Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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涼宮ハルヒの溜息IV
 すっ……好きだっっ!!


 一目見たときから好きだったんだっっ!!でも、その理由が自分でもわからず、好きだということ自体を認めたくもなくて…ずっと目をそむけてきた、それで何とか表向きは安心していたんだ!


 だけど…どうにもこうにも思い通りにならないお前を見るうちに、どうにもこうにも思い通りにならない自分へのイライラが募ってしまって…そのことを考えてたら、変なことに気づいちまったじゃねぇか、くそぅ!後で後悔しそうな長文レビューを書きたくなってきたじゃねぇか!くそぅ!くそぅ!!
 

~~~


「…もう少し、他に書きようはなかったのですか?」


「…すまん」


 本編と絡ませた、ちょっと小粋な導入を狙って、壮絶に滑りました(^^;。でも、不格好であることがわかってても、それを止められない、どうにも止めることができない。なら、せめて、ちょっとでもいいものに修正すべく、頑張らないとね。だって、しょうがないもんね。それが、ハルヒとキョンが牽引していく、SOS団の日々そのものなのだから。



 OPを削っての、たっぷり尺を取ってのストーリーテリング。いやぁ、もう、これ以上は無いってくらいに堪能しましたよ。まだ見れるのか、まだこの幸福な時間を味わえるのかと、予想外にずぶずぶハマっていく自分と残り時間の嬉しさを知覚しながらの25分。…つーか、25分?!何ということか?!そんな短い時間に、これだけの幸せな物語を定着させたのか?!

 何故「溜息」は長編なんだろう?「憂鬱」という言葉よりも軽い「溜息」ぐらいしかハルヒが感じないのに、「憂鬱」に匹敵するぐらいの位置づけを「溜息」シリーズが与えられているのは何故なんだろう?そこで描かれようと目指されているものは何だろう?…今まで私が保留してきたその問いに、自信を持ってこの答えを出しましょう!


 これは……この「溜息」シリーズは、「ハルヒ」の物語じゃない。


 ……「キョン」の物語です。




【だが私は謝らない】
 ハルヒ、ね。謝ってません。謝ってませんよね?謝っていませんとも。ああ、謝らないでしょう、謝るわけがない。だって、それが、ハルヒなんだから。

 この一連の「溜息」シリーズが、もしハルヒの成長物語であるのならば、ハルヒは自分の勝手放題な振る舞いを詫びたり、詫びないまでもその行動の無軌道さを多少なりとも修正して然るべきです。だけど、そんな展開は用意されていないんですよ。…鳥頭ゆえ、確かに読んでるはずの原作の溜息の、大まかなあらすじしか記憶していない私ですが…そんな展開は無かったはずです。

 その証拠に。一期シリーズを既にご覧の方ならご存知の通り…「朝比奈ミクルの冒険」は、最初っから最後まで、ハルヒの思うがままのノンストップ疾走映画に仕上がっていますよね。彼女の映画制作方針には一貫して、路線変更も反省も無いんです。

 そのことが、許し難い!と思ってしまう方もおられるでしょう。それはそれで、シンクロするところ如何では、やむないことのように思えますが…。


~~~


 これは、先日、丈・獅子丸さんと飲んだ時にお話ししたことなんですが…。

 「溜息」シリーズにおけるハルヒが、あまりに傍若無人すぎることに、不満を持つ方が少なからずおられるそうですね。元々ハルヒは「傍若無人を絵に描いたようなキャラクター」として設定されているわけですが…でも、彼女には変化が訪れているはずだ、と。一期でのシャッフル展開の中に仕込まれた、「サムデイ イン ザ レイン」に至るまで徐々にハルヒが「デレ化」していくその流れに、この「溜息」は乗っていないんじゃないか?ということのようです。


 この「溜息」の描写で、「ライブアライブ」のあれを経て、ちゃんと「サムデイ イン ザ レイン」まで繋がるのか?


 繋がらないだろう?これはもう、ミスディレクションなんじゃないのか?


