Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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涼宮ハルヒの消失 III
 走る。


 走る。


 誰が?俺が。俺の思いが。


 まだるっこしい思索は、今は忘れて。ただ、己の求めるままに、走るのだ。


 そうせよと、俺の心が叫ぶのだ。だから、そうせずにはいられない。考えるのは後回しだ。今は、走る。求めるままに。


 走る!
 
※ご注意
 劇場版「涼宮ハルヒの消失」のレビューは、複数の記事にわけてお送りいたします。一連のものとしてお読みいただくことを想定していますが、個々に独立してお読みいただいても大丈夫なよう、構成に気をつけたつもりです。

 この記事は、レビュー記事の三つ目です。一連の記事を全て順番にお読みいただく場合は、最初のレビュー記事からスタートして、記事の末尾にあるリンクから続きへと進んで下さい(リンクは、続き記事がアップ出来次第、順次ご用意します)。また、劇場版「涼宮ハルヒの消失」に限らず、TVシリーズのレビューや関連記事などを拾い読みしたい場合には、当ブログ内のハルヒ関連記事ポータルと位置付けておりますハルヒ記事リンク集が便利です。どうぞご活用下さい。



【転調するラブソング】
 
この、タコ野郎ーー!!



 泣いた!


 マヂ泣きだ!!


 「ハルヒ?ハルヒってのは、涼宮ハルヒのことか?」という谷口の言葉に、視聴者が「あっ?!」と思っているのに、全く反応しない、いや「反応できないキョン」を描いておいて!じわじわと、本当にじわじわと、キョンの意識の表層に上ってくる「その名」の時間をたっぷりと取って!それでいてなお!「手がかりを見つけた!」という瞬間のハズなのにキョンの発する言葉は「怒号」だわ、しかもその瞬間の顔はこちらには見せてくれないわ!

 一体どんな顔で叫んだんだよ、キョン!

 いやもう、何と申し上げてよいやら!どんな顔をしていても「ウソになりそう」なこのシチュエーションで、きっちりとこの描写にしてくるスタッフが小憎らしい!そしてまた!「気を抜くとまたすぐにウソになりそうなホント」を聞いてのキョンの行動を、ここまで克明に描ききるスタッフが、ホントに小憎らしい!


 しかも!!


 絶妙のタイミングで鳴り出し、徐々にボルテージを上げていくBGM、その名も!「涼宮ハルヒの手がかり」のカンペキさ加減と来たら!


 泣いてまうやろおおおおおお!!!


 走る!


 走る!!


 キョンが、キョンの想いが、どこまでも走る!!!


~~~


 「このタコ野郎ーー!」と谷口を怒鳴りつけたキョンの気持ちは、そんな大事な事を今まで隠し持っていやがって、というムチャ(クラスにいませんでしたからね、谷口)な思いが半分。そして、「ハルヒは消えてしまったわけじゃない、ちゃんと存在するらしい」と判っただけで、自分がこんなにも揺さぶられることへの「照れ隠し」が半分、というところでしょう。

 その「照れ隠し」の、見た目には精一杯「喜びを出さないようにしている」ようなキョンの、胸中に広がる「抑え切れない思いの丈」を表しているのが、この「涼宮ハルヒの手がかり」なんですよね。

 この曲調は、僕の知る中では坂本龍一作曲、Last Emperorのサウンドトラック中の名曲「Rain」を髣髴とさせます。もちろん、細部は全然違うし、似てるって言い方自体が「誤謬」かもしれんのですけど…何て言いますか、この、「抑え切れずに動き出すような切ない展開」が、相似形、とも、同等の高み、とも思えてしまうんですよ。


 規則的に、アップテンポに進むシンコペーティックなリズムが、どうしようもなく走り出してしまう、キョンの止まらない気持ちを刻み!


 Major7基調の和声を土台に組み上げた伴奏、そこに乗って踊る五度跳躍主体の美しいメロディラインが、追い求めてやまない対象にどうしても辿り着きたいという切ない思いを歌い!


 そして!


 転調を絡めながら次第に大きく高まっていき、最後にはDur(長調)に解決していくあの後半の展開が、この気持ちと思いにも、ちゃんとゴールがあるのだというほのかな期待を叫び!


 映画を見る前から、サントラを聞き込む中でぞっこん惚れ込んでいたこの「涼宮ハルヒの手がかり」でしたが、映画を見れば見るほど!更に好きになっていく自分を、全然抑えられないんですよ!まるで、「走り出さずにはいられない」ようなこのシーンのキョンと、ぴったりとシンクロしてしまったかのように!!


