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Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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正常・異常って何だ?
 岐阜県の職員が「同性愛は異常でしょ云々」とツイッターで呟いたとかで、袋叩きの方向みたいです。

 まあ、おバカがバカやってバカみたいな目に遭うのは、これはもうどうしようもなく自業自得、で切り捨ててしまいたい気持ちも正直あるのですが。

 気になるのは、このご本人、そうやって呟いた内容について、どうやら「間違っていない」と今でも思っている節があるようでして。この手の事件が起きると、叩かれたのは運が悪かったとか、たまたまネットの人たちの逆鱗に触れてしまっただけだとか、自分の真意が歪んで伝わってしまったとか、そういう感じの言い訳じみた言説が結構くっついてきます。どうも、ただの言い訳とも思えないんですよね。この人たち、ホントに「自分はちっとも悪くない」「自分の言ったこと自体は間違っていない」と思っているんじゃないですかね。

 この、どうしようもないギャップが、私には気になります。そういうことを思わせしめ、そういうことを言わしめているコアの部分とは、一体何なのか、と。
 

 まずは、「異常」という言葉の周辺から、再確認していきましょう。「異常」というのは「正常」と対立する形で出てくる概念ですから、先に「正常」の方を、続いて「異常」の方を調べます。何で調べてもいいですが、今回はネット上の辞書でお手軽に。

 正常(コトバンク)
[名・形動]正しいとされる状態にあること。また、特に変わったところがなく、普通であること。また、そのさま。


 異常(コトバンク)
[名・形動]普通と違っていること。正常でないこと。また、そのさま。


 ふんふん、まあ、そうだよな、というところでしょうか。いやいや、ここ大事、結構大事。まず、上記の二つを見比べて、「そうか、『普通』か否かが正常と異常との違いか」ということにはすぐに気付くと思うのですが、「正常」の中には、もうちょっと記述があるのですよ。それが、「正しいとされる状態にあること」という言葉なんですよね。これと対照になる文言は、「異常」の説明の中には含まれません。ですが、仮に、補ってみたらどういうことになるでしょうか?

[名・形動]正しくないとされる状態にあること。また、変わっているところがあり、普通と違っていること。正常でないこと。また、そのさま。


 正しくないとされる状態にあること。間違っているとされる状態にあること。辞書中に明示的にそう書いてはいませんが、でも「異常」の説明の中には「正常でないこと」というのも含まれますから、暗示的にこういう意味は含まれることになってしまいます。件の岐阜県職員がどこまで認識して呟いたかはわかりませんが、「変態的異常性」という言葉も使用しているようですので、恐らくはこれらの「正しくない」「間違っている」という意味合いを色濃く反映させた形で「異常」という言葉を使っていたのだと私は思います。

 「普通と違っていること」が、「間違っていること」なのでしょうか。

 「変わっていること」は、「正しくないとされること」なのでしょうか。

 「正しいとされる状態にある」ためには、「普通であること」が強く求められるのでしょうか。

 そんなわきゃー、ねぇ。そう思いたいです。そもそも「普通」の枠組みがはっきりしませんが、「普通」という人間の定義から一歩もはみ出せないような社会なんか、私だったら願い下げです。系全体の寿命は含まれる生物の多様性により担保される、なんていう興味深い議論を聞いたことないですか?噛み砕いて言えば、「色々な特性の生物がいるからこそ、その集団は簡単に滅亡することなく長く存続するんじゃない?」ってことです。多様性はむしろ歓迎すべきことであって、忌避すべきこととは言えない、というのが私が賛同する考えです。

 さて。かなりの想像を含みますが。

 件の岐阜県職員、恋愛以外に関することであっても、恐らくは自分を「普通じゃない側」には置いていないでしょう。何かの属性等において自分が「普通ではない=異常である」という認識があれば、そのように糾弾されることの理不尽さや無意味さ、或いはその行為への憤りなどが、自分のこととしてわかるはずですから。それがわからないからこそこのような発言をしているのではないでしょうか。つまり、彼にとっては常に「自分は正常」であり、その自分が理解できないものは全て「異常」という枠組みに収まる可能性が高いもの、ということになりませんか。

 こういう人、多かったりしないだろうな…という恐怖が、私にはあります。

 別な記事で書こうと思っていたネタの一つですが、心理学用語で「正常性バイアス」というものがあります。人には、「自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう」ような特性があるのだそうです。これ、本来は災害心理学などで論じられているとおり、人が特殊な状況に置かれた時に生ずるものなんですが、一方で人には集団同調性バイアス、というものもあります(以前に「赤信号、みんなで渡れば?」という記事で言及しましたね)。多数派に流される、自分は正常だとついつい思いこむ…そういう傾向が、人間には元から備わっているのかもしれないわけです。

 自分は正常だ。普通だ。

 自分と相いれない者は異常だ。間違っている。

 …こんな風に考える人が、それこそ多数派だったとしたら、それはもう、多様性を大事にすべきだと考えたい私のようなものにとっては、ものすごく生き辛い世界だと言わざるを得ません。そしてそれは、あらゆる方面でのマイノリティの構成者の皆さんにも、重く圧し掛かってくる問題なわけです。自分はマイノリティだ、普通じゃない部分がある、そういう事実を、ひっそりと隠して生きていかなきゃいけないんですよ?そんなの、辛いに決まってるじゃないですか。

 件の岐阜県職員の、問題のツイート一発目を全文引用してみましょう。原文が既に削除されているとのことなので、報道等で出回っている内容の写しなのはご容赦ください。

同性愛は、異常でしょ。だいたい、何で同性愛者とかは自分の変態的異常性を公表したがるんだ?


 これ、とどのつまりは「自分が理解できないようなマイノリティは、目に触れないようにひっそりと隠れながら生きていけ」って言っているようなもんです。

 ふざけんな。

 マジョリティかマイノリティかは、自分が好き好んで決められるわけじゃなく、たまたまの結果です。マイノリティだって、本当は「普通」なんですよ。無くて七癖、あって四十八癖と言うじゃないですか。人間、何かしら人と違うところが──少ない人でも七つ、多い人だと四十八も──あって、でもそれは何ら特別なことじゃあないんです。みんな違って、みんないい。みんな普通。そういう世界に、私は生きたい。

 彼のような意見も、「言説の多様性」を担保するためには、私自身は認めなければなりません。従って、彼の発言自体を潰すという方向ではなく、そのようなご意見がこの世界に存在することを認めつつ、「そうであってはならないと私は思う」という、対立する言葉を発することにします。気に入らない意見は全部潰したい、この世界から消し去りたい、なんてことじゃあ、方向が違うだけでやってること同じになっちゃうからね。

 それはきっと、「普通」の範囲を広げていくことになるのだと思います。或いは、「普通ではない」とされる領域を、少なくとも「異常」という領域であるという認識から解放していくような。自分と異なる特性を持つ人たち、異なる振る舞いや意見を持つ人たちのことを、排斥したりしない。それぞれ異なる色々を持ちながら、それぞれがお互いを「普通」の範疇として捉えられるようになるのが理想形ですかね。そのための方法論は、私ごときではパッと思いつくことは出来ませんが…そういう自分の考えは、機会を見つけて提示するようにしていきたいと思います。

 とりあえず、エラそうなことを書いていても私自身が至らぬニンゲンなもので…一歩一歩でも、ちょっとした認識を改め続けなければね。ちょっとずつでも、GO AHEADという感じで。
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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