 ああ、なるほどなぁ、と思う側面も、無いわけではありません。確かに一期のあの流れは、ハルヒの心境の変化をよく織り込んでいると思いますよ、ええ。だけど…「変ってるところ」も「変ってないところ」もあるんですよね、ハルヒには。例えば、こと「傍若無人」ということに関しては…私にはあまり、大きな変化がハルヒに訪れているようには思えません。時系列ラストの「サムデイ イン ザ レイン」でさえ、キョンの不在をいいことに、ハルヒは主にみくるに対して、もうやりたい放題したい放題にしています。その直前の「射手座の日」だってそう。彼女の傍若無人さには一点の陰りも無く、「ああ、ハルヒは今日も元気にハルヒだねぇ」というぐらいのもんです。彼女の変化は、主として「キョンに対する表立っての態度の違い」やら、「世界に対して不満を暴発させるその頻度の違い」になって現れているだけなんですよ。


 だから、私個人は、ミスディレクションは感じていません。


 何故なら…ああ、どうしよう、これ書いちゃうと「あらためて」のレビューのネタを自ら一つ減らすことになるんだけど…ええい!書いちゃえ!あのね、「ライブアライブ」で見せるハルヒの姿にね、むしろ「繋がっていない」のが正しいのじゃないか?と私は思うのですよ。「溜息」のハルヒから「ライブアライブ」のハルヒへ、そこには明確な「不連続面」がある、というのが正しいんじゃないかと。何故そう思うかって?だって…それでこそ、あのライブシーンでキョンが見せる驚愕の大きさが真に迫るじゃないですか!!そして、それでこそ「射手座の日」でのキョンの確信~ハルヒはもう無為に閉鎖空間を発生させたりしない~に繋がるんですよね、というのは丈・獅子丸さんのお言葉。あはは、嬉しいですねぇ、こういう部分が共感できるお仲間がいて、一緒にお酒を酌み交わせたなんて。

 長々と書いてきましたが…恐らく次の「溜息V」に至っても、ハルヒに明確な変化は訪れない、と私は思います。溜息5話で描写しようとしてきたのは、「ハルヒの変化」ではないんですよ。だって、サブタイトルの通り、ハルヒ自身は「溜息」をつくぐらいのブルーにしか至っていないのだから。


 その溜息は…キョンから叱られたことへの溜息、ですよね?


 彼だけは、口では何と言おうと自分のことを理解してくれる。そういう秘めた思いに、「つまらん!」の言葉(あの一瞬のアップの妙!)で傷つけられてしまった、一人の少女らしいハルヒの心。

 一人の部室でこっそりと「キョンの好きなポニーテール」にして液晶モニターに映る自分を見ていたあの姿

 そして。

 キョンから「実質的に許しをもらえた一言」を受けて、半分振り向いた時のあの表情!何という作画をしますか!あくまで光の加減なのでしょうが、まるで「目にいっぱいの涙を溜めたように見えるハルヒ」とかですね!萌え殺すつもりですか!


 …ああ…嬉しいなぁ…。


 今日も、ハルヒは元気にハルヒだなぁ…。




 もちろん、それだけでは「物語」としては不足です。ハルヒが変わらぬのならば、ハルヒ以外の全体を牽引していく別な「テーマ」が存在しなければ、「いいお話だった」とはならないわけですが…。




【溜息の原因、憂鬱に暮れる者】
 そこで、キョンです。彼は語り部であり、狂言回しであり、視聴者(読者)の代弁者であり…しかしてその実態は、本作の真の主人公なのかも知れないんですよね。

 ハルヒシリーズをギャルゲーに見立てた場合、キョンに思いを寄せる者たちは、オルタナティブのストーリーをそれぞれに持つヒロインであって、主人公ではありません。ハルヒ、長門、みくる、そして古泉(ちょwww)。彼女らは、彼女らそれぞれの、深みのあるドラマを抱えてはいますが…こと「作品」という視点においては、彼女らは「主人公」ではない、とも言えるんですよ。

 思い返してみてください。ハルヒシリーズのいずれの話においても、キョンが全く関わっていない話など、その中には存在しないのですよ。あの、キョンが不在のSOS団の様子を描いた「サムデイ イン ザ レイン」でさえ、あのような定点観測を効果的に用いた演出が、「キョンが欠けるとハレ晴れユカイな日には程遠い」ということを示していて、間接的に「キョンの立場の重要性」を熱く語っているように思えます。

