Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
   来訪者数: since 2004/12/2...    
涼宮ハルヒの溜息V
 オレの憂鬱は、何とか晴れた。晴れたのだと、思う。アイツも溜息をつかなくなったし、これはある意味順風満帆だろう。

 だけど。

 世界は、決して愉快そうに見えない。

 なんでだろうな。「それでいいじゃないか、しょうがない」と言って、放っておく気持ちにもなれない。そんなに面倒見がいい、人のいいヤツだなんて評価は願い下げなんだがな。

 「…面倒くさいな、ちくしょー」
 
~~~

 ……いやあああああ(嘆息)。


 濃密な25分、でしたねぇ。終わった直後、「特番だったんじゃないのか?!」って、録画の状況と終了時刻を思わず確認してしまったもの!ホントに、ホントのホントに、普通の1話分に収まっているんですねぇ、これ。何という密度かと。

 この濃密さを心行くまで楽しみ、どこまでも没頭できたことが嬉しいですね。楽しかった。今期新作部分の最後を飾るに、ふさわしい一話だったと思います。彼らの日々は、まだまだ続いていくのですが…ひとまずは、この終焉に喝采を。



 さて。



 前回「溜息IV」レビューで、「溜息シリーズ」=キョンにとっての「憂鬱」、という持論を展開しつつ、気になっていたことがあります。それは、「キョンの憂鬱自体は、このIVで終わりじゃないのか?」ってことなんです。来るべき溜息Vでは、もうキョンの憂鬱は描写されないでしょう。だとしたら…最後に見せてくるのは一体何になるんだろうかと。「キョンの憂鬱」って流れから離れちゃったら、ちょっと妙な感じになりはしないだろうかと。

 …全っ然杞憂でしたね。キョンが憂鬱から脱しても、相変わらず別なものが憂鬱なままでした。溜息シリーズは、きちんとその一連のテーマを消化しきったのです。その憂鬱には、決して目に見える明らかな解決も、胸をすくようなカタルシスも用意されていないのですが…。

 ハルヒが溜息をやめても、キョンが憂鬱を払っても。彼らの世界は、取り巻く人々は、何だか憂鬱なままなのです。



【タメイキをつくセカイ】
 巻き戻っていく時間。

 …そんなわけは、ないんです。この作品はまごうかたなきフィクションですが、古泉が言及するように「この世界はファンタジー世界ではない」はずで…いや、そう言えば、笹の葉ラプソディでは時間を遡ってはいたな…やっぱし遡っているのか?

 いやいや。

 やっぱし、この「溜息I~V」の中では、ストーリー上は「文化祭当日」に向かって、彼らの日々は着々と順行し続けているはず。この「溜息V」も例外ではなく、その中で時間を遡ってなどいないはず…ですよね?



 …にもかかわらず。



 …以前に見たような空気に、どんどん近づいていくかのような、この不思議な感覚は何なのでしょうか?


 疑心暗鬼。


 荒唐無稽。


 五里霧中。


 「憂鬱」の再来、ですよね、まるで。それも、キョンが自分の置かれた状況を認識していく途上の、あの感覚。確証などどこにもなく、自分の足元がふっと無くなってしまいそうになる、どこまでも不安定なイメージ。


 のみならず、文化祭直前の浮足立った空気とは裏腹に、陰鬱な雨が世界を濡らします。描写力も突き抜けていて、リアルなものと見まがうほどの、窓ガラスを伝う雨粒、我々も覚えがあるあの感覚を思い出させる、雨の日特有の暗く沈んだ空気が…。


 …ああ…。


 セカイは、こんなにも、ユウウツとタメイキに満ちていただろうか?


~~~


 憔悴した風の古泉が、夜中にキョンを訪ねて語るくだり。その中には、娯楽を目指した学園舞台の青春群像劇にはおよそ似つかわしくない、こんなセリフが含まれていました。

水面下で我々が行っている様々な抗争と、血みどろの殲滅戦を、ダイジェストで教えて差し上げたいくらいですよ。

同盟と裏切り。

妨害とだまし討ち。

破壊と殺戮。

各グループとも、総力を挙げての生き残り合戦です。


 何と荒んだ言葉の数々か。こんな、辛さしか感じられない言葉を、この娯楽作品に求めている人が、果たしているんでしょうかね?