~~~


 冷静になどなれず、ついつい谷口の胸ぐらを掴んで揺さぶり、怒号に近い音量で問いつめてしまうキョン。あのキョンが…誰よりも自分自身にウソをつき続け、自分の中に潜む恋心など絶対に認めようとしなかったあのキョンが、こんなにも激しい気持ちと思いをここまで明確に示しているというのは、それだけで感動を呼びます。

 しかも、早退を決めて、クラスメイトに言い放つ一言がまた、振るってるんですよねぇ…。

おれはペストと赤痢と腸チフスを併発して、死にそうだったと伝えておいてくれ!


 改変後の世界で、谷口が…いや、世界の多くの人がかかっていた、誰もがかかるような病、「風邪」。僕の考察では、世界の改変者自身もかかっていたのではないか、と思われる「風邪」。キョンは自ら、「自分のかかっているそれは、皆と同じ『風邪』のレベルではない」、と。それよりももっと激しい病で、しかも3つも併発しているような、大変な事態である、と。そのように言っているわけですよ!つまりは!


 「オレの恋は、お前等がかかるよな
  通り一遍のものじゃねぇ!

  恋い焦がれるあまり、文字通りに
  死んでしまいそうなんだ!」



 ……………………。


 …………ムッハー。( ゚∀゚)≡3


 やってられないよ!やってられないよ!やってられないからもっとやってくれ!!


 その気持ちを、溢れんばかりの思いを胸に抱えて、キョンは走り出すんです。例え電車に…世界に追い抜かれても、それでもやはり「走らずにはいられない」んですね。このシーンに「電車」を絡めてくる辺り…しかも、追い抜かれても構わず走り続ける様がまた、最高に燃えるんですが…。

 このシーン、なんかもう一つ二つ、僕を燃やすものがここには仕込まれているような、表層で気付けてないことがあるような、そんな妙な違和感を覚えるんですよね。何だろう…そう思って、じっと、考えてみる…。

 …ああ。一つは、割と早くに思い至りました。

 京アニ版のKanonにおいて僕が好んで用いた解釈。「時間軸を数直線に見立てて、左=過去から右=未来へ進むものと考える」と、このシーンでキョンが進んでいる方角は、「未来」を表す方向なんですな。閉息した状況から脱出し、自分自身の「未来」を掴みとろうとする、そういう含みのあるシーンなんじゃないかと。だから、この「電車との追いかけっこ」の部分は強く印象に残るように、長めの時間が取られているんじゃないか、と。

 これはこれで、大変自分好みの解釈です。だけど…なんかまだ、気になるんですよね、もやもやと。その正体を探るべく、更にじっくりと考えてみる…。


 ……走る、方向?


 ……ああああっ?!


 このシーンでキョンが走る方向…「左から右へ」という方向!OP映像のサビのとこで、画面いっぱいにちびハルヒのシルエットが駆けていく方向、「右から左へ」という方向と、ちょうど向き合う形に!キョンとハルヒが向き合って、ともに走って近付いてく形に設定されてんじゃないか!


 そう、OPのあの箇所で、小さな違和感はあったんだよ!TV版OP映像だと「画面の奥から手前に向かって走ってくるハルヒ」だったものが、何だってこの劇場版のOPだと「右から左」なんだ、と!それまで単体のシルエットだったハルヒを一気に増殖させてるくらいなんだから、「もっとところ狭しと縦横無尽に方向を変えながら駆け回るような描写」でも良かったんじゃないか、と!でも、もしこれが、「電車と一緒に走るキョン」の方向を踏まえてのものなのだとすれば、なるほど納得なわけですよ!


 …もちろん、「…さすがにそれは、考え過ぎなんじゃないか?」という思いも、自分の中にはあります。仕込みにしては、随分と遠い位置に置かれてますしね、この二つの走るモチーフは。でも、そうは思っても…僕はやっぱり、この解釈を取りたい!


 だって…その方が、


 断ッ!


