Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
   来訪者数: since 2004/12/2...    
けいおん!! #7 お茶会!
 (本日の記事冒頭は、管理人に成り代わりまして、管理人の妻の壊れシーンからお届けいたします。)

 本日一回目の視聴直後。

 私の横に座っていた妻が、いきなり語り出しました。

 「な゛んてい゛うかさ」

 うわっ!既に涙声ェ?!

 「も゛うこれってイチイチ、『卒業』に向かっで、まっしぐらっで感じじゃない゛ぃぃ?」

 ちょ、待てよ落ち着けよ!おまいに何が起こってかような事態に?!そ、そんな話だったのかっ?!つーか、一緒に横に座って見てたのに、一体何を目に焼き付けてたんだ壊れダンサー!!
 
 …いやぁ。女性の感性、侮り難し、ですなぁ。改めて内容をさらってみましたら、いーとこ突いてるんですよねぇ。今回の記事書きに際しては、い~ぃ示唆をもらえたと思います。その辺から色々掘り起こしていったら、もう膨らむ膨らむ…。

 限られた時間と少ない気力で、どこまで書き下せるかがかなり微妙ですが…頑張ってやってみますか。そうですねぇ…妻の切り口から語り出すのも何か悔しいので、いかにも私っぽい視点にいったん引き戻してから行きますか。



 まずは、いない人、の話から。

 と言っても、お茶会に来なかった、曽我部先輩ではなくて。

 何で憂ちゃん、出てきてないんでしょうね?

 出てこなかったですよね、憂ちゃん。話題の中では「クッキー焼いてくれた」って触れ方をされてましたけど、画面には遂に一度も登場せず。学校の中の描写があるんだから、出てきても不思議ではない環境なんですが。展開的に入れる場所がなかったから?声優さんへのギャラの節約?(爆)いやいや、そういう要素が皆無だとは言いませんけども、もっとはっきりした理由があるから、じゃないでしょうかね?


 憂は、今回のエピソードにおいては、当事者になれないから、なんじゃないでしょうか?


 逆に見ると今回のエピソード、「当事者」以外はほとんど顔を出さない、という姿勢がかなり徹底されています。当事者以外が顔を出したのってラスト付近、「ぴゅあぴゅあはーと」の演奏のところで、「おや?」って感じで顔を上げる階段下の一般生徒が二人いた、ってくらいじゃないかしら?あとは曽我部先輩の旅行先(北海道だよ!)で、旅行者がモブとして顔が映っている程度。

 ストイックですなぁ、こういうところ。気がつくとたまんない、と言いますか。ある種、非常に「舞台劇」っぽいんですよ。と言っても、登場人物が少ないわけでは決してなく、わき役も入れると結構な人数が登場しているんですが…ほぼ「当事者」しか画面内には入れず、その必要な役割を越えることは一切させてないんですよね。出てくる人物にはちゃんと出てくる理由・「当事者」としての位置づけがあって、それに沿ったことをさせている、という。


 「当事者」?何の?



【idolとファンの境界線】
 私にも、ファンクラブ、というものが存在した時期があります。中学校の時、生徒会役員やってた頃ですね。つっても「会長」とかの華々しいものではなく、末席の「会計」という目立たない役職でしたし、運動方面の全くダメな文化系ネクラ少年だったので、ある事件があるまではファンクラブが本当にあるのか、半信半疑だったのですが…。

 ある日。同じ生徒会役員の女子から言われたんです。

 「昨日さ、下校の時、途中までてりぃと一緒に話しながら帰ったじゃない。で、手を振ってバイバイした後、道端に下級生の女の子が何人かたむろしてたんだけど…すんごい勢いで睨まれたんだよ?」

 「えぇー。」

 「あれ、きっと、てりぃのファンクラブの女の子じゃない?」

 何てネクラな!いやホントに何て根暗な!このオレにしてこのファンクラブあり、ってことなのか?!もうちょっとこう、明るい雰囲気のファンクラブの方が、っていうか、オレ本人には存在もよく見えないところに隠れていて、でも知らぬ間にオレの周囲にガン飛ばしまくられていて、私本人に全くメリットの感じられないファンクラブなんですががががが!!