 …でも、それは、間違いなく存在する「現実」なんですよね。


 ここで言われているのは、古泉がいる世界での「現実」ですが、同様の辛い「現実」は、私たちのいるこのリアルな「現実」世界にもある。


 私がぬくぬくと、一応はそれなりに辛そうな顔をして深夜突貫レビューを書いているこの瞬間にも、目を背けたくなるような痛々しい「現実」は、確実に世界のどこかで起きています。どんなに忘れていたくとも、どんなに逃げを打とうとも、「現実」は「現実」として存在し続けるんです。

 いえ、「だから娯楽たる虚構に没頭するのは悪だ」なんて言う、青臭い説教をするつもりは毛ほどもありません。だけど、「虚構」のみで世界を塗りつくそうとしたところで、それは無理なんですよ。



 他にも、古泉はキョンに対して、もっと辛い「現実」を突きつけたりもしています。みくるが一緒にいるのは、ハルヒに対してある程度の影響力を行使できるキョンを、籠絡するためなのだ、と。キョンの怒った声音に反応して、古泉はその後にこれを「冗談、ウソ」という風に言っていますが…実のところ、これは冗談でもウソでもない、本当のことなのでしょう。喫茶店で「夢落ち」を提案した古泉が、冗談のつもりではなかったのと同様に。

 みくる本人は何も知らないでしょうが…みくるが送り込まれている理由としては、これ以上ないくらいに胸に落ちます。だって、未来人としてのみならず、一般的な人間の水準としても、「属する集団の役に立つ何らかの能力」なんて、表向きのみくるには全く感じられないのですから。彼女の「キョン好きしそうなスペック」に未来人の組織が価値を認め、それゆえにみくるはキョンの側に送り込まれた…ありそうな話です。

 それは、そのことは、キョンにだって理解できたでしょう。だけど、そんな「現実」を、彼は認めたくなかった。それで、古泉に対してちょっと怒った声で反発しているんです。

 だって、そうでしょう?キョンが愛でてやまないあの愛らしさを、「合目的な理由に基づいて、他ならぬ自分に差し出されたエサである」なんて、認めたいわけがないですもん。

 そんな、辛いのが、「現実」なわけない!…如何にそう叫ぼうと、「現実」は「現実」として、厳然とそこにあるのですが…。



 まるで時間が遡っているような錯覚を覚えさせた、古泉の、みくるの、有希の語り。誰もが無意識に持っている「世界の成り立ちへの信頼」が揺らぎかねない、これら数々の揺さぶりは、一つの事実を思い出させます。

 反目し合う、各々の目的と主張を持つ、いくつもの組織、集団。その末端であるところの、有希、みくる、古泉という存在。そうですよね、そうでしたよね。彼らの見た目が如何に「普通の高校生然」としていようと、彼らの過ごしてきた日々が如何に楽しげで仲よさげであろうと。彼らには、ハルヒに見せている側面とは別の、ハードでシビアな裏があります。それが「現実」であって、仲良しこよしに見えているのは「虚構」だったのか?あの3人とハルヒ・キョンが次第に親しくなっていくように見えていたのは、あくまで上っ面、演技に過ぎなかったのか?


~~~


 でも。そのような辛い「現実」を突きつけながらも、古泉はキョンに対して、こんなことも言うのです。


…まぁ、こんなことはあなたには無縁のことでしょうがね…涼宮さんにも。
特に涼宮さんには、永遠に知らないでいてほしい。



 それは、ある種の「ごまかし」に過ぎないのかも知れません。どんなに隠そうとも、辛い「現実」が無くなるわけではないですから。だけど、それでも、辛さの渦中にあるはずの古泉は願うのです。「永遠に知らないでいてほしい」と。

 古泉もまた、揺れているのですよ。彼の属する機関の本意からすれば、そんな願いは出てこようはずがありません。だけど、古泉は願います。彼個人の、純粋な気持ちとして。

 反目し合う立場という現実があろうとも。一方で、SOS団の面々が「次第に仲良くなっている」のも、事実なのではないですかね?例えそれが、立場上は「虚構・演技」という建前にしなければいけないものなのだとしても。

 「虚構」を以て、「現実」を塗り潰すことはできない。だけど、「現実」を以て「虚構」を駆逐することも、また同様に詮無いことなんですよね。


 無理矢理にまで、辛い「現実」のみと、向き合わなくとも、いい。


 ただ、「現実」は「現実」、「虚構」は「虚構」と、それなりの線を引いて生きていこう。


 そのことを、古泉が帰った後の夜の歩道橋で、キョンがこう総括します。


映画は映画、現実は現実。各々別物なのだと、そんな当たり前のことを改めて納得させる手立てとは何だ?



 彼が見上げる眼前に広がる、非現実的なほど美しい星雲、星の海。現実も非現実も、辛さも楽しさも、そこにそうして、あるがままに…。



【憂鬱の終焉】
 しゃべるシャミセンのシーンの後。見覚えのある喫茶店で、ハルヒ抜きの相談が繰り広げられます。


 そこは、閉塞と解放の分岐点。


 エンドレスエイトにおいて、彼らが何度も通過した、あの場所です。そう、1万5千回以上もの回数、憂鬱な溜息を伴いながら。


 言い換えればそこは、憂鬱と安息との境界線でもあります。その境界線に立って、彼らは問題を話し合うのですが…。


