Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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エンドレスエイト IV
 …じゃ、今回は…八行くらいで。時間も体力もないんで。

 エイトとは8月のこと、つまり、夏休みのお話ということになります。ですが、社会に出て久しい私の夏休みの体験だと、一番近い大学生の時さえ、もう20年も前という有り様でして、記憶は遙か彼方、なんですよね。

 ……………………………………………ん?

 …………………………………………あれ?

 ………………………………………?



 ……あれれ?



 …すんません、ひょっとして前に、おんなじこと、繰り返して書いてます?
 



~~~



 繰り返し、かぁ…。



 何年も「日常」というものを過ごしていると、「以前から同じ日々を繰り返しているような…」という、奇妙な既視感が生まれてきます。そうですね…私にとっては10年近く前、二人目の子どもが生まれて以降数年ぐらいまでが、繰り返しを意識せずに済んだ最後だったでしょうか。しかし、子どもが二人ともある程度大きくなってきて、幼稚園にせよ小学校にせよ、定例行事が毎年やってくるようになると…自分が単純なループの中に取り込まれてでもいるような気がして途方に暮れそうになります。自分が同じことしかしていない、という、微妙な倦怠感。これは、一見そうでもないことに思えるかも知れませんが、地味にキツいのです。


 と言うかですね。


 これはマヂで「8回繰り返し」を覚悟せんといかん状況になってきたんじゃないですかね?!(汗)


 ※注:このレビューは「4周目」に対するレビューです。


 や。ややや。その「8回」というのもですね、「エンドレスエイト」の「エイト」に引っかけそうだな、って辺りが根拠なだけの、脆弱な予想に過ぎませんので…ひょっとしたら今回の新作部分は「笹の葉ラプソディ」+「エンドレスエイト×13回」で終わりとか、そういう事態まで覚悟しておいた方がいいんじゃないのかしら?!


 でも、「これが見たいんじゃない!!」という人は、割と多そうなんですよね、なんつーんでしょうか、3年前のハルヒ放映の時からあちこちで言われている、「消失が~」「消失の~」「消失で~」云々かんぬん…。そう、みんな、ハルヒの「消失」が見たいらしいんですよね。「新作ハルヒが見たい」のではなくて、「新作で繰り広げられる『ハルヒの消失』が見たい」んじゃないかと。


 なのに、「消失、やらない」とかなったら…暴動。起きそうですよね、これ(汗)。まだ予断を許さないとは言いながらも、明らかになりつつあるDVDの発売形態とか考えていくと、とりあえず今回の「新旧混ぜて28話」の中には、ホントに「消失」が無い、という事態が十分にあり得るのですよ。


 私?私は、ですねぇ、何と言いつくろっても、まあ、ほら、信者、ですし。使徒、ですし。「京アニの作るもんなら何でもいい」とまではさすがに思ってませんけど(思っていない、と自分では思ってみてはいますw)、でも、「京アニの作るもんなら、とりあえずは見てみる」とも「某かの楽しみどころは見つけられるだろう」とも思ってますので…だから、新番組を見るその前提には、「何々が見たい」は、決して来ないんですね。おまけに、3年前には「憂鬱」一冊だけを読んで臨んだハルヒ一期でしたが、その後は「溜息」だけを読むに留めて、以降はスパッと情報制限を自分に課したため、「消失」はおろか「笹の葉」も「エンドレスエイト」も知らんと来ているw つまり、私は、事前にどんな期待も持ちようがないんです。


 愚直に、現状のみを楽しんで見ていこう。


 それだけ、なんです。楽しく視聴が続けられて、その度に、ちょっと間違ってる方向にかもしれないアツすぎめのレビューを書いていければ、それで満足。できれば、その脇であまり阿鼻叫喚の叫びとかが鳴ってないと嬉しいなと。そんなくらいです。なだめてもお願いしても、叫びたいという人は叫ぶのでしょうから…自分なりの視聴を続けていく以外にないかなぁと。

 「エンドレス」。「終わりがない」って意味です、それは中学生でも知ってます。だけど…一言で「終わらない」と言って概念的に理解した気になるのは一瞬で済みますが、我々は本当に終わらないものなど、実際に体験したことはないんです。だって、僕らの生自体が有限ですし、そもそも僕らの精神は、有限の繰り返しにさえそれほど耐久力があるわけではないんですから。

 この度は、恐らく「一度きり」の掟破りとして、「終わらない繰り返し」を疑似体験する機会を我々は得たのでしょう。多分二度と同じことは出来ないこれも、結局は「有限」で終わるはずですが、それでも「いつ終わるかわからない」という、今現在のこの不安定な気持ちはホンモノだと思います。ならば、それを楽しんでいけばいいのかな…というところですね。


【繰り返しによって変わるものは】
 私が何らの予断をも含めずに書いた、エンドレスエイト1周目のレビュー。驚きと共に3周目完結を予想して書いた、エンドレスエイト2周目のレビュー。そして、何周目で完結するかという自分の中の想定をなるべくリセットして書いた、エンドレスエイト3周目のレビュー

 …しかしながら、私が未だリセットできていない事、というのを、今回発見した気がします。それは…「エンドレスエイトは1周目から順番に、何らかの一連の仕込みをしてきているんじゃないか」という点なんですが…。

 繰り返しによって何らかの仕込みをしているのは間違いありません。ですが、私がこれまで思い描いてきたように。「毎回異なるこれらのの演出が、相互に関連しながら一つの流れを作っている」という想定は、ちょっと無理があるんじゃないか?という風に、今回は感じたんですな。

 理由としては…2周目のあの荒んだ退廃的な色彩が、やはり私にはどこまでも「末期的」に映ったこと、でしょうか。私個人の考え方としては、アレはもう「末期」なんですよ。あの演出をしたことに、各話を結ぶ一連の流れとしての意味を持たせるならば、やはりアレはループのラスト近くが妥当なように思えるのです。しかし、皆さんもご存じのように、2周目は、ラストでは、なかった。3周目、そして4周目があって…少なくとも5周目があることは北海道でも確定済み。どうやら5周目も終わらないらしいという雰囲気は、私にも伝わっています。

 つまり、あの2周目の演出には、「他の周との違いを際立たせること」以上の狙いは、どうやら無かったんじゃないかと。そう思うに至ったわけです。


 そっか。


 これもまた、無心で「毎回を楽しむ」ように見ればいいんだ。


 その理由も、何となくわかった気がします。やっぱり、ハルヒもSOS団の皆も、記憶はリセットされているんですね。だから、どんなに退廃的に感じた周があろうとも、次のループに入った時には、もうその記憶は残っておらず、引きずっていないんですね。

 唯一。その繰り返しを全て記憶として残す、長門有希を除いては。