 然ッ!


 面白いじゃない!!


~~~


 怒りや苛立ちにも似た激しい感情。走り出さずにはいられないような、沸き上がる衝動。そういった「恋」の様相を経て、ちょっと我に返ったキョンは、「恋のもう一つの側面」を見せます。

 それは、臆病になってしまう自分。

 僕のようなおっさんだと、もーだいぶ色々な意味で「すれて」しまってますし、図々しくも鈍感にもなってしまってますから、「恋に臆病になること」をリアリティを持って感じるのがかなり困難になってきてるんですけど…それでも、かつての自分がそうだった記憶は鮮烈に残ってますし、今だって「ゼロ」になってしまったわけではないんですよ。オトコのコは…いや、オンナのコもそうかな?…コイに落ちたヒトはきっと皆、それを口に出した瞬間に「全否定されるかもしれない」という怖さに直面して…大なり小なり「臆病な自分」と立ち向かうことになるんじゃないでしょうかね?


 「好きだ!」

 「あんたなんか嫌いよ」


 そいつぁ怖ぇぇぇぇぇ!!…いや、ここまででなくとも。


 「好きだ!」

 「…いいお友達でいましょう」


 全然十分すぎるほどに怖ぇぇぇぇぇ!!もうね、先のと同じくらい怖ぇですよ!!だってだって、「今後は『好き』でいちゃいけない」って意味じゃ、等価でしょおお?!諦めなくちゃいけないんだぞ、自分の中の恋の炎を、自分で無理やり消さなきゃいけないんだぞ、こんな怖いこと他にあるか!!!



 キョンがようやく見つけた、この世界のハルヒ。だけど、あそこまで恋い焦がれてここまで走ってきたというのに、彼の足は動こうとしません。目の前に、待ち望んだ涼宮ハルヒ本人がいるのに、踏み出せないんです。気持ちは前に出てるのに、足はそれを拒んでいて…「こんなに臆病だったか?」

 そうなんだよね。彼はもう、自分で認めてしまってるのですよ。この、自分の行動が、恋ゆえの行動であることを。もし万が一、この世界のハルヒが自分を拒絶したなら…それは、キョンの恋が終わることと同義にもなるんです。そりゃ臆病になりますよ。逆に言うならば、「これまではキョンは、自分の想いが恋につながるものであることを、認めてはこなかった」ってことにもなるんですけどね。だから、今まではこんなに臆病になるような事態には、ならなくて済んでいた、と。

 でも、正念場なんです。怖くても、踏み出さなければそこで終わる。彼の背後にある花屋の店先には、球根の書かれた黒板が見えますが…「絵に描いた球根で終わるのか」、それとも「誰の采配かはともかくとして、美しい恋の花を咲かせる環境へ行けるのか」…。

 キョンは動きます。しかし、キョンには取り合おうとしない、この世界のハルヒ。そのハルヒに、どこまでも食い下がって、これまでは決して言わなかった事実も口にして…彼女の秘めた思いにつながる一言を、今!


その言葉は多分、

「私はここにいる!!」



 また泣いてまうやろおおおおおお!!!


 これは、「笹の葉ラプソディ」中の、あの言葉。あの時のハルヒの、心からの叫びであったろう、「私はここにいる」。…だけど、このシーンでのこれは、本当に「ハルヒだけの言葉」なんでしょうかね?いや、私にはそれだけとは思えないっ!「ハルヒ」が消えたかに見えていたこの世界で、キョンは「自分の存在基盤が危うい」と感じていたのではなかったか?自分はいるのに、全然生きている感じがしない。居場所がない、ここにいるべきと感じられない、そんな風に、ここまでのキョンは見えていなかったか?


 「オレはここにいる!」


 ハルヒが言いたかった言葉、であると同時に、ハルヒに向けての、キョンの言葉、でもあるんじゃないかっ?!ここに、ハルヒがいて、キョンがいて、それでこそ輝いていた世界だったはず、という、切ない思いを秘めながらの…。



【点描される思い~4人それぞれの】
 「好きだ!」

 「自分はここにいる!」

 そう主張したいのは、何もキョン一人じゃないんですよね…。