~~~


 憂鬱からの脱出。


 そういう視点で言えば…彼らはもう、何度も何度も、憂鬱からの脱出を果たしているわけですよね。もちろん、人間ってものは繰り返し何度も困難にぶち当たり、それなりの解決を経てまた道を歩いていくものですが…。


 この「あらためて」と題された一連のシリーズを反芻して見ると、「解決然」としたラストシーンが、意図されて繰り返し描かれているのに気付くんです。

 例えば…憂鬱VI。スペクタクルな閉鎖空間から劇的な回帰を果たし、ポニーテールに触れたキョンの一言の後で…まるで劇場版かと思わせるような、見事な後日談が幕を引きます。観客総立ち、ブラボーの飛び交う、そんな一瞬。

 例えば…エンドレスエイト。無謀とも言われる繰り返しばかりが突出して話題になるきらいがありますが、あのラストシーンは有無を言わせぬ出来栄えだったと思います。彼らの記憶にさえ明確には残っていない、ほとんど誰も思い出さない、失われた600年近くの夏を、全てひっくるめて飲み下すキョンのセリフとともに、彼らの憂鬱な日々は終わります。

 そして…今回の溜息Vにもまた、文字通り「憂鬱への幕引き」が用意されていました。

 ある程度明示的な「繰り返し」。だけど、それは単なる「ループ」ではありません。その「繰り返し」を経て、何かがちょっとずつ変わっていく、そういうものです。サークル=円ではなく、言わば「螺旋」。同じように巻きながらも、ちょっとずつどこかへ向かっていく、そんな日々かも知れません。何度も同じ旋律を繰り返しながら、次第に豊かな音楽が広がっていくように、って、それどんなKanon?(汗)



 まるで「憂鬱」途中のよう、と、私は書きました。古泉の、みくるの、有希の、それぞれの組織や集団の思惑の語り、そこから惹起される不安な心情、揺らぐ世界。確かに、近い感覚を呼び起こされる、それを狙った描写だったと思うのですが…じゃあ「全くの一緒であったか」と言えば、これまたNo!なんですね。

 一番端的に違いが出ているのは…キョンでしょうね。

 憂鬱のI~VIの過程は、キョン自身も揺さぶりを掛けられ続ける展開なんですよね。疑心暗鬼、荒唐無稽、五里霧中。誰が言っていることも真っ向からは信じられず、わけもわからぬまま巻き込まれていく、そんなキョンが「憂鬱」の中のキョンです。

 然るに…この溜息Vで見せるキョンは…。

 既に古泉の存在も、みくるの存在も、有希の存在も、一切疑ってはいません。古泉はある種の超能力者であり、みくるも間違いなく未来人であり、有希も情報ナントカ思念体という宇宙人の類であることを、キョンはもう揺らぎなく受け止めています。