~~~


 今回の4周目、レビューを書かれている方の中には、「長門が一層煮詰まってきたように描かれている」というご意見が多いようにお見受けしました。ところが、私は感性が人とずれているのか何なのか、それとはむしろ逆に感じていたんですな。どちらかと言うと可愛い作画で、明るい色彩で描かれた今回よりは、私には2周目のアレの方がキツく感じられたんです。もちろん、これは個人差、なのでしょうけれど…ただ、私はこう思ったんですよ。2周目から4周目にかけて、長門の煮詰まり方が明らかにわかるほどの長い時間が経ったのだろうか、と。

 15498回目のループ。そこから15回繰り返し後の、15513回目のループ。繰り返し回数にして約0.1%増えた、そういう違いですよね、2周目と4周目の違いは。この数字だけで判断するわけにはいかないでしょうが…微々たる違い、と思えませんか?

 私はこう思うんです。「長門は、既に放映2周目から、もうずっと煮詰まりっぱなしなのではないか」と。15000回以上もの繰り返しを経るうちに、もうとっくに「2周目が放映される前」の時点で、煮詰まりきってしまっているのではないかと。

 登場人物からは、その発する言葉の少なさと失われる記憶ゆえに。視聴者にとっては、毎回変わる演出ゆえに。それぞれの理由で、彼女がいつから煮詰まっているのか、どのくらい煮詰まってきたのか、今はどの程度の煮詰まり方なのか、それを判断することがすごく難しくなっているように思います。


 もし、それでも、長門有希の様子が連続して変わっていっているように感じたのだとすれば。


 連続的に変わったのは、実は見ている僕らの方、なのかも。


 ひょっとしたらそれこそが、繰り返しの狙いと効果、なのかも。


 驚き、絶望、倦怠、諦め、その他色々な感想へと、繰り返されるうちに僕らの心はシフトしていきます。疑似体験する「無限」の途方も無さに、どこまでも翻弄されながら。結局…僕らにも、出口なんてないんですよ。この今の、拘束された状況の中には。


