Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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日常の第16話
 ……キましたよ。


 ………キましたよ、京アニ作品後半戦で必ず訪れると言っても過言ではない「イイハナシダナー」系の締めが。


 独壇場ですよね、この辺の展開をお任せすると、ねぇ。元々ストーリー重視の作品だったKEY系のもの、フルメタやハルヒシリーズはともかくとして。4コマが大元だったらき☆すたにけいおんでも、結構キてましたよね、後半戦の胸キュン展開が。ただでさえ描写のオニなんだから、ダメですってそんなにイイ話をリキ入れて描きまくっちゃ滝漏れるだろっっっ!!

あーだこーだ言っててもトモダチ(ワッショイ!)


 第14話からの新OPの歌詞中でもこうして言われているように、後半戦の日常では、「友達」をキーワードにして各パーツをつなぎ、学校を、町を、世界を、日常を紡ぎ上げて行こうという意図が見え隠れします。その中心的なモチーフとなっているのが、既に存在していた友達の輪へと身を投じるなのと、それを受け入れていくゆっこたちに関わる部分なんですな。

 言わば、この数話ではやや保留気味とされてきた「なのがゆっこたちの輪に加わる」という流れ。それが今話をもって、ようやく一線を越えたのだと思うのです。
 

~~~


 アバンでは、放課後、ゆっこに誘われそうになって、つい逃げてしまうなののことが描かれます。

 この部分が、今話でラストを飾る「日常の67」、東雲家を後にするゆっこに対して、なのがまた来てもらえるかと声をかける部分と対になっていて、第16話全体を括った形になっています。つい逃げてしまうなのが、自らゆっこに声をかけるまで、その一連の流れが第16話なのだと、それが端的にわかる作りなわけです。こういう美しさは毎度のことながら「やるなぁ」という職人芸ですが…。

 この第16話、もう一つの全体構造が仕込まれています。アバン冒頭とBパートの冒頭が、もうクリソツなんですよね。校舎遠景から、1-Qの札のアップに行き、放課後を告げる桜井先生のシーンを経て、なのを気にかけるゆっこへと…。これは、アバンからAパートまでの前半部と、Bパートからラストまでの後半部とを、関連のある何らかの枠でそれぞれ括っていることを示唆していると思うんです。

 さて、もしそうだとしたら、一体どんな枠組みなんだろう、と考えてみました。


~~~


 前半部においては、なのとゆっこたちの絡みはほとんど描かれていません。よく目立つのは、ゆっこがエスプレッソの注文の仕方に迷う「日常の64」。そして、BL同人誌の原稿をみおが死守しようとする「日常の65」です。この2つには、なのは登場さえしないのですが…もう一点、この2つのエピソードの主要人物であるゆっことみおは、「一人」なんですね。喫茶店で落ち込むゆっこは、なのもみおも誘いそびれて単独行動に出た結果として。BL同人原稿を見られることに動揺するみおは、親しい友人にもナイショにしている彼女の趣味ゆえに。問題を解決するために、「友達」というつながりを期待できない状況に、それぞれが置かれているわけです。

 対する、Bパート。「日常の66」では、大工バーガーでのゆっこたち三人が描かれていて、これはまーなんてことないと言えばなんてこたぁ無いんですが…友達三人が揃うだけで、ホント彼女らは生き生きとするよねと、そういう部分が提示されている気がします。問題は全然解決してないんだけどね、たかだか消しゴムではあるけれど、三人揃ってても結局技かけキャラ消ししかなくて…でも、そこには「64」「65」にあったような劇的な動揺は無く、とても安心できる空間なんだと思います。