 結局、その当時の私の何が好きだったのやら、何人ぐらいのファンクラブだったのか普段何をしていたのやら、そう言ったことは一切不明なままです。卒業の時に、誰かから第二ボタンをせがまれたような記憶はありますが…それが一体誰でどんな女の子だったのか、全く記憶に残っていないくらい。


 この、どうしようもない、断絶。


 ファンと、その対象との。


 一般論的に、他のファンも私の例のように断絶が存在する、何て強弁するつもりはないんですが…ある種の断絶はあると思うんですよね。構造的な、断絶が。


 だって、ファンがその対象に対して自ら投影しているものは、「そのもの」を見据えているわけじゃないんですもの。


でもそういうの付けてるところが、先輩らしくて素敵なんです!



 どうです、この歪みなさ(笑)。澪本人が後で恥ずかしい思いをするだろうとか、そういう感覚はほぼゼロで。「そうしている先輩が素敵だから」という視点で止まっていて。シールがくっついている澪を見に来た時だってそうです、音楽室の扉の外から様子を伺うだけで、和が来なければ顔を見せることも澪と話すことも無かったでしょう。

 「澪先輩のファン」「その一員」というグループに自らを収めて、その枠の外へ出ることは考えていない、そういう心理。澪本人との関係を一対一の交流へと「深化」させることを想定していない、遠くから眺めたり愛でたりするだけでも満足という、非常に安定しているけれども閉じたモノ…。



もらって嬉しいのか…それ…。



 澪ちゃんシールを貼っただけ。別に澪本人とは、何の関係もないですよね。だけど、一応、「公式グッズ」なんでしょう、これは。だったら、ファン心理としては「もらって嬉しいもの」になり得るんだよなぁ…。

 冷静になってしまうと、それが「澪との関係に全く寄与しないモノ」であることは、誰の目からも明らかだと思います。ただ、そのグッズに対して、持っているということそのものに対して、「澪へと向かう自分の思い」を投影しているだけ。澪との関係そのものを築くのではなく、澪への思いを裏付けてそれで止まるような、そんな微妙な有り様…。



さすがにファンでも澪の境地にはたどり着けなかったか…



 これは、たどり着いてない、のではないんですよね。理解できていないんです、澪が一体何を思っているのかを…いや、「澪という人間は一体どういう人間であるのか」を。

 いーい詩なんですよ?まるでカラメルソースのように、焦げ付いちゃうこともある心を誰もが抱えているけど、それは「あなたの火加減次第で美味しくなる」。あなたと、私との、関係。そこに存在するのが「火加減」ですよね?いい関係が生まれれば、焦げ付きそうな心も楽しくなるよと、そういう詩です。「あなた」に対して、私の心が美味しくなるような火加減をありがとうと感謝する、そういう詩です。

 その詩が、澪が込めようとした思いが、ファンだという彼女らには、届いていない。

 悲しい現実ですよね。ファンの彼女らには、澪との個々の関係を生み出そうという、そういう気持ちが最初からないですから。澪という存在に自ら積極的に干渉するつもりはあまりなく、遠くから眺めて満足する、そういう関係性で留まっていたのが彼女らですから。それじゃあ、届かないよね、この詩の真意は。



 いやいや、別にそれが「悪いこと」「良くないこと」といって断罪しているわけじゃないんですよ?そういう関係はあっていいのだと思います。ただ、それは、軽音部で澪と唯たちが交わしている豊かな日常とも、唯と憂の間にある姉妹の間柄とも、異なる関係です。

 軽音部の5人は、例え皆が卒業しても、一定の関係性を保つはずです。会う機会は減るかも知れないけれど、久々にでも会えば「あの頃」に戻れる、そういうものを築き上げていますから。唯・憂姉妹に至っては、間違いなく一生を通じての関係ですよね。個対個の関係として、いずれも揺るぎないものを持っているわけです。

 でも、澪とファンとの間には、そこまでの関係は、ない。

 卒業したらその関係性はまず間違いなく希薄になるであろう、今だけの、やや一方通行に近い思いだけが支える関係です。

 ひょっとしたら、一過性の熱病かも知れない。そう自覚している子も少なからずいるでしょう。

 …そんな悲しいものを、今話は描こうとしていたんですか?