【消える模型飛行機。僕たちは見送った】
そ~ら~を自由にっ
飛ーびたーいなっ♪

「はい。模型飛行機~」


 ………………いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。


 ちょっと悪ふざけが過ぎましたが…この「4周目」を通して何度か出て来て、他の周と異なる一つのイメージを持たせるのに貢献しているモチーフが、「空を飛ぶ模型飛行機」でした。


 一度目、アバン。ハルヒから電話を受けたキョンが何故か想起した、空高く舞い上がる模型飛行機のイメージが。


 二度目、Bパート冒頭。顔を伏せて泣くみくるちゃんの背中に、Tシャツの柄として描かれた、「青空を舞う虚構の飛行機」が。


 三度目、同じくBパート冒頭。ハルヒはやり残したことがあると感じているらしい、と説明する古泉のセリフをバックに、キョンが想起しているハルヒのイメージの後ろを、すぅっと飛び去っていく模型飛行機が。


 四度目、Bパート後半。映画のハシゴをするシーンで、キョンが目にするスクリーンに、颯爽と飛ぶ模型飛行機が。


 五度目、Bパート終盤。ハルヒを引き留められないキョンが、自問し続ける中でイメージする模型飛行機が。雲の端に翼を取られ、遂には落ちてしまう模型飛行機が。


 そして、六度目、Bパートラスト。宿題を諦めたキョンがノートに殴り書きした、模型飛行機が。既に架空の空にさえいない、飛ぶことなど絶対に不可能な、そんな模型飛行機が。


 いずれも、明確に「こうだ!」というものは語られませんが…やはり、一定の「イメージ」を喚起するような、そういうモチーフとして使われている感じはバリバリとしてきます。空を飛ぶ飛行機が持つ、自由に解き放たれたイメージは、それがそのままキョンの願望じゃないのか、と思わせるのに十分なモチーフなんですよね。

 ところが、現実は15513回目のループが絶賛繰り返し中という事態に陥っていて…これはとても、「自由に解き放たれた」という感じではありません。むしろ、閉じた輪の中に拘束されている、というところですね。拘束されているからこそ、解き放たれたい、自由になりたい。そういうことなんじゃないでしょうかね?