~~~


あの時、あれを手伝ってくれた、変な高校生…



 キョンの知っている世界とは違う光陽園学院、その「名門」に通っていたこの世界のハルヒ。すごく不機嫌そうで、「戦う相手のいない格闘家」さながらの表情で出てきた彼女でしたが…目の前のキョンが「ジョン・スミスだ」とわかった辺りから、表情が揺らぎ始めるんですよね。この辺の描写力が、一々言うのも今更ですけど、やっぱり「素晴らしい!」ですよね。平野さんの演技と相まって、見事に「アナザー・ハルヒ」「それでもやっぱりハルヒ」の両面を見せ付けてくれました。

 さて。

 今作では微妙に描写の少ないハルヒなんですが、それでも考えるべき点はあります。え、ない?そんなバカな。だって、「ジョン・スミスという存在の登場に、ハルヒは何だってこんなに動揺したのか」ってだけでも、ご飯3杯は軽いですぜ?

 想像してみましょうよ。今ここに来たキョンと同じく、そしてキョンがよく知る「オリジナル・ハルヒ」とも同様に、目の前の「アナザー・ハルヒ」もまた、3年前の七夕のアレを経験しています。ハルヒがジョンとの出会いをどう思ったかと言えば、そりゃー気になるなと思ったに違いないわけですよ。だからこそ、北高にジョンがいないか探したりもするわけで、オリジナル・ハルヒに至っては「ジョンのような面白い人間がいるなら!」とばかりに実際に北高へ入学までしちゃうわけです。だけど、「アナザー・ハルヒ」の方は、たまたまそのきっかけに恵まれないまま、光陽園学院へ入学してしまった。そこにはジョンもいないし、ジョンが仄めかしてくれたような面白い毎日もない。退屈な毎日、それをぶつける相手さえいない学園生活…。

 そこに、3年前に「気になるな」と思っていたジョンの再来、ですよ?

 退屈な日々をぶち壊さんばかりの衝撃、でしょ、それは。

 ちょっとすれ違っただけだった初恋のヒトに、何の因果か偶然再会した、みたいなもんですよ。

 それが証拠にこのアナザー・ハルヒ、キョンの話を認めて以降、まるで先ほどまでは別人だったかのような瞳の輝きで突っ走り始めます。これこそ、我々のよく知る、いや、キョンのよく知る「ハルヒ」の姿なんですよね。ここには、さりげなくではあるけれど、「ハルヒという存在が、一体何を求めていたのか、一体誰を求めていたのか」が、ばっちりと描かれているわけですよ。あーあー、そうかそうか、ハルヒさんよぉ、やっぱしあんた「キョン」がいいんだなぁ、と思ってこっちまで嬉しくなってしまいますねぇ。キョンはキョンで、ハルヒが動き出す様を見て「…ああ…こいつもやっぱし『ハルヒ』なんだなぁ…」とでも言いたげに苦笑するんですが…この苦笑には、「久しぶりにハルヒが見られて嬉しい」っつーのも含まれてそうで、もー、なんつーか、ねぇ?


 もー、ご勝手になさったらいかがかしらキミたちぃ!!


 てなモンですよ!あーかゆい!もーあちこちがどーしよーもなくかゆい!!くっそー、床にゴロゴロ転がりながらあちこちかきむしりたい!!!かきむしりたいいいいいいいいい!!!!