 違うよね?

 だから、曽我部先輩の件が、今話の軸に据えられているわけなんです。


~~~


 ストーカー 正体見たり 生徒会長(字余り)


 曽我部先輩も、アノニマスな1ファンで終わったかも知れない、そういう人の一人なんですよね。卒業を間近に控えて、今みたいに澪には会えなくなるかも、という思いを抱えて、ストーカーまがいのところまで言っているのに、「澪と固有の関係を持とう」というところまでは踏み出していなかった、そういう人です。生徒会室でのあの一件がなければ、カミングアウトすることもなくフェイドアウトしていったでしょう。一過性の熱病の思い出だけを、澪本人と何も交わすことなく、一人抱えたままで。

 でも、幸か不幸か、曽我部先輩が澪のファンである、という件は、本人の知るところとなりました。しかもそれだけで終わらず、卒業祝いの演奏までプレゼントしてもらえました。「澪」と「その他大勢のファンの一人」という匿名性の高い関係ではなく、顔の見える一個人としての関係性に、一歩踏み込めているんですよね。依然として曽我部先輩の気持ちは「偶像に対する好意」の域を出ていないでしょうけれど、「熱病かも知れない思い」に「確かなひととき」を加えることができたんだと思うのです。


 匿名なままだったら「あの頃は若かったなぁ…」程度で終わっていたであろうものが。


 「あの時は楽しかったなぁ…」という、地に足の付いた思いに変化できているんです。


 だから、あの演奏は「素敵な贈り物」なんですよね。ちょっとしたことで美味しくなった、焦げ付きがちのカラメルソース。曽我部先輩の、心。


 …これって救われない?ひょっとして、すんげぇ救いなんじゃない?つーか、私自身も書き下すまで全然思ってもいなかった感情が、溢れて止まんないんですけど!…やべぇなぁ、感情移入しちゃうと、泣けてしょうがねぇわ、これ。


 今回のこのお茶会も、本質的には同じ。澪たち軽音部から澪ファンのみんなへの贈り物なんですよね。だから、曽我部先輩の卒業を見送った時と同じく、放課後ティータイムの演奏で会は締めくくられているんです。

 彼女らがその「素敵な贈り物」に気が付けるのは、きっともう少し先のことなんでしょう。今は、澪が詩に込めて伝えようとしたことに、今ひとつピンと来なかったけれど…時が経って、自分の高校生活を思い返すような年になった時に…「ただふわふわしていた自分の気持ち」ではなく、「確かに楽しかったあの時間」を振り返れるように…。



 あれ?


 そんなに重要な位置を占めている曽我部先輩なのに…お茶会には来られなかったんですよね。


 何でそういう展開にしたんでしょうか?あえて「来られなかった」って。来られたってストーリーも書けたはずです。でも、そうしていない。尺の問題?(爆)


 いてもいい人、いるはずの人が、そこにはいない。「ファン」と「その対象」にフォーカスしている今回の話からすれば、バリバリに「当事者」であるはずの曽我部先輩なのに…。



【卒業という境界線】
卒業して大人になって、澪ファンも卒業したってことか。


 澪ファンを卒業したかどうかは、とりあえず脇に置いて。そうですよね、曽我部先輩は卒業生、なんです。現役当時は「ファン」としてあり、それを一歩踏み越えたものを澪との間に築けたけれど、今は卒業してしまっている人です。そういう意味では、未だ現役の軽音部の面々とは違うし、お茶会に来ていた下級生たちとも違う。

 卒業すると、それまでとは違う生活に身を置くことになります。今までとは違う通学・通勤の道を歩き、今までとは違う授業や仕事をして、今までとは違う仲間と、今までとは違う時間を過ごして…。

 「ファン」と「その対象」との間に存在すると私が書いた、ある種の断絶。それとはまた違った断絶が、「卒業前」と「卒業後」にはあります。「ファン」と「その対象」との断絶が、場合によっては踏み越え得る断絶であるのに対して…「卒業前」と「卒業後」との断絶は、どうやっても自分では越えられない断絶なんですよね。それは、時期が来ると強制的に越えなければいけないもので、後戻りの決してできない、不可逆のもの。