 でも。その願いは、最初から「虚しく終わる」ことが暗示されていたように見えるんです。


 だって…キョンの目に映るそれは、全て非現実の空を飛ぶ、全て虚構の飛行機なんですから。現実の空を飛ぶ現実の飛行機を、遂に彼は一度も目にしなかったのですから。


~~~


 キョンが「現実の空」を見る機会はありましたし、そこで「ひょっとしたら現実の飛行機も見れたかも」というタイミングはあったのです。

 例えば、Aパート冒頭。プールに行く前、ハルヒと会話をしている最中、ふとキョンは青い空を眺めます。鮮やかな青空に、むくむくと湧き上がった白い雲。しかし、そこには飛行機の姿は見えません。キョンの目には、飛行機は映らずに終わってしまいます。

 続いて、市民プールで遊ぶ人々を次々に映す、会話のないカットの最後に、たった一度だけ飛行機が映りました。高い高い空を飛ぶ、模型ではない、とても小さく見えるけれども本物の飛行機が…。しかし、残念ながらこのカット、「キョンの視界をトレースしたもの」ではないようなんですな。その前のカットを見ていくと、「キョンの視点」としては無理のあるものが散見されるんです。だとすると、一連のものとして続けられたこの飛行機のカットも、恐らくはキョンの視界ではない。肝心な飛行機なのに、どうやらキョンは見ていない、ということになります。

 その後、「良くあることだ、デジャブなんて」と言って捨てるキョンのセリフに合わせて、一面の空が映し出されますが…仮にこちらをキョンが見ていたのだとしても、そこにあるのは白い雲と青い空だけ。既に、先ほどの飛行機はいません。貴重な機会を、逃してしまったんですね、キョンは。



 イメージの中には、自由に飛ぶ飛行機がいる。確かにそれを、求めている。


 でもそれは、全て作りもの。現実の空を見ても、彼が飛行機を見つけ出すことは出来ない。


 「どんなに願っても届かない、手に入らないもの」。


 この最後の「手に入らないもの」に重なるように、もう一つの「一瞬のイメージ」が仕込まれていましたよね。ハルヒを引き留めなきゃ、ループを終わらせなきゃと、手を伸ばすキョンの脳内イメージとして……ハシゴして見た映画館の場面で、スクリーンの向こうにいる女性の顔が、突如ハルヒに変わる、という映像を彼は想起しているんですよ。虚構の向こう側に行ってしまった求めてやまぬ人。決して現実の空を飛んでは見せてくれない、求めてやまぬ自由の象徴・模型飛行機。この二つは、同じもの、なんじゃないでしょうか?


 そして。


 その「手に入らないもの」へと、必死で手を伸ばすキョンの傍らで。


 離れ、目を伏せて、隅にうつむく一人の少女が。


 その少女の名は、長門有希。


 ……………くあああああああああああああああああっ!!


 ……なんつーものを仕込んでくるんだ…。ここで「模型飛行機」に仕組まれたタネと、「繰り返し」の中で長門に生じているであろう倦怠とは、結びついてとても悲しい花を咲かせるわけですよ。何と切ない!こんな思いを!!15000回以上も!!


 飛べないんです。僕らは。ループに気付いて話し合ったあの夜、地面に落ちていたセミのように。


 空は、どこまでも、高いのに。
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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テーマ:涼宮ハルヒの憂鬱 - ジャンル:アニメ・コミック

コメント
この記事へのコメント
古泉の認識に同意したくなる今日この頃
やはり高雄さんはいい演出するなぁと思った回。
ハルヒの作風に合うかどうか不安だったりしましたが、その辺は大丈夫だった、かな?

>「手に入らないもの」
この模型飛行機=ハルヒの「手の届かないもの」「遥か遠くのもの」という表現によって、俺はハルヒの特異性が際立った、もっと言えば「涼宮ハルヒ」という存在から人間味が失せた、という風に感じました。

ハルヒは今回のアニメが初体験、という方には少しネタバレになりますが、我々は3年前のアニメですごく「女の子」なハルヒを見てるわけじゃないですか。ライブアライブ然りサムデイインザレイン然り。
3年という時間も手伝って、我々の頭の中にはその「女の子」なイメージが結構強固に焼きついてたと思うんです。
(パロディとはいえ、直前に公式でハルヒちゃんなんかもやりましたしねw)

しかし今回。掟破りに話数をエンドレスにループさせ、SOS団にも視聴者にも多大な被害を与えて。しかもそれはハルヒが意図的に行っているわけではなく無自覚、ただ誰の手も届かぬ超常者による、無意識の災厄。
こう考えて、あぁ、ハルヒってホント神様みたいだなぁと思ってしまったんですよ。この理不尽さはまさに天災。神の気まぐれの前にヒトはただ逃げ惑うのみ、てな感じです。
毎回繰り返されるキョンの「ハルヒは何を望んでいるんだ。あいつの言葉の中にヒントが~」ってのも、神を鎮める為の供物を必死になって探し回る無力で哀れで愚かな人間にしか見えないわけです。

京アニ(角川?)の狙いが何かは知りません。ただ俺は、このエンドレスエイトによってハルヒという存在の異常さを再認識すると共に、この時点でのハルヒとキョンにはまだ「神と人」程の開きがあったんだな、と認識する事が出来ました。
そして逆に、ここからライブ・射手座・サムデイと繋がると考えれば、間にあるエンドレス解決編・溜息という2つのエピソードの重要度が推し量れるわけで、今からワクテカなわけでございます。

以上。長くなりましたが、「演出違いを楽しむ」以外でこのループから自分なりに引き出せたものを書き記しておきますね。