 …傍からでもそんな風に見えるハルヒの豹変振りを、実際に目の当たりにしている、彼の心境は…。


~~~


僕は涼宮さんが好きなんですよ。



 ハルヒのいないところで、そのようにキョンに告げる彼・古泉。


 …事実上の、敗北宣言に近い一言、なんじゃないですか、これ。いや、映像にどっぷりはまってる最中はそんなでもなかったんですけど、冷静に考えてみたらさ…「目の前に見知らぬ男が現れたと思ったら、見る間に『自分の見知らぬ彼女の魅力』を引き出して見せた」とか、どー考えても「終了」でしょ。そんな相手に告げる、「僕は涼宮さんが好きなんですよ」の重さと言ったら…ああああああああああああ……。


 しかも、その状況を正確に理解してない風なキョンに対して、「自分がハルヒから興味を持たれたのは属性ゆえだが、あなたは属性抜きで気に入られているんだ」という後押しまでしてやった挙句、このダメ押しの一言ですよ?


うらやましいですね…。



 顔を見せずにいることと言い!!電車の音にかき消されそうな時を選んでのつぶやきと言い!!小野さんの極上の演技と言い!!どれを取っても涙無しでは見られない、そんな言葉じゃないかっ!!古泉、お前、お前………。




 はっきりと、口にしなければわからないこと。

 …どうしても、あるんですよね。「言わなくてもわかるだろ」というのは、大概の場合は「そう言っている側に都合のいい言い訳」であって、「言わなければ理解されなくても仕方が無い」の方が普遍的です。だからこそ、「あえては言わないようにする」ことで、人はその真意を隠そうとするのです。

 古泉は、改変前の世界では、このことをあえては口に出していませんでした。たまに、「ハルヒへの個人的な好意」と受け取れるかもしれないことをキョンに言ったことはありましたが、その多くは「冗談です」と付け加えたりして、はぐらかしてきたんです。だから、「そうかも知れんけど、なぁ?」というぐらいでも済んでいたんです。

 でも、この世界の古泉は、はっきりと口に出してしまいました。「ハルヒが好きだ」と。キョンのことが「うらやましい」と。

 でも!それはあくまで「アナザー・古泉」の話であって!「オリジナル・古泉」がそうかどうかは、わからないじゃないっ?!……いやぁ、まぁ、そうかも知れん、けどなぁ…。SOS団の話には目を輝かせてたように、アナザーでもハルヒはハルヒだったしなぁ。例え「見た目」や「境遇」は変わってても、本質的に変わらないものってあるんじゃないのかなぁ。だとしたら、この「古泉」がそうだということは、あの「古泉」も、同じ思いを抱えてるって可能性が、そこそこにはあるんじゃないのかなぁ?


 だとしたら。それは何と辛い日々なのかと。


 そしてまた。それを越えてもなお、キョンとともに居続ける古泉は…キョンのことを邪険になどせず、むしろ何かにつけて助けようとしている風さえ感じられる古泉は、何と良いヤツなのだろうかと、どれほどキョンへの友誼に溢れているのだろうかと。


 機関の事など知りもしないアナザー・古泉だからこそ、機関の都合もなしに「キョンの恋路のバックアップとも受け取れる対話」をしていることは、実に真実味を帯びるんですよ…。ああ…古泉……悲しくも美しいね、君の思いは……。


~~~


 悲しくも美しい、恋心。


 それが潰えるのを、続けざまに目の当たりにしなければならないなんて。


 急遽決まった、ハルヒと古泉の潜入工作。ようやく揃った、「SOS団のメンバー」。鍵が揃ったことを受けて起動する「緊急脱出プログラム」、一度きりの選択をキョンに迫るコンソール。

 …キョンの心は決まっていました。何故なら、彼は「SOS団の団員その一だから」。もう彼は、表立ってそのことを肯定してしまえるくらいに、自分自身の心と向き合ってしまっているから。だから、彼の選択は「オリジナル世界」を願うエンターキー以外にはないのです。自然、「アナザー世界」の継続を意味する入部届けは、「アナザー・長門」へ返すしかないのですが…。


 それは、口には出さなかった恋、です。


 しかし、口に出さなくてもそうとわかるくらいの熱い思い、でもありました。


 やはり口に出さなければわからなかったのか?キョンよ。あの潤む瞳、赤く染まる頬、震えながらも明快な意志を示すわずかの言葉、刹那に掴んでしまった袖口…。わかってるんじゃないのか、本当は。だからこそ、帰ると告げたことを撤回して、一緒に鍋をつついて…。

 …例え、わかっていたにしても。キョンの心は、決まっています。「長門の思いに応えること」ではなく、「ハルヒと一緒に騒げる世界」を彼は望んでいるのだから。



 キョンから差し出される、入部届け。震えながら受け取ろうとする長門の手は一度空振りして、もう一度手を伸ばし…ようやく受け取るのですが…。

 …泣いちゃうよねぇ、ここ。「本当は受け取りたくない」ってことでしょ、一回目の空振りは。だけど、「辛いけど、あなたの意志なら従う」なんだよねぇ、二回目で受け取るの。…まるきり、「長門の、キョンに対しての行動そのもの」じゃないのさ、これは。