 だから、卒業後から卒業前を振り返ることは、いつだってノスタルジックな切なさを呼び起こします。そのことが事前にも十分わかるから、卒業前であっても「卒業すること」を思うのは切ないんです。


私も…私も卒業したら、そんな風に大人になっちゃうのかな?


 切ないよねぇ。今持っている熱さとか、今当たり前に享受できている楽しい時間とか。それらを懐かしさとともに振り返るくらいしかできない、そういう「大人」に、自分もいつかなっていくのだ、卒業していくのだ、という認識。

 今回のけいおん第二期は、もう卒業に向かっていくことを意識せざるを得ない一年を描くシリーズなんですよね。「卒業」という境をベースに、これからそれを越えていくことになる澪たち三年生、それを見送る梓たち二年生があって、そして時折混じる「かつてそこを越えた人たち」が、色々な視点から度々触れるテーマになっているわけです。今回の話も、そういう色彩を濃く帯びているんですね。

 今回、「当事者」という意味では一番遠かったように思えた、顔出し登場人物のさわちゃん。彼女は、「ファンとその対象」という点では全く当事者足り得ていませんでしたが、「かつて卒業した者」という点で辛うじて「当事者」になっていたと思います。彼女の、「ぴゅあぴゅあはーと」演奏中に生徒たちを見つめる視線の、何と優しく切ないことか…。知っているんですよね、さわちゃんは。卒業から遠く日が過ぎて、そうして振り返る「かつての輝き」の切なさを。今のこの情景を澪たちが、そしてファンの子どもたちが、切なさとともに振り返る時のことを、その場に居た中でさわちゃんだけは「既知のもの」として感じているんです…。




 どんなに望んでも、戻れない。


 仮にその場に行ったところで、当時と同じ気持ちを享受することは叶わない。


 そういうもんです、卒業ってのは。OBとして母校に行ったことはありますか?あの、どうしようもない違和感やら、そこに当然のように埋没できない悲しさやらを感じたことはありますか?私はありますよ、つーか、行く度に感じていると行っても過言ではないでしょう。さすがに最近は「一OBとしてそこにある」という事実に慣れてはしまいましたが、あの、「当時と同じ気持ちでそこにいられないのか」という懊悩は…辛く忘れ難い記憶ですなぁ。同じ場所で、同じ人達とともにいても、当時のままにはどうやったってなれないんですよね。

 曽我部先輩がもしお茶会に行けたとしても、きっと似た心境だったんじゃないのかしら?と思います。別に、澪のファンを積極的にやめようと思ったわけではないんでしょうけど…でも高校生当時のままのファンとは、ちょっと違った気持ちでしか見られないと思うんですよね。それを、「澪ファン卒業」と呼ぶのかどうかは人により見解が異なるかも知れませんけれど…少なくとも、当時そのままではない、ということだけは確かじゃないかと思います。

 曽我部先輩が来られなかったのは、その「当時との差」を浮き彫りにするためが一つ。そして、「そんな悲しい思いを抱えてのお茶会参加」を回避した、ってこともあるんじゃないのかな。もちろん、曽我部先輩が来られなかったのは「先に予定が埋まっていたから」以外の何物でもないんですが、エピソードとして描こうとしたこと、描きたくなかったことは、その辺にあるような気がするんです。

 それは、実際に卒業を経た者にしかわからない心境だと思います。だから、どんなに彼女らが思いやりに溢れていても、その境界を越えていない澪や梓には、その切なさまではわからない。純粋に「来て欲しい」「日程ずらそうか」と思っちゃうんですが…。

 すごく薄く見えるのに、どうしても自力では越えられない「卒業」という境界線。辛いね、切ないね。



 澪たちは、いや、それを受けた当時は曽我部先輩でさえ、そこまで意識していなかったことなんでしょうが…卒業の時に贈り贈られた「ふわふわ時間」の演奏は…その、「越えられない境界線」を越えて届けられた、数少ないものの一つなんじゃないでしょうか?

 卒業を見送る者が、卒業していく者へと贈る、かけがえの無い記憶。

 それは、後から思い返した時に、越えられなかった境界線を軽々と越えるんですよね。思い出の中でだけ、ではありますから、やっぱり切なさを伴うものではあるんですけど…でも、「確かなもの」としてそれを思い返せることは、それだけ自分の心を満たしてくれる要素になると私は思うんです。


