Old Dancer's BLOG
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中二病でも恋がしたい!戀 Epi.I「復活の…邪王真眼」
 さほど長くは書けないと思いますが…中二病でも恋がしたい!のTVシリーズ第二期、第1話のレビューを書いておこうと思います。

 こんな風に冷静に書き出すとですね、よくこちらにお見えになる方は「てりぃはあまり楽しんで見れなかったのか?」とか思われるでしょうけど…いやいや、とんでもない。何度も吹き出しながら、楽しんで視聴いたしましたよ。変わらぬクオリティ、安心のフォーマット。何の心配もなく身を委ねられるブランドは、それだけでも値千金です。

 ただ。見終わった後、何かが心に引っかかりました。何だろう?

 ちょっと考えて、その理由がわかりました。「自然すぎる」んですよ。二期なのに、一期からシームレスでそのまま続いているような、そんな風に見えるんです。でも、これはかなり異様です。滅多に無い、つーか、そんなの見たこと無いです。一期制作時に二期が予定されていなかった作品で、ここまでシームレスに見れるのは、少なくとも私の記憶にはありません。

 京アニでも、CLANNADは例外的に「一期制作時点から二期制作前提で企画が進行していた」と言ってよい作品でしたから、こいつはかなりシームレスです。キャラデザはもちろんのこと、描写の方向性やら仕込み方の特徴やらシリーズ構成の進行ペースやら、かなり多くのものが一期と二期で共通・一貫しています。だけど、これはあくまでも「例外」なんですよ。一期制作時に二期制作が決定していなかったような作品だと、あちこちにちょっとした違いが出てきて当然なんです。だって、その時その時で「描きたいもの」って変わるじゃないですか。その描きたいものに合わせて、細部をリファインするのは、むしろ当然のことなんですよね。京アニ作品で言えば、ムント様シリーズ、フルメタ、ハルヒ、けいおんがそれに当たります。細かいことを言えば、AIRにおける夏・特別編もその部類に含めて良いでしょう。無論、関わる制作スタッフも細かく異なる、という事情もあるのでしょうが…それ以上に、作品を通じて流れるテンションのようなものが、必ず変わります。どうしたって、「同じ」にはならないはずなんです。
 
 それが、どうしたことか、この第1話を見た感触は…一期のTVシリーズ、未放映番外編、劇場版と、全く違和感なく繋がっているんです。気を付けないと、「同時期に制作された2クール目」と思ってしまいそうなほどに。いやいや、んなこたぁないんですよ?一期が放映されたのは2012年10月。一期放映開始時から、きっちり1年3ヶ月経っています。

 んー、ひょっとして、あの時から二期の制作は決まっていたのかなぁ?一期開始の時にほぼ同時に始まったリトバスは、ついこないだ二期が終わったところだし、あり得ない話ではないけどなぁ…。


 もう一つの可能性は、「あえて『あの頃と変わらぬもの』を第1話で提示しようとしている」ということなんですね。


 今話で描かれているのは、一見、「時間の経過」と「それに伴う変化」のようにも見えます。改めて高二デビューを目論む森夏、ダジャレでみんなを笑わせられるようにと足掻くくみん、高校に上がって一層距離が近くなった凸守など、「一期とは違う部分」を積極的に見せてはいます。だけど、その根底に流れる空気は、一期そのままで。表面的な「変化」を提示すればするだけ、彼らの関係性は「何一つ変わっていない」ということが、見ている側にごく自然に伝わってくるんですね。

 何故そんなことするのかって?はっはっは、そりゃーキミ、後でひっくり返すからに決まってるじゃないかー。

 ひっくり返す気、満々だと思うんですよね。だって、変わらないわけがないじゃない、日常って。緩やかだったり急だったり、そりゃあ色々な変わり方があるだろうけどさ、ずっとずっと延々と変わらないもの、というのは、なかなか無いんです。稀にあったとしても、その「ずっとずっと延々と変わらないもの」を描くことがこの作品の趣旨なのかと言えば…多分、そうではないよね。一期でも、最終的には「中二病でも肯定してよい」というところに辿り着いた二人だったけど、道中はもう怒涛のような変化にさらされて大変だったわけじゃない?一期の流れを踏襲しているのであればなおのこと、「何もないはずがない」わけですよ。

 根底は「何も変わってない六花たち」の日常に、一体何が楔のように打ち込まれてくるのか、それは彼らにどのような変化をもたらすのか…まだまだその辺の舞台裏を見せてはくれない第1話でしたが、少しずつ明らかになるであろうその「異物」と、次第にフォーカスしていくことになる「日常の変化」とを、括目して見届けたいと思っています。



 さて。これも一期との関連ですが。

 今話のアバンは見覚えのある左右二分割の画面構成から始まり、その後のOPでは一期OPを彷彿とさせる光→水平線を流れる雲のビジュアルが披露されました。

 ただ。これ、むしろ「一期とは異なるよ」って意味合いに見えてしょうがありません。

 一期のOPでは、最初から「境界線で隔てられた『現実』と『妄想』」の対立構造と、それらが相互に繋がり得るものだというテーゼを出してきていました。水平から垂直へと立ち上がる水平線、その左右でそれぞれに異なるシーンがフラッシュする独特な演出、しかし途中からシンクロしているかのように見える勇太と六花が描かれ、ラスト近くではその二人が境界線を挟んで手をつなぎ合うかのようなカットに至る…テーマが凝縮されたような、実に念の入った描写溢れるOPだったのです。

 その、最初から意識して入れ込まれていた「対立構造」のようなものが、この二期のOPにはありません。水平線を流れる雲は立ち上がらず、その後も左右二分割の描写は無し。先に挙げたアバンでの二分割描写も、ごく序盤でスッと消えて一画面になるんですよね。勇太と六花の今~期せずして同じ屋根の下で暮らす羽目になったこの状況さながらに。

 そうなんですよね、「現実と妄想を区別して生きていかないといけないのか」「中二病はいつか卒業せざるを得ないものなのか」というテーマは、一期でもう描き切っているわけです。それを、この二期でまた繰り返すことにはならないでしょう。だから、同じものを示すOPにはならないんですよね。

 では、この二期のOPは何か別なものを示しているのでしょうか?

 ここは、まだわかんない感じに見えますね。「よく回るなぁ」とは思いましたが、この「回る」ということが示しているものが何かあるのかどうか、私は今のところ判断を保留にしています。

 OPだけかと思ったら、本編でも凸森が実によく回っていましたので、何かあるかもしれませんけどね。まあ、予断は禁物でしょう。

 今回はこんなところで。
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テーマ:中二病でも恋がしたい! - ジャンル:アニメ・コミック

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『中二病でも恋がしたい!』の新章、ついに始動♪ 2014年のアニメ感想1本目です(^^) TVアニメとしては丸1年ぶりの『中二恋』。 まだ前期アニメの最終回が順番待ちしてる状況ですが、まずはコレを観ないことには始まりませんv いそいそとTV前にスタンバイして、至福のアニメタイムを大いに堪能しました(^^)
2014/01/20(月) 01:47:33 | たらさいと