 変化していく、関係性、というもの。


 それは、ハルヒにしてもそうなのでしょうし、古泉もみくるも有希もそうでしょう。望むと望まざるとに拘わらず、属する集団の思惑と合致しようとしまいと、彼らの関係性はどんどん変わっていくのです。何度も憂鬱な状況を脱しながら、その度に何かを自身に刻み、お互いの間に何かを残して…。そう、変わらない関係、なんて、ないのですよ。何もかも、変わらずにはいられません、それでもあなたはこの街が、って、それ何てCLANNAD?(汗)


~~~


 巻き戻っていく時間。

 …そんなわけはないんですが…溜息Vのラストシーンは、どこかで見た気がする服装の、ハルヒとキョンの二人の会話で締められていました。夏を過ぎた日々にしては、何だかちょっと違和感のあるこの私服は…覚えてますか、憂鬱VIのラストシーンのそれです。

 このシーン、閉鎖空間から帰還した彼らが初めてプライベートで会って会話する、「憂鬱VI」の続きのシーンなんですよ。



 本来この部分は、原作の「溜息」では冒頭部分に配置されているものです。刊行順では「憂鬱」の次に「溜息」が発売されていますので、その順に読む方は違和感なく受け止められますよね。ですが…時系列に並べ直すと、これは一筋縄ではいかないのですよ。エンドレスエイトの解決の後、溜息の冒頭にこれを持ってくると…もう違和感爆発と言うほかありません。だから、もうこのシーンはばっさりと削られたのだと、代わりにあの体育祭のシーンがあったのだと、そのように理解していたのですが…。

 まさか、ここでこうして、復活させるつもりだったとは、なぁ…(溜息)。

 お見事ですよ!これはもう、限りなくグッジョブと言えましょう!

 キョンが過ごす時間軸上では、ここにこのシーンは位置しません。あの時と全く同じ服を着ているだけの、別のリアルな出来事ではないのです。何故なら、試写会にしてもその後の上映の様子にしても、溜息の終盤では「学園祭当日」が描かれており、順行だとこのまま「ライブアライブ」へと切れ目なく突入するからです。だから、「溜息V」ラストのこれは「回想シーン」である、と解するのが妥当でしょう。

 何故、ここに、「回想シーン」を入れたのか?

 理由はいくつかあると思います。とりあえず、私は3つ思い当りました。


 その1。続けて変化し続けていく彼らの「関係性」の、大きなポイントなんですよね、この会話は。有希は宇宙人で、みくるは未来人で、古泉は超能力者。それはこの作品中では事実であり、疑う余地がないのです。でも…ハルヒはそれに対して厳然と言い放つんですよね。「ふざけんな!」と。ハルヒにとっては、SOS団の愉快な仲間たちってだけで、ただの人間なんです。だから、彼らは次第に「そういう関係」へと変わっていくはずで…つまりは、この「溜息V」の中で彼らが見せている「辛さ」「ジレンマ」への、一つの解なんですよ。


 その2。次第に現実と虚構が融合していく映画撮影の影響をキャンセル、元の世界に戻させるキョンのアイディアは、ハルヒ自身の口から「これはフィクションだ」と語らせることでした。そして、ラストのこれ。ここでハルヒが言っていることも、「そんなわけない」ってことなんですよね。響き合ってるんです、映画のスタッフロールでハルヒが言わされたことも、憂鬱VIの続きでキョンにハルヒが言い放ったことも。当り前の世界をハルヒ自身が認識する、そんなセリフとして。


 そして、その3は。

 このシーンをここに持ってくることで、「溜息V」まで含めたこれまでの話全体が、「憂鬱からの脱出」というパーツで括られることになるんです。前回、気付きを経て憂鬱からの脱出を果たしたキョンに続き、世界もまた憂鬱からの脱出を。そして…憂鬱から脱出した世界は、「ライブアライブ」へと向かいます。「(あなたの憂鬱を)神様は知っているよ」という救いの歌を、そして自分が失ったものを悲しむだけに終わらず、明るく再会を願う「私の歌」を、ハルヒが熱唱するあの「ライブアライブ」に。


 GOD'S IN HIS HEAVEN.
 ALL'S RIGHT WITH THE WORLD.


 神は天界にあり。
 世界はなべて、こともなし。


 本当に神様が天界にいるのかどうか、世界が真に「こともなし」なのか。どちらも私にはその真実性を知る術がありませんが…少なくとも、ハルヒは神様ではないのだろうし、そして世界が平穏であってほしいとの願いもまた間違いなく胸の内にあるのです。