 「アナザー」だけど、やっぱり長門なんですよね、彼女も。逆に、「アナザー」がはっきり見せてくれたキョンへの思いだって、オリジナルの長門が持っているものとそう違わないんじゃないのかしら…。古泉と同じく、長門だって…。


~~~


 「大人Ver」だって、やっぱり同じ「みくる」なんだよねぇ…。


 緊急脱出プログラムは、3年前のあの日へとキョンを飛ばします。再び目にする懐かしい光景、久しぶりにまみえる懐かしい人…。

 ここでの、大人Verみくるとキョンとの会話には、すっかり意表を突かれました。消失のストーリーを「ハルヒが消えて長門が可愛らしくなって朝倉が出てくるハナシ」くらいにしか知らなかった私ですから無理もないんですが、みくるとの会話にこんなグッと来る話が出てくるなんて、想定外もいいとこだったんですから!


いろいろ大変だったけど、今ではいい思い出です。
ねえ、キョンくん。

きっと。いつかあなたも、
この高校生生活を懐かしく思う日がきます。
終わってしまえば、なにもかもあっと言う間だった。
夢のように過ぎていった。

…そんな風に思うときが…。


 セリフにかぶって眼前に広がる、満天の、美しい星々。…ああ…何と美しい…涙が溢れそうなほどに、その情景も、その言葉も、その思いも…。

 何が切ないかって、もちろん私自身の過去を振り返っての感動、ってのもあるんですけれど……「あなたも」って言ってるんですよね、ここの、みくるのセリフ。「自分がそう感じているように、あなたも」ってことですよね?つまりは、今この年齢になってみくるは、キョンたちと過ごしたあのSOS団の日々を、「懐かしい」「あっという間だった」「夢のようだった」と、そう振り返ってるわけでしょ?まるで一般論のようなふりをして、全然一般論じゃねぇですよ、これ!「あなたとのあの日々が、とても懐かしく愛おしい」って言ってるようなもんじゃないですか、これ!

 おまけにこの後、みくるはキョンの肩に頭をもたせ掛けて、何かを呟くんです。相手には決して届かないような小ささで。いいんですか、はっきりと口に出さないと、相手に伝わんないことが世の中にはいっぱいあるんですよ?


 「いいんです。
  伝わらなくても。」


 みくるの笑顔は、まるでそう言わんばかりの輝きを返すのです…。



 「好きだ」「好きです」


 「自分はここにいる」「私はここにいる」


 …みんな、そういう切ない思いを抱えて、生きているわけですよ。それが、キョンも含む、SOS団。それが、きっと、等身大の、若者たちの姿…。



【展覧の調べ】
 この辺で、劇場公開前の考察記事でも触れておりました、エリック・サティ作品の引用について、思うところを書いておきたいと思います。一部、おさらいになりますが…サントラに収録されているエリック・サティのピアノ作品は7曲。内訳は、ジムノペディが3曲、グノシエンヌが3曲、プラス、「ジュ・トゥ・ヴー」で7曲です。

 このうち、実際に「消失」の映像中で使用されたのは、4曲のみでした。「使用されない可能性が一番高い」と思っていた「ジュ・トゥ・ヴー」はやはり不採用。残りは、ジムノペディとグノシエンヌがともに2曲ずつ採用され、1曲は不採用でありました。案外多かった、と見るか、思いの外少なかった、と見るか…ま、ひとそれぞれ、でしょうかね。

 実際に使用されたシーンを時系列順に追って、その表現の裏に迫ってみましょうか。ご覧頂ければ何となくお分かりいただけるかと思うのですが、少なくともグノシエンヌは「誰か特定のキャラクターを象徴する曲」としては扱われていないようです。そのシーンの「状況」に合わせて、適切と思われる曲をはめていった…そんな印象を受けますね。一方のジムノペディは…「長門のテーマ」と、言えなくもありません。ただ、これも「状況に合わせて当てはめられている」としても通りますので、後は皆さん個々人に判断をお任せしようと思います。


○ジムノペディ第1番
(長門のマンションで、長門+キョンの会話にて)
 アナザー長門から「図書館で初めてキョンと会った時の状況の説明」を受けながら、キョンは「憂鬱IIIにおいてキョン自身が体験した図書館での状況」をセピア色の映像とともに回想しています。今はもう遥かに遠く思えるような、「この世界では無かったことになっている過去のこと」を思い、まるでそれを「絵のように」追想する、そんな場面です。ジムノペディの由来である、「神を称える祭りの絵」を、サティがそうしたように「遠く寂しい気持ちで眺め」ている、ピッタリの用法ですよね。

