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Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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「泣ける歌」なんて無ぇ!
 「泣く」という行為は、個々人の持つある種のスキルによって現出の仕方が異なる結果なのであって、触れるだけで自ずと泣くようなものなど高が知れているんじゃないかと、暴言を吐いてみたりします。

 例えば。泣ける、と言われているコンテンツの一つに「トップをねらえ!」というOVAがあります。伝説的な最終話。そこに何の異存もありません。私だって声上げて泣きましたし。

 ただ、ね。あの最終話のあの場面で、一見同じく泣いているように見える万人が万人、全く同じ気持ちを抱えて泣いてるのかどうか。考えてみたこと、ないっすか。ないですかそうですか。私はあるんですわ。

 もう15年くらいも前になるんですが、トップをねらえ!全話分のビデオをある人に貸してあげて、返してもらった時の言葉が未だに耳に残ってましてねぇ。最終話がどうしてモノクロなんだろうと思ってその人はずっと見ていたそうなんですが、ラストシーンで鮮やかな赤が二つ、あの青い星に向かって降下していくのを見た瞬間、「ああ、この一瞬のためにずっとモノクロにしてたんだ」って思って、つうっと涙が流れたって。自分のツボと全然違ったのよ。それでもやっぱり、自分と同じシーンで泣いてるってのがね、すごく新鮮で。
 
 もう一つ。昨年の自分の父親のお葬式でね、ご多分に漏れずに私も泣いておったわけですけれども、あの涙の中に含まれているものって、きっと他の誰にも想像し得ないと思うわけですよ。だって、オレと父親との関係を全部わかってるのってオレ以外にいないしさ。弟たちはオレと近い何かを持っていたり抱えているような気はするけれど、それでも同じにはならないでしょ。言葉や態度に出したことのないオレの心の奥底のことなんて、誰も知りようがないわけですよ。でも、オレはお葬式の場では、そういうものも全部ひっくるめた自分の気持ちを涙の中に含めて流しているんだよね。肉親のお葬式が悲しいのは当たり前、って多くの人が思ってるのかも知れないけれど、そこはそれ、実は千差万別なんですよ。もちろん、泣くから悲しいわけでもなければ、泣かないから悲しくないわけでもないですしね。

 だから思うんだけどね、「泣く」ってのはね、コンテンツから何かを受け止める力だったり、対象に対するその人なりの接し方のスタイルだったり、そこに至るまでの経験の蓄積とかその瞬間のコンディションであるとか、そういう行程や過程や諸条件を含めて初めて出てくるものであって、だからこそ複雑で深みのあるものがそこに注がれるわけですよ。一滴ごとに、色が微妙に異なったりもするんじゃないですかね。もうぐしゃぐしゃに泣いてる時に、その人のその涙は均質なものかって言うと、全然そうじゃないし。もうぐるぐると色んな事考えてたりするんだよね、実際。

 そういう体験を何度もしている身からすると、「泣ける歌」なんてぇ表現は、もう涙に対する冒涜なんじゃないかとさえ思えるんです。なんだいその軽さは。スイッチポンで泣けるわけがないだろう!

 壊れブロガーなんてものをやっていると、もう条件反射でジャブジャブに泣いてるような日々なんじゃないか、と思われているかも知れませんが、実際のところはさにあらず。余程ピンポイントに来ないと泣かない、という自分も、私はよく知っていますんでね。
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