 変わっていく、進んでいく、僕らのこの世界に、乾杯。




 ハルヒの新作は、ひとまずこれにて終了。旧作の再放映分も「改めて」ってことでレビューを続ける予定ではありますが…この区切りを迎えられたことに、今は感謝したく思います。

 今回も、変わらず素晴らしい出来栄えの作品を送り出して下さった京都アニメーションの皆様に、今一度の感謝を。

 紆余曲折もあったものの、今回の放映に尽力された数多くの関係者の皆様に、今一度の感謝を。

 そして、最速組から数日遅れにも拘わらず、足繁く当ブログに通って下さった皆様に、今一度の感謝を。

 本当にありがとうございました。この区切りを経て、私はまた、明日へと向かいます。
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
■関連記事~
 オーズ 第41話「兄妹と救出と映司去る」 (2011/07/16)
 宅配事故? (2005/05/01)
 電王27話 (2007/08/05)
 CLANNAD 第3回「涙のあとにもう一度」 (2007/11/09)
 CLANNAD AfterのBlu-ray BOXキタ! (2010/12/29)
 久々にCLANNAD Blu-ray見た~第9話まで。 (2010/05/25)
 仮面ライダーカブト・30 (2006/09/18)

テーマ:涼宮ハルヒの憂鬱 - ジャンル:アニメ・コミック

コメント
この記事へのコメント
やたらな文句
新アニメ部分を見ると、全体的にイマイチだった気がします。
…どうしても前回のよさのせいで
過剰な期待があったってのもありますが、
エンドレスエイトのあれとか、溜息の55ページだとか。
それでも楽しみましたけどね。
エンドレスエイトだって全部リアルタイムで見ましたしね。
野球が伸びて放送時間がずれてもリアルタイム視聴でしたよ。
おおよその狙いがわかっていてもこれはないだろうと
思いながらも楽しみながら見てましたが。

今回のラストでもまだキャスト欄にずれがあるのは
どうしたことか。まだなんかずれてるんですかね。

既読者だからこそ感じるんでしょうか?なんか説明不足。
シャミセンは借りてきた猫→引き取ることに
といった件。絶対必要でもないけど
「せっかくだし飼うことにした」程度の説明はほしかった。
ミクルの冒険本編中にキョンの妹や商店街の人たちも
出演しているけど、その描写も入れてほしかった。
溜息本編中では確かにその描写は無いんですけどね。
アニメでは補完として入れてもよかったなぁと
(ダイジェスト的な感じでもいいから)。
ハルヒの「フィクションです」のセリフ。
キョンのセリフと被らず最後までちゃんと聞かしてほしかった。
アニメでは切られた、一番最後の「当たり前じゃないの」が
一番重要な気がするんですが。こんなものは嘘だと「明確」に
わからせる必要があったわけですから、
「フィクションです」と言わせたうえで、それが「当たり前だ」と
ハルヒ本人が思ったことを言わせないとだめなのでは?
あくまでそれまでのセリフはキョンに言うように言われたから
言ってるにすぎず、最後のセリフは自分の思っていること、
「こんな事言わなくてもわかってるわよ」と明確に
わからせた瞬間だったように思うのですけどね。

さらにラスト。原作未読のどれだけの人が憂鬱Ⅵのラストシーンの後
だとわかるでしょうか。普通わかりません。

後は、関係のないところでキャスト順が気に入らないです。
なんで変えたんでしょうね?
主人公のキョン外一番上であるべきかと。
なにかと(メイン)ヒロインが主人公を差し置いて
一番上にきてるアニメがあったりするのですが、
なんとなく気に入らなかったんですが
まさかハルヒがそうなるとは…。
長門も5番目になぜかされてますし。
ハルヒちゃん仕様ですかね?なぜ?

なんかやたらと文句ばかりになってますが、
これも過剰な期待のしすぎですね。
別におもしろくなかったわけではないんですよ?
むしろとてもおもしろかったんですけどね。
やっぱり、てりぃさんは明日へと向かうナユキストですね
2009/09/18(金) 00:27:54 | URL | つちむ #-[ 編集]
あらためて 放映 やり直し
帰省に伴う録画確保の関係で、私自身は「溜息II」で一時停止したままなのですが……。

「シリーズ第2期」という言葉を敢えて使わなかった理由が、分かった気がしますね。