 この長門がキョンに対して告げる、控えめだけれど到底彼女らしいとは言えない「ありがとう」の言葉。今は実際に響いているけど妙に現実感に乏しいそれは、逆にこの世界が「無かったこと」になったなら、やはり絵のように遠く寂しく眺めるだけのものになってしまうのでしょうか、それとも…。


○グノシエンヌ第2番
(長門のマンションで、長門+キョン+朝倉の会話にて)
 上記から少し後。朝倉が加わって、鍋を前にしての会話ですね。このシーンでは朝倉がよくしゃべり、長門の面倒をよく見てやってる様が描かれるのですが…キョンは違和感を感じているはずなんですよね、ここに。「この世界では当然の日常として行われてきただろうやり取りだけれど、自分が知っている世界には存在し得ないやり取りだ」ということを、彼はわかっているから。「今ある世界は偽のもの、真の世界があるはず」という、グノシエンヌ名のの由来につながる読み解きが、ちゃんと可能になっています。


○グノシエンヌ第3番
(光陽園学院前、ハルヒ+キョン+古泉の会話にて)
 「ジョンスミス?あんたが?」と言いつつハルヒがくずれ落ちるわずかな時間、そこに一瞬だけ挿入されるのがグノシエンヌ第3番です。キョンはここで、「ようやく、自分の知っている世界とのつながりを見つけた」と感じるのですが…そこに「今ある世界は偽のもの」というモチーフを内在するグノシエンヌがかぶせられているのはなかなか意味深ですね。この後の喫茶店の会話でも、「せっかくつながったと思ったのに、まだズレがあるのか」と感じていますから、その辺の含みを曲に込めて乗せたように思えます。


○ジムノペディ第2番(ピアノ)
(3年前の長門マンション、長門+みくる大人Ver+キョン)
 大人のみくるとともに、状況打破の可能性を握る長門のマンションに訪れたキョン。改変された世界を元に戻すためのワクチン(?)を処方した後、キョンが改変の影響を受けないようにと「処置」を施す長門を映すシーンに流れます。

 長門は、「溜息」の中でみくるに対してそうしたように、ナノマシンを注入すべくキョンの腕を咬むのですが…薄青くほの暗い部屋の中で、目を閉じた長門がキョンの腕を音もなく咬んでいる構図は、何とも言えず艶かしく、どうしようもなく美しいです。「3年前」という、過去。そこで起こっている様を、そこだけ切り取られた「絵」のように眺める…なるほど、「ジムノペディ」がこれまたしっくりとはまります。

 それにしても…ここの長門、その胸の内に渦巻くものは、何だったのでしょうかね?…いや、3年前の長門だから、まだ感情なども芽生えておらず、特に感じるものはなかった、のかもしれませんが…それにしては「キョンの腕を咬む姿」が美しすぎるんですよ。笹の葉ラプソディにおいていったん「3年後の自分」とのシンクロを果たしているんだから、キョンに対する何らかの感情があっても不思議ではない、とか……いや、やっぱしここは、「何もない」が本来なんでしょうね。その、無垢なはずの姿に、ついつい「僕らが知る長門の感情」を投影して見てしまう、それ故の「やや倒錯した美」がここにあるような気がいたします。

 キョンがすこぶる衝撃を受けた「世界を変えた者は誰か」という事実(世界が歪んで見えるほどの衝撃、という映像表現がまた泣かせますね)。そして、そのことを淡々と語った3年前の長門が、目の前で「世界の改変を元に戻すための処置」をしているという、輻輳する状況…。


○ジムノペディ第2番(オケ)
(時間跳躍後の12/18未明、世界を改変する者を前に)
 3年前の長門から示されたとおりに、キョンとみくる大人Verは12/18未明の世界へとやってきます。世界を改変する者。相手が誰であるかは、もう明々白々なんですが…それをなかなか見せようとせず、改変の最中も徹底して映さずにいて、全てが終わった後、表情の変わった後の姿のみを見せるというじらしが堪りません。

 その者は、長門。

