Old Dancer's BLOG
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宇宙戦艦ヤマト2199 第二十二話「向かうべき星」
 今週もギリギリの滑り込みで。お恥ずかしい限りです。orz

 神秘的というよりは不思議キャラへと、どんどんイメージが変わっていくユリーシャが、実にいい味を出している回ですね。前回の「愛してるの、愛してないの」とかもかなりツボでしたが、今回のメルダ・玲とのトリオ漫才とか、最高過ぎます。

 まあ、そういう天然っぽい部分のオモシロさも彼女の魅力ですが、もう一つ、彼女が体現する「選択肢の提示」という役割もまた、実にいいなぁと思って見ています。

 ユリーシャって、基本的には選択肢を提示するだけなんですね。「愛してるの、愛してないの」ってのも、愛してればOKで愛してなければNG、というわけではない。「知ってたら来たかしら、来なかったかしら」というのも、どちらなら良い・悪いというわけではない。彼女の示す二択は、常にフラットであり、相互にイーブンなものとして示されます。彼女は良し悪しの判断をしない、それをするのは「姉さまの役目」というとこなんかも、それを裏付けていますしね。

 だから、ガミラスへ赴き敵を討つのか、それともイスカンダルへ行き救いを得るのかという、最後の二者選択を行うこの第二十二話に、そんなユリーシャが特に良く描かれているのは、偶然ではないのです。サブタイトルも、「向かうべき星」とだけあって、それがガミラスなのかイスカンダルなのかには全く触れていませんし、ね。他のカットでも、選択を示唆するこんなセリフが。

メルダ「それはお前たち次第だ。」


 ううん、やっぱ、徹底してますねぇ。好きだわぁ。
 

 選択と言えば、古代進が自分の中にある「雪を助けたい」という気持ちを押し殺して、ガミラスに赴く救出作戦を「許可できない」と言い放つシーンがあります。後で一人の時に壁ドンしているところから見ても、彼の中に葛藤が無いわけではないんですが…それを選択するのは彼の役割ではない、ということで、無理に我を封じ込めようとしているかのようです。

 で、「再考の余地はあるんじゃねぇのか」と加藤にも言われてますし、やっぱしこれも「どちらが正解だと断ずることのできない選択」なんですよね。


 冒頭のディッツ提督との会談にしてもそう。沖田艦長の言葉で淡々と、「共闘できるはずもなかった」と語られているので、あっさりと拒否されたようにも受け取れますが、メルダが残った事実から推測すると、全く箸にも棒にもかからん、という話でもなかったように思えるんですね。ここにも、一つの選択があったのは間違いないところだろうと思います。袂を分かつ、という選択以外にも、色々あったんですよ、きっと。

 格納庫で古代とすれ違う玲の視線とかも悶えますねぇ。玲が古代に惹かれてるのは間違いないと思うんですが、その気持ちを伝える、伝えないという選択がそこにはあって。古代の気持ちを知っていれば、伝えられない、というところなんですが、それも「どちらが正しい」とは言えない選択です。

 ノランの選択、というのも実にいいです。雪がユリーシャでないことははっきりわかったわけですが、それで彼がどう行動するか、という。自分にもガミラス人としての誇りがある以上、国への忠誠という選択肢は間違いなくあるはず。だけど、今のところ彼は、雪に惹かれている自分の方に忠実に動いているんですね。前回も、雪を守るために同胞に引鉄をひいていましたし。


 これらの、多くの「どちらが決定的とは言えない選択の数々」は、来たるべき決戦へと収斂していきます。デスラーの示す選択=戦争というキーワードも出てきていますしね。この先がどうなるのかは、間もなく放映の第二十三話で明らかになるところですが…。

 そうそう、もう一つ、「希望」というキーワードも見え隠れしています。デスラーが国民に示す、欺瞞混じりに思える「希望」と。ヤマトが目指すイスカンダルへの「希望」と。それらがともに「一つの選択」ではありますが、同じキーワードなのに正反対にすら思えるというこのバランスが堪りませんね。


~~~


 この先は、「選択」とは直接関わらない、細かなパーツに触れておきます。


 まずは、セレステラと雪の対話で少しだけでてくるところを。

 セレステラが自分の過去を雪に話しているところに、デスラーが「青い鳥」をカゴの外に誘う描写がかぶせられています。これは、カゴの中から連れ出される「青い鳥」と、収容所から外へ連れ出される「セレステラ」がダブる演出になっているわけです。その両方を連れ出しているのが、同じ「デスラー」なわけです。

 そこまではいいんですよ、そこまでは。問題は、この対話のラストに挿入された、「床に打ち捨てられた青い鳥」のカットなんですよ。

 ええー?!

 セレステラ、殺されてしまうん?

 「青い鳥」と「セレステラ」を明らかにかぶせておいて、この仕打ち。鳥はデスラーが絞め殺してしまったのかどうか、そもそもどういうつもりでそうしたのか、全く描写はありません。でも、これは、そういう暗示として受け取るしかないような…。

 守るように思わせておいて、見捨てる。そういうことなんでしょうかね。それが「セレステラ一人の辿る運命の暗示」に留まるのかどうか、なかなか深そうな部分でもありますが…。



私は(いい人)いるよ。


 ユリーシャに話を戻しましょう。

 このユリーシャのセリフは、流れから言えば間違いなく「自分にも思い人たる異性がいる」という風に受け取れるんですが…ミスリード含みですねぇ、実に。

 ユリーシャは、メルダや玲の言ったことを「否定はしていないが肯定もしていない」んですよ。イスカンダルにいるのか、と言われて、直接答えていませんし、「戻ったら、伝えなければならないことがある」との言葉に「それって告白?!」と聞き直されて、「決めるのは私じゃない」と、微妙に逸れた答えを返していて…全てが正しいという保証が何一つありません。

 ここは、ユリーシャの言ったこと、その中でも「予断をしない真正面からの意味」だけが正しい、と思っておいた方がいいんじゃないでしょうか。

 ユリーシャには大切な人が「いる」。でもそれが、男女の関係になるものかどうかは、全くわかりません。また、その人に「戻ったら伝えるべきことがある」。それが告白かどうかはわかりません。そして、その伝えたことをもとに、「スターシャが何かを決める」。ううん、そういうことかぁ…。



 最後に。ユリーシャ・メルダ・玲のトリオ漫才はとても面白いです。けど、それ以上に「いつか見た世界」がここに実現していることが、私には感動的でした。

 イスカンダル・ガミラス・地球の人間が、一堂に会して、仲良くスイーツをつついている、それだけでグッとくるじゃないですか。これまでにも何度か言及したけど、旧作のガミラス本星戦で言われた、古代のあの名セリフが頭をよぎります。

我々は戦うべきではなかった。愛し合うべきだった。


 この、「あの世界では実現しなかったもの」が、今、この世界では一部なりとも実現しているんですよ。旧作を踏まえての、新作におけるアンサーなんですよね。もう、底なしにグッジョブですよ。制作スタッフの皆様の「愛」に感じ入りながら、最後へ向かう展開を、テレビでもう一度かみしめていきたいと思います。

 さあ、ガミラス戦で描かれるものを、受け止めに参りましょう。では。
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テーマ:宇宙戦艦ヤマト2199 - ジャンル:アニメ・コミック

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