Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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日常の第21話
 はぴっ!


 はぴっ!はぴっ!はぴっ!


 はぴっ!はぴっ!はぴっ!はぴっ!


 はぴっ!はぴっ!はぴっ!はぴっ!はぴっ!はぴっ!


 はぴっ!はぴっ!       はぴっ!



 ……はぴっ?



 …………たまには…………レビュー休んでやろう(ダメー!)
 
~~~


 ……いやー。


 わけ、わかんねぇ。orz


 いや、面白かったんだよ?面白かったし、楽しんだんだけどさ。



 レビュー、どうしろってんだよ、これ。orz



 わかってる!元々、そういう番組じゃねぇんだよ!考察して何か読み解いていくようなシリーズじゃねぇんだよ、わかってんだ、わかって…るんだけど。


 …もう、なぁ。かれこれ6年以上もこのスタイルで繰り返しやってきてるんだもん、今更、そのスタイルを変えられんのよね、さすがに。


 ………とまあ、「愚痴で記事分量を水増し」してるようなのもナニなので(苦笑)、本題に入って行きますか。





 元々、アバンで繰り返されたこの「はぴっ!」というゆっこの音声には、特段の意味はないはずです。

 はたかれた際に意図せず口から漏れ出た、言葉としての意味を為さない、人間が操る言語体系の中には属さない音声ですから。意味なんて無いんですよね。無意味。徹頭徹尾、無意味です。

 ところが。

 延々と、いつ終わるんだこれ、と思っちゃうくらいに、しかも角度を変え画面を何通りにも割り単発やら複数やら回転までして繰り返し見せられると、何か妙な「可笑しさ」が胸の奥底から湧いてきます。相変わらず、発音そのものには意味なんてないし、現実には一回だけのものがこんなに繰り返されることなんて有り得ないんだけど、そこには別なものが生まれてるんだよね。無意味なものを、手を変え品を変え何度も繰り返すことで、この「シーン」としては意味が生じています。まさか「ハッピーなキブン」になることを見越してこの発音にしたわけでもないんでしょうが、思わず笑っちゃった人は、間違いなくハッピーになってますよね。あれ、ひょっとして最初から意味あったんじゃねぇか、なんて錯覚してしまうほどに。


 無意味性の反復による、意味性の獲得。


 むぅ、それって、日常ってもんの本質の一面を表してたりしねぇか?


 いやいやいやいや、そりゃあ考え過ぎだろう、なぁ。そういうことを表すシーンだったわけじゃないだろうが。


 でも、僕らの日々の行動ってのも、大した意味が無いことを繰り返していて、それが後で意味を持ってくる、なんてことも結構あるんですよね。たまたまなんだろうけど、今回のアバン=日常の87から、私は思っちゃったわけです。

この偶然が今の感情を動かしているのか?


 うん、偶然です。無意味なものが、繰り返されるうちに何だか意味ありげに思えちゃったとしても、最初から意味があったわけではなくて、たまたま何かの意味があるように、偶然なっちゃっただけ。運命とかじゃないんだよ、意図したものでもないんだよ、偶然なんだよ。


 でも、それでも、意味は生じるんだな。


 カッターで怪我した男子高校生が、女の子から「ほら、手、出して」って言われて思わずドギマギしてしまったのが、段々恋心に発展していくかも知れないし。元々ちょっと残念な人ではあるんだけど、こうも何回も「東雲なの捕獲作戦」に失敗し続けると、もう永遠にこの人の目論見は達成できないんじゃないかという気がしてくるし。複数の人から「かわいい」と言われたことで、残念な中村先生の中に微妙な感情が芽生え始めるし。


 元々、どのパーツにも意味はない。だけど、その繰り返しである日常には、何らかの意味が生じてくる。そういう世界に、僕らは生きているんです。


~~~


 愛だろ、愛っ!


 ……古い流行語ですよねぇ。カクテルバーのCMのコピーでしたか。調べてみたら、もう17年も前だそうですよ、懐かしいなぁ、つーか、知らない人とか生まれてなかった人とかもいるってことか?(汗)


 何が「愛だろ」なのかは、あのCMでも確か語られてないんですが…とかくこの「愛」なるものは、折に触れて大切な概念として扱われます。人間の感情の、結構大きな部分を揺さぶる力がそこにはあるんでしょうね。

 ところがこの「愛」なるもの、一体どういう仕組みや仕掛けで生じているものなのか、誰も客観的に説明できませんよね?まあ、愛ったって男女の恋愛もあれば家族愛もあるし、愛国心だの人類愛だのまで行くと最早別モノじゃねーかって気もしますが…でも、頻繁に大事だって言われる割には、それが人間の中のどういうメカニズムで生じているのか、我々にはわかんないわけです。例えば、食欲が生じるのはわかります。栄養を摂取しないと死んじゃうからな。生存本能に根ざすものだから、それはわかる。睡眠欲や性欲も、説明はつきます。そういうのはわかるんです。でも、「愛」ってな複雑な概念になると、これがなかなかわからない。

 ひょっとして、この「愛」もまた、何かの無意味なパーツの繰り返しから積み上げられていて、それで大きな意味を獲得した類のもんだったりして。な。



 特に意味はないのでしょうが、今回は何かやたらと「ラブい系統の話」が多く入っていたように思います。みさと・フェっちゃん・ウェボシーのコイバナに始まり、休日に偶然街中で出会った高崎先生のグッドイナフな動揺っぷりw、東雲家のテレビではちょっとオトナなシーンが展開してたり、中村先生は「かわいい」の言葉に意表を突かれ…あっれー、やっぱし何か意味あんじゃね?


 ……いやいやいやいや。


 後半のメインを占めてた、三度目のフェイ王国ネタのように、愛とは直接関係ないのもあるんだから、意味無いだろ、これは。

 でも、こうやって繰り返されると、何か意味があるような気がしてくるんですね、やっぱし。

 多くは錯覚なのでしょう、或いは誤謬なのでしょう。でも、「メカニズムがわからないのに、愛はそこにある」んですよね。元々の意味がなくても、意味は生じるんです。

ムダな時間を作り出すのも
才能と言えば才能です


 ムダな時間にも、本来はやっぱり意味はありません。だけど、やっぱり意味は生じてくる。そういうもんなんだと思います。




 日曜日の夜。なのが風呂から上がってきたら、はかせと阪本の二人(いや一人と一匹?)はいつの間にか、仲良く布団で寝こけてました。その様を見たなのは、何故だか微笑んで電気を消し、彼らの方を見ながら幸せそうに眠るんです。

 幸せな気持ちも、愛なるものも。

 無意味性の反復の中から、日常は色々なものを生み出していきます。それを糧にしながら、僕らもまた日常の中で何かの意味になっていくのかも知れませんね。

 願わくば、他の誰かの幸せな意味に、少しでも近づけることを願いつつ…。
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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テーマ:日常 - ジャンル:アニメ・コミック

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