 そして、続く「日常の67」では、なのがその「劇的な動揺」を見せるんですね。東雲家にやってきてしまったゆっこから、自分の真実を隠そうとして。

 …自分の真実、かぁ。

 そういうものを隠そうとすれば、おのずと辛い状況が待ち受けていますよね。「日常の64」も「日常の65」も、ある意味同じものが描かれているわけです。「64」のゆっこは、「サイズについて正しいことが言えない自分」を隠そうとしてあの動揺を見せていますし、「66」のみおは言わずもがな、BL趣味な自分を隠そうとしてのてんやわんやなんですよね。そう言えば「ティコマート」でのゆっこも、商品名以外の煽り文句まで注文時に読み上げてしまい、店員に笑われるわけですが、これも「隠したかった自分」なんですよね。ゆっこが隠したいのは「おバカな自分」、そしてみおが隠したいのは「BL趣味な自分」です。第16話前半部は、そういう隠したいものを持つ彼女らが、友達の輪に頼らずにいる様子を、つまりは「気持ち的には一人の時」を表しているんですよ。そして、後半部では、そんな彼女らが友達の輪に入ることで、安心できる空間を手に入れている様子が描かれていて…最終的に、なのもそこに入っていくところまで到達するんです。こちらは「気持ち的には一人ではない時」です。そう、なのは、学校に通うようにはなっていたけれど、気持ちはまだ一人ぼっちだったんですよね。なのが隠したいのは「ロボである自分」。ロボであるから、それがありありとわかってしまうから、なかなか友達を作ろうと思えなかった。でも、その「ロボであるか否か」は脇に置いておいて、ゆっこたちと友達になっていいんじゃないかと、そういう気持ちの転換が今回訪れるわけですね。

 そうだよな。一人は辛いもの。

 一人で過ごす日々は、なかなか「日常」とは呼べません。

 誰かとつながって、それで「日常」は自分とつながり、自分も「日常」の一部となっていく…そんな感じがしませんか。


~~~


 もう一つ、前回の書き残しについて。


 第15話ラストでは、コケ機能が発動したなのが、東雲家の屋根を突き破ってロケットよろしく高々と飛び上がっていく様子が描かれて終わります。


 飛んでいくなのの目には、何が映っていたんでしょうね。


 そこには、眼下に広がる町の様子が映っていたんじゃないかと、私はそう思っています。この部分に、ナンだか長めに時間を割かれていたのは、その辺を示したいからかなと思ったんですね。

 OPが変わって新展開を見せるこの前後辺りから、繰り返し描かれるようになるのが「空を飛ぶ」というモチーフなんですよ。第13話で既に出ていたように、デフォルメ度合いが少ないリアル指向で描かれた鳩が、翼をはためかせながら空へ舞い上がっていったり。週代わりのED曲が、空へ飛んでいく内容のものが多かったり(今週は違うけど)。今回は、飛んでこそいないけど、何かが変わったなのの頭上で、一番星がまたたいている、そんなカットもありました。

 空の広がりは、この世界の広がりです。そしてそれは多分、「日常」の広がりでもあって。

 友情のつながりで広がっていくこの「日常」の、別なベクトルでの広がりを表すパーツなんですよね、「空」に関わるあれこれは。友情が新たに繋がって、より大きく横の広がりを見せていく世界は、縦方向にも次第に広がっていって。

 前回第15話で、垂直方向に高々と飛び上がっていくなのが見たのは、その「横方向に広がっていく世界」であり、その軌跡が示していたのは、「縦方向にも広がっていく世界の様子」だったんじゃないでしょうか。

 そう、僕らの世界は、まだまだ広がっていくんです。「日常」は、凝り固まって動かないものじゃないからね。流動的で、柔軟で、だからこそ分厚くて思い通りにならないもの、一人では御すことのできないもの、それが「日常」なのでしょう。決して思い通りにはならないけれど…少しでも日常を豊かにすべく、一人一人ができることはあるんだよね。今話EDのように「自分の歌」を響かせてみるのも、きっと無駄にはならないですよね。


…ま、いっか。


 うん。いいじゃん、別に。隠したい自分を、無理やりに隠さなくても。猫が人の言葉を話すみたいに、「普通じゃないモノ」があっても、目くじら立てなくていいんだからさ。隠したい自分のことだって、「日常」は包みこんでくれるのだから。
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テーマ:日常 - ジャンル:アニメ・コミック

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