:07:44 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
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