 今回美しいなと思ったのは…その贈り物の、対称性です。


 曽我部先輩に対して、見送る者からの贈り物として演奏をした澪たちが。


 今回は下級生も多く含むファンクラブに対して、近々見送られる者からの贈り物として、演奏をする、という。


 無論、今現在は澪たちも下級生たちも現役生ですから、別に境界線などないんですけれど…澪たちが卒業した後は、確実に生じるんですよね、境界線。その時に、この当時を思い返せば越えられると思うんですよ。そういうものを、今回の演奏はまた一つ加えていると思うのです。

 薄いけれどもどうにも越えられない強固な境界線。それを、先輩に対しても後輩に対しても越えて届けているというのが、個人的に大変ツボでした。



 ラストシーン。今回の「贈り物」だったお茶会の様子を、写メで受け取った曽我部先輩が笑顔で言います。

また素敵な贈り物、もらっちゃった


 現実に戻ることは叶わない、卒業前の時間。だけど、こうして届け合う贈り物が今もあるから、そのことをこうして今も実感できるから、いつでもあの頃へと想いを馳せることはできる、それを幸せの糧にして進むことができる。

 「少年よ、大志を抱け」。クラーク博士の像は、正しく若者たちの前を指し示すのです。
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
■関連記事~
 ウルトラマンメビウス 最終三部作 I 「皇帝の降臨」 (2007/03/17)
 「時をかける少女」、世界へ! (2006/08/19)
 一喜一憂~たまこまーけっと新情報 (2012/12/06)
 Clannad After Story 番外編「一年前の出来事」 (2009/04/12)
 仮面ライダー電王 第21話ッ (2007/06/24)
 Clannad After Story 第21回「世界の終わり」 (2009/03/27)
 仮面ライダーOOO 第5話「追いかけっこと巣とセレブ」 (2010/10/10)

テーマ:けいおん! - ジャンル:アニメ・コミック

コメント
この記事へのコメント
連呼!!
てりぃさんはじめまして。

ハルヒレビューの頃から楽しく拝見させていただいておりますが、はじめて書き込みいたします。

自分はニコニコに投稿するたびに、とてもありがたい「もっと評価されるべき」タグとともにもれなく「おっさんホイホイ」タグを付けられてしまうおそらく同世代です(笑)

さて、今回のレビューもさすがの着眼点とその掘り下げ深度に唸ってしまったわけですが、初書き込みにもかかわらず失礼ながら軽く俺話をさせて下さい。

実は自分、苗字が「曽我部」なんです!!

みおの胸の上にサイト名が載ってしまうてりぃさんとは比べものになりませんが、今回の自分の何とも言えないこっ恥ずかしさをお察し下さい。

「曽我部先輩!!」

大好きな彼女たちにさんざん連呼されてしまいました。ハイ、ただの自慢です。ホントすいません。
では、今後もマリアナ海溝なみの深~いレビューを楽しみにしております。
2010/06/05(土) 09:53:12 | URL | りっちゃん調査団 #-[ 編集]
コメントを投稿する
※コメントについてのポリシーはこちらです。初めての方はご一読下さい。
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
※トラックバックについてのポリシーはこちらです。初めての方はご一読下さい。
http://terry.blog1.fc2.com/tb.php/3376-d6bd657a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
いつも書くのに8時間以上掛かる、うちの感想の様なモノです。では、第7話『お茶会!』です。≪ん?この話は・・・・・・≫資料の整理中に澪さんのファンクラブ会員証を見つけ、曽我...
2010/06/03(木) 07:34:00 | おい、ちょま、まてよ(゚Д゚;)!!