Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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日常の第17話
 前々回は、体調不良のために超縮小運転になりましたが…今回は、管理人の精神状況がヤバめのために、やはり超縮小運転にさせていただきます…。こんなに遅くにアップするレビューなのに、待っていてくださる方々には大変申し訳なく。すみません。

 さて。

 普段は全く思いもしないのに、普段と違う状況に置かれるといきなり表立って認識されるのが「いつもの状態のありがたさ」というヤツですよね。病気になって初めてわかる健康のありがたさとか。亡くなって初めて思い知る身近な人の大切さとか。仕事、家族、食事、お金、住まい、愛情、エトセトラエトセトラ…人によってその対象は色々に異なるのでしょうが、「無くなることで気付く」というものはやっぱりあるんだと思いますね。

 今回の第17話は、話の運び方と言いますか、テンポの取り方と言いますか、そういう何かがいつもとは微妙に違うような、そんな感じがいたしました。決して嫌いな方向ではないんだけど、いつもとは違う、という感じが。脚本の西岡麻衣子さんは第6話・第8話で体験済み、絵コンテ・演出の山田尚子さんも、第5話で既に拝見してますねぇ…だとすると、ホントはそんなにそれらと印象が変わりようがない、と思うんですが…さてどうでしょう。
 

 最初に「あれっ、いつもと違うんじゃね?」って感じたのは、玄関先で鼻ちょうちんを出しながら寝てしまうなののシーンでした。ああいう立ち位置に置かれることが、あんまりないんじゃないか?と思ったのね。確かに彼女、ちょっと天然の入った部分はあるんですけど、それゆえに自らボケをかますことよりは、主にはかせに由来する「困った状況」に置かれて、それであたふたするって描かれ方が圧倒的に多いんです。それが、献立を考えてるうちにそのまま寝てしまうとか、おいおい、いつの間にそんなボケ機能を装備したんだよって感じじゃないですか。あれっ、それとも、ホントにはかせの改造で、ボケ機能を装備したのか?

 これは脚本上の「ちょっと違うかも」という差異ですが、演出部分でも感じる部分がいくつかありました。大きく目立ったのは、あの全編パントマイムのトランプタワーのところでしょうか。このためだけにここのBGMを録りおろしたんじゃないかと錯覚するほど、曲とぴったりシンクロして進む展開やら、天井から電気のかさが落ちてくるあのタイミングの絶妙さやらは、さすがと言うべきですが…何て言うんでしょう、特殊な雰囲気に包まれるひとときですよね、これ。いつもの日常のキャラクターを見ているのに、ちょっとだけ何かが違う。相変わらずここでもなのはボケ側に配置されているんですが、そういうことだけじゃない気がするんですよね。このシーンをパントマイム展開に最適化する過程で、会話に由来する特性などが抜け落ちた感覚とでも言えばいいのか…。

 その他のところでも、「たっぷり時間を取るところ」と「さくさく進むところ」の分け方が、これまた特徴的だったように感じました。前に出たネタの繰り返しになる部分~高崎先生と安西さんのやり取りとかは、ホントに最低限の時間しか取らずにスイスイ進むんですが、長めの間合いを取ろうとしてるところがいくつかあって、これがまた妙に長いんです。この辺は、感じ方の個人差が大きいとこがありますんで、「え?そうかしら?」という人もいると思います。でも、私としては、本当に違いがあったのかどうか、そこをお話ししたいわけではないんですね。

 そういう「違うかも」って思う時にこそ、強く意識されるのが「いつもの状態がどうだったか」ってことなんですよね。

 言わば、この作品世界の「日常」というものがどうであったか。それが思い返されたことが、個人的にはなかなか良かったんです。ああ、何か違う気はするんだけど、でもやっぱりこれは「日常」世界の日常の一部だなと。

 カラスが乱入してきた東雲研究所にしても、それだけで差異は生まれるんです。今回もカラス役に配置されてる小野大輔(AIRですな)の度を越した礼儀正しさと言うか、妙にホスト臭のする物言いに笑いながら、しゃべれないでいる阪本にいつもとちょっと違う研究所を感じて。でも、次の機会には、新しく作ってもらったのかどうか、何の説明もなく阪本の首にスカーフが戻っていて。

 ツッコミをやめようと頑張るゆっこも、これまた普段とは違うんですが、心の中のツッコミまでは止められませんし、何よりも「ツッコまないことで生まれる微妙な空気」がね、狂おしいほどにいつもの日常を思わせますよね。そして、結局「ツッコミこそ我が道」と悟って、普段のゆっこへと戻っていく姿がまた…妙にいいシーンになっているのは一体ナンなのかw

 普段との違いから日常を思い、でもその強固な日常にまた戻っている瞬間を感じ。あはは、それって、どこまで行っても日常ってことじゃん。なぁ?

 それでいいんだろう、きっと。そういうものの中で、僕たちは生きてるんてことなんです。トランプタワーが崩れたら、またトライしましょう。また崩れるのかもしれないけど、それはそれだよ、ね。
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テーマ:日常 - ジャンル:アニメ・コミック

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