 3年前の長門が、キョンに対する特別な想いが無いはずの長門が、キョンに対して「処置をする」あのシーンも倒錯した美しさがありましたが…こちらのこれはどうですか?キョンに対する思いのあまりに、世界の改変に及んでしまう長門。まるでオーケストラの指揮をするように、世界に対して何かを招き寄せるような手つきで、ゆったりと、しかし激しい改変を行って…キョンのために。キョンに対する想いゆえに。これまた、倒錯した美しさがあるとは思いませんか?

 3年前とは、何もかもが逆。しかし、「倒錯美」という点では同等のものを備えて、ジムノペディ第2番はその美しい旋律を世界に鳴らします。その様を「絵」として眺めなければならない、そんな切なさも同じように伴って…。いや、今の長門が抱えるキョンへの想いがことさらに強いことを示すかのように、3年前のピアノ単体とは比べ物にならない、豊かな広がりで…。十字架のように見える影を伴って立ち、光を帯びる美しい長門。そこにあるのは、罪たる影か、人を思うことの喜びたる光なのか…。

 ところで、先に挙げたサントラ考察記事でもちょっと触れておりますが…サティのジムノペディは、第1番と第3番をかの有名なクロード・ドビュッシーがオーケストレーションしていますが、この第2番だけは、ドビュッシーは手をつけていません。何故しなかったかと言うと、ドビュッシー曰く「飽きた(大意)」だそうですが(ちょwwww意訳しすぎwwww鵜呑みにしちゃダメwwww)…どういうわけだか今回の消失のBGMには、そのドビュッシーが編曲しなかった第2番のみをあえて、わざわざオーケストレーションして使用しているんですよ。

 元々世界に存在しなかったものを、あえて作って…。

 …これから世界を改変せんとする長門のシーンに用いるのに、これ以上ふさわしいものはない。そこまで勘ぐったら、やりすぎでしょうか?



 さて…劇中で使用されるサティの「曲の種類」はこれで全部ですが…上述の曲が使用されたところがもう一箇所だけあります。それはラスト近くの、病院から外を望む長門とキョンのシーンなのですが…この部分については、次のレビューに譲りましょう。


 もう十分に長くなったこのレビューですが…真の驚愕とクライマックスは、ここから始まります…。

楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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テーマ:涼宮ハルヒの憂鬱 - ジャンル:アニメ・コミック

コメント
この記事へのコメント
自慢させてください
いつも楽しく拝見しています。
さすがに今回のレビューは読み応えたっぷりですね。私は一回しか見れていませんが、時間が非常に短く感じて仕方なかったです。個人的には、改変された長門をもっともっと見ていたかったですね。切なくも、本当に魅力的に描かれていました。
私は映画を見始めてそれほどたたず、一人、大興奮状態に陥ったのですが、実は劇中に不自然なほど登場した緑のコンビニの社員をしております(てりぃさんお住まいの北海道にはまだあまりないんですよね)。事前に知らなかったもので、声が出そうになるくらいテンションがあがってしまいました。入社した事をこんなにうれしく思った日は初めてでした。
ご存知かもしれませんがコネタをひとつ。
後半でキョンが日付を確かめるため、新聞を立ち読みしに行きますが、おじさん店員の着ているユニフォーム(緑とオレンジ)は、現在の物(黒)とは違っていて、2005年半ばまでの旧ユニフォームです。
冒頭でモールを買ったときの店外の装飾等は現在の物が描かれていましたので、しっかり描き分けをしているんですね。
緑のコンビニはマクロスF劇場版にも登場するなど、私にとってうれしい方向に走ってくれています。今後に期待してしまいます。
それでは続きのレビューを期待してお待ちしております。
2010/02/21(日) 02:04:18 | URL | kei #-[ 編集]
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昨日は映画の日だったので何か映画を見たいなと思い、携帯電話で立川の映画館の上映作品リストと上映時間を見てちょうど良い時間に『ハルヒ』をやっていることに気が付き、急遽観て来ました。 映画の日だったからか、作品自体の人気の高さなのか席はかなり埋まっていて混?...
2010/03/02(火) 06:51:17 | 「きつねのるーと」と「じーん・だいばー」のお部屋