 もちろん、「ハルヒ」だって全てのエピソードに関わってはいますから、ハルヒも主人公の可能性はあります。つーか、一般的にはハルヒが主人公、という認識かもしれませんね。ですが、私は「キョンが主人公」に一票。少なくとも、ハルヒシリーズは「キョンとハルヒ、二人の物語」がメインであると、私はそう思っているのですよ。


~~~


 さて。そうは言っても、キョンに対する多くの方の認識は、「語り部」なんだろうと思いますが…そのことが、実は視聴者に対して重大な誤謬を惹起するのですよ。

 キョンの立場があくまで客観的なものだと捉えてしまうと、彼の感じたことは「客観的なもの」であり、「世論」であり、「絶対的なもの」になっちゃうんですよね。この「溜息IV」において最高潮に達した、ハルヒに対してのキョンの苛立ち。あれが、「正当なもの」「当然のもの」として、伝わってしまう危険を孕みます。ましてや、ハルヒの振る舞いは基本的に傍若無人ですから、常に非難され得る行動が大半を占めます。一層、キョンの方が正しく見えるというおまけ付きなのですな。

 でも。キョンは至って、「普通の人間」です。

 いつも正しい判断を下せるわけではないし、世界を正しく認識しているとも断言できない、弱くて揺らぎのある、普通の人間です。彼自身も間違いを犯すし、そのことに気付いて修正や成長も行っていく、ただの一人の、年頃のオトコノコなのですよ。

痴話ゲンカじゃねーの?


 …本当、溜息シリーズにおける谷口の台詞の一発一発には、もう途方もない破壊力が秘められていますな。本質的には、全くそれと変わらんレベルなんですよね、ハルヒとキョンのいざこざは。「俺の善良なる心がそうさせた、とも限らない」などとキョン自身が思い返しているように、キョンが正義でハルヒが悪、というわけではないのですよ。他愛もない、気持ちのすれ違い、思いの行き違い。そんなもの、なんですよ、きっと。

 EDクレジット。溜息シリーズにおいては、ハルヒとキョンのすれ違いっぷりが、二人のキャスト行の距離になって表わされていましたよね。でも…その他のSOS団のメンバーはどうだったでしょうか?キョンの側に、一緒になって寄っていた?いえいえ、彼らはずっと中立です。すれ違っていたのは、あくまでも「ハルヒとキョン」のみ。キョンが感じていた苛立ち、義憤を、そのまま他のメンバーも感じていたわけではないのです。


~~~


 そこで思い出したのが、「溜息I」の終盤に現れるキョンの台詞でした。実は私、当時はその台詞にすんごく違和感を覚えたのですが…処理できずに、そのままにしてあったんです。それは、以下の、この台詞。

困ったもんだ。
ハルヒは己の価値基準や判断を絶対的なものだと信じ込んでいる。
他人の意志や意識が自分のものとは違う場合もある、むしろ違ってばかりだから…。

…ということがわかっていないに違いない。


 この台詞がここに入ってくる意味が、私にはどうにもわかんなかったんですよ。だって、先にも述べたように、ハルヒが「他人の意志が自分とは違う」ということに気づくような展開なんて、溜息の中には用意されていないんですもん。


 これ…ブーメランですよ。人に向かって放ったつもりが、自分に返ってくるという。


 他人の意志や意識が、キョンとは違う場合もある、むしろ違ってばかりだから…。

 キョンがハルヒに対して感じていたイライラは、彼だけの個人的なものだったんじゃないか?

 だとすれば…この溜息で意図して表現されてきたのは、「酷い振る舞いをするハルヒ」ではなく、「苛立ちを募らせるキョン」の方なのでは?

 ハルヒにとっては「溜息」をつくようなレベルの出来事でしたが、キョンにとっては「憂鬱」と言って差し支えないような、そういう流れが一連の溜息シリーズで描かれてきたのでは?


閉鎖空間は出ていないようです。
涼宮さんの無意識は、自制してくれたようですね。



 でも、彼~キョンは、自制しませんでしたよね。古泉が止めなければ、ハルヒを殴っていたでしょう。彼の感じていることは正義でも客観的なものでもなく、彼個人のイライラなのですから、殴っていいわけもないんですが…。思えば、ハルヒに対するイライラが募るシーンが、どれも「一定のイメージ」を思い起こさせるBGMで彩られ、徹底的に力を注いだ描写がなされてきたのは…あれは、「キョンによる閉鎖空間の発生」を表現しているんじゃないかしら?

