Old Dancer's BLOG
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はみ出し考察~「凸守」の名は何故「早苗」なのか
 中二病でも恋がしたい!の4人のヒロインの中で、私の書いた記事の中に一人だけ、名前が単体で出てこないキャラクターがいます。それが、凸守早苗。小鳥遊六花も、丹生谷森夏も、五月七日くみんも、「六花」「森夏」「くみん」と名前だけで言及することが何度もあるのに、凸守早苗だけは「凸守」と、名字で書くことしかしていません。「早苗」という名前が出て来るのは、Episode IVのレビューで「凸守早苗」とフルネームで書いた時、一回だけ。

 何でそんなことをしているのかというと、答えは単純明快。それは、「早苗という名前がありきたりすぎて、彼女の個性的な在り様を表しているように思えなかったから」なんですわ。

 キラキラネーム、なんていう言葉が一時期ビミョーに流行ったことがありますが、この作品に出て来る4人のヒロインの名前はどれもこれもまさしくキラキラネームで、如何にも中二病臭い名字・名前ばかりです。名字なんて中二病臭いだけじゃなく、「読み方を知らなければ読めないものばかり」ですよね。「丹生谷」と「凸守」はまだしも、「小鳥遊」「五月七日」はかなり正答率が低いんじゃないかと。名前の方は読めるには読めるけど、自分が出会ってきた人々の中で同じ名前の人がいたかと言えば、覚えが無いようなものばかりで。六花、くみん、森夏(しんか)…いやー、いないな。絶対いない。

 そんな中にあって、何故か「早苗」だけ、フツーの名前です。フツーにあるよね、「早苗」。当たり前に見かけるよね、「早苗」。4人のヒロインだけでなく、あの勇太のクラスにいるごく普通の女子たちはほとんどがキラキラネームの持ち主ばかりになっていて、そんなモブキャラにまで「中二病っぽい」のが徹底されているというのに…中二病の権化の片翼を担っているような凸守が、なんでまた全然中二病っぽくない「早苗」などというありきたりの名前を持っているんでしょうか。
 
 Episode X「聖母の…弁当箱」までは、本当にその理由がわからないままでした。

 でも、Episode XI「片翼の堕天使」で「早苗」があの言葉を叫んだことで、じわじわとその理由がわかってきた気がするんです。

そんなの…

そんなの…わかってるデスよぉ…

わかってるデスよぉ!


 彼女は、それまでも「実は妄想/現実の切り替えが臨機応変にできる娘」という描写がちょっとずつされていたのですけれど、ここまで明確に「妄想が妄想だなんて当たり前にわかってる」と言葉に出すとは、私は思ってなかったんですよ。「切り替えができること」と「妄想と現実の境界線を明確に意識できていること」って、必ずしも一致しないと思ってたものですから。でも、「早苗」は、いや「凸守」は、現実と妄想の境界線を意識した上で、その間をきっちり行き来していたわけです。ああ、あのEpisode IX「混沌の…初恋煩」の中の描写で、教室の外と中を行き来しつつ「こっち」も「あっち」も卒なくこなす「凸守」が描かれていましたが、アレは切り替えができることだけでなく、その境界線も意識できていることを匂わせてのものだったんですね。

 そして、彼女が「こっち」と「あっち」の境目をちゃんと認識・理解できているならば。EDの凸守の「片目をつぶっているカット」の意味が解けるんです。

 アレは、六花の眼帯の真似をしているってことではなく、「自分の意思で片目を閉じることができ、一方だけを見る術を身につけている」ってことになるんですよ。

 六花は、眼帯で強制的に片方を塞いでいますが、凸守は自分で、どちらか一方の目だけを開けることも出来れば、両方の目を同時に開くことだって出来るんです。



 そこまで考えて、あっ!と。閃くように名前のことがわかりました。

 「凸守」という名字は「妄想サイド」を。「早苗」という名前は「現実サイド」を表しているんじゃないですかね。

 その両方を、彼女はちゃんと自分の手中に押さえているのだと。彼女の中二病まっしぐらに見える行動は実は一種のフェイクに過ぎず、本当はちゃんと「妄想は妄想」「現実は現実」という切り替えも出来ればその境目も意識できる娘なんだよと。そういう含みが「名は体を表す」ようにして彼女の氏名に織り込まれていたんじゃないですかね。



 その解釈を採ると、Episode XIに仕込まれている、もう一つの含みが見えてきます。



 それまで、彼女のことを妄想サイドの「凸守」という呼び名で呼んでいた六花は、現実サイドの「早苗(ちゃん)」という名で呼ぶようになるんですよ。



 つまりこれは、単純に「他人行儀な呼び方になった」ってだけじゃないんですよ。「あなたの妄想サイドとは、もう私は繋がらない」って言葉なんですよ。



 もちろん、「早苗」は、妄想も現実も切り替えできる娘なんだから、それでよしとすることも出来たんだと思います。たった一つ、「それで六花が幸せなら」。Episode IXで六花が凸守に相談した時がそうですもんね、勇太に六花を取られるのは正直悔しいけれど、「それで六花が幸せならいい」と思って、彼女は何とも悲しげな顔で六花の肩に頭を乗せて我慢するんです。

 だけど、今回は。妄想を捨て去り、片翼で色彩の欠けた日々を送り、凸守のことを「早苗ちゃん」と呼ぶ六花が、幸せそうにしているとはとても思えなかったんでしょう。妄想サイドに繋がっていた時のあのきらめきを思い出してほしい。自分を凸守と呼んでいた時のあの輝きを取り戻してほしい。そう願っての「早苗ちゃんなどと呼ぶなデース」であり、「マスター!目を覚ますデース!」なんですよね。



 最速組はもう最終話を視聴し終わった頃でしょうか…私はあと一日ほど後になります。そこで何が描かれるか、楽しみに待ちたいと思います。
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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テーマ:中二病でも恋がしたい! - ジャンル:アニメ・コミック

コメント
この記事へのコメント
苗字は選べませんが
単純に「ああ古河早苗から取ったんだろうなあ」としか考えてませんでした。現実の象徴、ですか。そうすると、モリサマーは成長して森になったけれど凸守はまだ現実では若い苗のまま、ということなのでしょうか。
2012/12/31(月) 02:39:45 | URL | 荒野草途伸 #-[ 編集]
名の示すもの
>荒野草途伸さん

>モリサマーは成長して森になったけれど凸守はまだ現実では
>若い苗のまま、ということなのでしょうか。

この例え、いいですねぇ。ご指摘を受けるまで、気付きませんでしたよ。この二人の名前が、互いに連関する部分を含んでいる、というのはなかなか燃えますね。

ただ、私には、早苗が未熟な存在、という方向では描かれていないように見えましたので、成長と発展途上という対比ではなく、「既に森の包容力を持つ森夏」「若い苗木のようなピュアさを持つ早苗」というぐらいがしっくり来るかなぁと考えてみています。
2013/01/02(水) 02:32:47 | URL | てりぃ #fH1m39MM[ 編集]
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