今回の新作パート14本は、「2006年版シリーズ」の間を埋めるものであって、それより前も後もありませんでした。
だからこそ、「あらためて放映」……言ってみれば「来るべき第2期に向けて、足りないものを補って第1期のやり直し」だったのかな、と。
単なる「やり直し」のために新作14本作るなんてどうよ?というのはゴモットモですが。

ところで、データ的に作品名を取り扱う都合上、私のサイトでは『涼宮ハルヒの憂鬱[第2期]』と表記しています。
次のシリーズが作られたとき、オフィシャル側にそれを「第2期」と名乗られたらどうしてくれようかと戦々恐々です(^_^;)
2009/09/18(金) 09:47:58 | URL | 加嶋 #Z8QTjApg[ 編集]
今回の考察を読んで
こちらの感想にもあるように「溜息」は「憂鬱」と対になるシリーズというのは納得出来ます。
「溜息」を経て、キョンは「ハルヒの良いところも悪いところも全部認めてあげられる、ハルヒの一番安心出来る人間」に変化していっているのでしょうね。今回の新旧混合放送や「消失」を今期でやらないであろう理由もこの2つのエピソードの親密性を強調するためだった気もします。

そういえば今期新作は「エンドレスエイト」で視聴者の予想を超える話数を放送したり、「溜息」で視聴者の思い描いていた「ハルヒ像」を崩したりとこちらの思惑をことごとく潰していったのは今考えると面白いですね。まあ、それが今期不評の原因なのでしょうけど、原作内容をより理解出来る嗜好ではあったかなと。

実質上1期を作ったヤマカンは正式な初監督作品でもそうでしたが、「テーマ」よりも「視聴者受けする部分」を強調するため、ファンの中には作品のテーマ性をちゃんと得られず、重要であるはずの「溜息」を軽視する傾向や「消失」ばかり持ち上げている傾向をなんとなく感じていました。私が谷川さんなら嫌ですもん、そういう傾向。
(別にヤマカンが悪いって言っているわけではないですよ。ヤマカンはヤマカンで作品をどうしたら面白く出来るか考えてくれてますし、テーマもちゃんと提示してくれてますしね。)
2009/09/18(金) 21:16:55 | URL | クラ・ウド #aJKZQpzM[ 編集]
コメントを投稿する
※コメントについてのポリシーはこちらです。初めての方はご一読下さい。
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
※トラックバックについてのポリシーはこちらです。初めての方はご一読下さい。
http://terry.blog1.fc2.com/tb.php/2976-7f5b11b9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
涼宮ハルヒの憂鬱 あらためて 第24話を観ましたので、感想などを。。。 長いです。
2009/09/15(火) 06:40:06 | 丈・獅子丸の咆哮 (新館)
シャミセンの妙に含蓄のある話は面白かった。でもあれその後の古泉とみくるに長門たちでハルヒに対しての認識が違いとかかってるのかな? ...
2009/09/15(火) 18:53:51 | 蒼碧白闇
「わたしがどんな真実を告げようと、あなたは確証を得ることができない」 面白かった。いや、面白かった。 「溜息」が映像化され始めた時...
2009/09/15(火) 19:01:45 | みすぼらしいぶろぐ
グゥレイトッ!! 新規分の中では一番面白かった回なんじゃね? 他の勢力の存在、実は牽制し合っているSOS団メンバー、そしてキョンに...
2009/09/15(火) 22:13:53 | 万聞は一見に足るやも
「どちらでも構わない」  キョンが唖然とする様子に思わす笑ってしまった(笑)  
2009/09/16(水) 00:33:38 | 気ままに日日の糧
黒猫でなく、三毛猫を捕まえる涼宮ハルヒ。魔法使いには、黒猫だけど宇宙人には、三毛猫といったところでしょうか。
2009/09/16(水) 01:08:26 | ゼロから
新作最終回ですか!? 次回「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」だとすると試
2009/09/16(水) 05:19:13 | アニメ-スキ日記
今回もOP曲を抜き。 人語を喋るどころか哲学者してる猫も登場。
2009/10/13(火) 17:15:23 | ボヘミアンな京都住まい