 キスシーンの撮影を止めて、周りを凍りつかせるように、自分の感情を思うがままに吐き出すキョン。全く今までと同じ場所でありながら、別な世界のように異なる空気。そこで、神人が如く、物理的な力を以て、世界を破壊せんと振り上げられる拳。そして…それを止めるのが他ならぬ古泉であることまで、本当、よく出来ていますよ…。

 「溜息」シリーズは、言わばキョン版の「憂鬱」なんですよ。

 だからこそ、「憂鬱」シリーズと等しいような数話に分けての描写がなされ、対等とも言える重みづけまでがなされているのです。

 「ハルヒ」がキョンとのやり取りを通じて憂鬱を感じ、同じキョンへの自分の気持ちの気付きを通してその憂鬱を収めるきっかけに至る、「憂鬱」6話。それと対になる形で用意された、「キョン」がハルヒとのやり取りを通じて憂鬱を感じ、同じハルヒへの自分の気持ちの気付きを通してその憂鬱を収めるきっかけに至る、「溜息」5話。

 魅力溢れる多くの短編を間に挟みながら、全28話を通して並び立つ二つの軸。それが、「憂鬱」と「溜息」なのです。


~~~


痴話ゲンカじゃねーの?



 箸にくっついてしまった、一粒の米。気付かなければそのままだったかもしれないけれど、気付いた以上は放ってはおけません。自分が感じていた苛立ちが、単に個人的なものであったことも理解し。自分の中にある、ハルヒへの気持ちも半ば認め。その上で、自分なりに「世界を変えよう」と頑張るハルヒのことを理解し、自分が本当は何をしたいのかに至って…彼はハルヒの背中を押します。「この映画は絶対成功させよう」と、直前までは表に出さなかった、前向きな言葉とともに。

 類まれなる身勝手な才能を持つ超監督・ハルヒと。稀有なツッコミを装備する超普通人・キョンと。自分の中の壁をそれぞれに乗り越えたこの二人が、満を持して再構築する世界、「朝比奈ミクルの冒険」の公開まで、あと少しです!撮影快調!請うご期待!
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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テーマ:涼宮ハルヒの憂鬱 - ジャンル:アニメ・コミック

コメント
この記事へのコメント
ではこちらはあくまでハルヒ側の問題点をメインに
ライブアライブ以降の話を知らない方が、この溜息を楽しむ事が出来たんじゃないかなぁと思う今日この頃。
既に判明している着地点にキチンと収まるか否か。そこに意識の大半を持ってかれてしまっていますよ(汗
不連続で良いっていうのは面白い考え方でなるほどですが、現在の「鳩を白くしビームを出させ秋に桜を咲かせる」ハルヒから、「負けたくらいで閉鎖空間を発生させないと確信出来る」ハルヒへの変遷をたった1話に任せてしまうのは、さしものライブアライブにも無理が過ぎると思えて仕方無いです。

それで、今回ハルヒはちゃんと変わったと思うのです。少なくとも「場合によってはキョンは私に本気で否定・反抗してくる」というのは頭に入ったはず(ハルヒ同様、キョンも謝っていませんからね)。
古泉を筆頭にイエスマン揃いで自分の考えこそが正しくキョンも最終的には自分に従うと信じ込んでいた時点から考えれば大きな進歩。ようやくハルヒ神の絶対性、「神と人」たる二人の関係に亀裂を入れる事が出来ました。

今回古泉がハルヒの神っぷりを語ってましたが、その古泉ですら今の世界が好き=ハルヒ的正しさによる修正を認めてないわけですからね。ただその為の手段が「神のご機嫌を取り続ける事」では射手座で語られるような理想的な信頼関係も何もあったもんじゃないわけで。ハルヒ神を人間に堕とせとはつまりそういう事なのです。

そんなわけで、俺視点では(次回次第ではありますが)ギリギリでライブアライブにちゃんと繋がる舵取りになってたと思います。と言うか最近久々に「良い京アニ」を見てる気がしてますが、その辺の評価もやっぱり次回次第。
2009/09/08(火) 15:31:14 | URL | 東西南北 #7SMSw2C6[ 編集]
いつもいつも驚かされますよ。
「キョンによる閉鎖空間」とか
「キョン版の憂鬱」とか。
奥深く見すぎです。
やっぱり、てりぃさんは萌え死にナユキストですね。

一般的にハルヒが主人公だと
思われているんでしょうか?
僕は普通にキョンだと思っていたわけですが。
本作の語り部兼主人公がキョンで、
ハルヒは(メイン)ヒロインだと思いますが。
タイトルにハルヒの名前が入ってるってのもありますが、
ドラえもんだって、のび太くんが主人公ですよね?
ドラえもんより、どちらかといえば。
まぁ両方主人公といえばそれでいい気もしますが。

なんで55ページ=1話にしてんだろ。
そのせいですごいキリが悪いですね。

次回が最終回ですね。新アニメ版という意味で。
その後はおそらく以前やったエピソードですから
2009/09/11(金) 00:43:50 | URL | つちむ #-[ 編集]
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2009/10/13(火) 16:30:21 | ボヘミアンな京都住まい