2009/07/21(火) 01:10:12 | URL | 東西南北 #7SMSw2C6[ 編集]
終わらない夏休みを楽しんでみたり、
相変わらずてりぃさんは、自分には出来ない発想をするなぁと思いました。>模型飛行機

前回自分は微妙発言をしてしいましたが、この回の演出は結構面白かったと思います。(思っただけで面白い閃きは無かったですがねw)
といっても前回、前々回が悪かったという訳ではなく、むしろそれらの回独特の演出も楽しんでいたりします。

ニコニコ動画に上がった動画ですが、エンドレスエイトを12話から15話まで並べた比較動画なんかもあって、それはそれで普通のアニメでは出来ない楽しみ方ができ、これだけで原作以上に楽しめたと思います。(今現在この動画は削除されてますが)
残念ながら、京アニならやるかもしれないと期待していた台詞・場面シンクロみたいなネタは仕込んでなかったみたいですが、その回その回のスタッフが同じ題材の話を自由に料理している様はなんだか新鮮でしたね。

あと、この回からです。最後にハルヒが席を立ち去るシーンでドキドキするようになったのは。あたかもキョン目線で(長門の、強いては他2人の、かもですが)ハルヒを引き留めなければまた同じ「エンドレスエイト」が始まってしまう、という心境に陥って自分でも驚くほどハラハラしてラストに釘付けになってしまっていました。(まあ、それも全6話という噂のせいで少々そがれてしまったのですが・・・)

既に自分は最新話を見ているのですが、これの演出も面白かったです。
出だしに少々それまでの分を台無しにしかねない要素があるのですが、ラスト近くに3つ、気に入ったシーンが出来ました。ということで、ここではネタバレは出来ないので、可能な限り早く最新話のレビューを提供していただきたいかなと思ったり(笑)

まあ体を壊されても一大事ですし、マイペースに頑張ってください
m(_ _)m
2009/07/21(火) 01:41:06 | URL | あるかさ #9WAugNKs[ 編集]
サブタイもループ?
今回だったかな?
何回もやってるとわかんなくなってきますけど。
確か今回はかなり早い時点でループすると気付きました。
具体的にはサブタイトルが出た時点で。

今回は最初の「エ」が左上でそこから
右上右下左下左上と文字が来てました(うろ覚えですけど)。
つまり最後の「ト」の後に
初めの「エ」に戻ってきてるんですよね。
つまり今回もはじめに戻ってくると。
まぁ、何回もサブタイが出てるので、
その演出の一部と考えれば憶測にしかなりませんけど。

それにしても、
禁則事項の時と同じで、視聴者に禁則事項と同じ禁則事項を
禁則事項としているわけですが。それによって禁則事項の
禁則事項がより盛り上がるわけで。
何回も何回も繰り返される夏休みは禁則事項にとって、
とても禁則事項です。だから禁則事項の話に効果的に繋がります。
そこまで狙いがわかってるんですが、
あれ、以前にもこんなコメントしたような気が…?

やっぱり、てりぃさんは
エ ン ド  レ
ト      ス
ス キ ユ ナ
ですね。
あれ?エンドレスナユキストってのも以前言ったような…?
2009/07/23(木) 02:22:06 | URL | つちむ #-[ 編集]
おっ、「サブタイトル考察」をしてくださるお仲間が。(勝手に仲間扱いしてすみません)

『涼宮ハルヒの憂鬱』の通常フォーマットは「縦書き1行」です。
これに対して、「エンドレスエイト」ではいずれもそれ以外のフォーマット(順に横書き1行、横書き2行、縦書き2行、時計回り回転、崩し横書き2行)になっており、これらはいずれも“正しい時間軸”に繋がらないエピソードでした。
なので、私はサブタイトルが「縦書き1行」だった回が正しい時間軸への復帰、すなわちエンドレスエイト終了の目印と予想しております。
2009/07/23(木) 10:37:18 | URL | 加嶋 #Z8QTjApg[ 編集]
繰り返しのエイト
>東西南北さん

>俺はハルヒの特異性が際立った、もっと言えば
>「涼宮ハルヒ」という存在から人間味が失せた、
>という風に感じました。

面白い解釈、認識ですね。感心してしまいました。

そして、その部分、ひょっとして今の「溜息」に感じられているイライラにも援用できるんじゃありません?神は人間の思い通りにはならぬもの、ですからね。


>あるかささん

>相変わらずてりぃさんは、自分には出来ない発想を

もーね、ああやって「これみよがし」なのを持ってこられると、やらずにはいられないんですよwビョーキですね、それも立派な「不治の」って付く系の。(^^;

>あと、この回からです。最後にハルヒが席を立ち去る
>シーンでドキドキするようになったのは。

今振り返ってみると、あの喫茶店のシーンって後ろに行くほどキョンの焦りが激しくなっているような風にも見えますね。全体を通しての流し方に関する調整はしていないんじゃないだろうかと、私がそう思ったのが他ならぬこの4周目エンドレスエイトの時点だったのですが…いやはや、何とも視聴者の思い通りにはなってくれない作品です(笑)。


>つちむさん

>サブタイもループ?

でしたねぇ。私、サブタイの形状に関する考察は初期段階で匙を投げてしまったもので、記事中でも一切触れていないんですが。


>加嶋さん

>おっ、「サブタイトル考察」をしてくださるお仲間が。

いやぁ、せっかくお誘いいただいたのに、私は全然乗れなくて、ホント、申し訳ありません。orz

>サブタイトルが「縦書き1行」だった回が正しい時間軸への復帰

8周目=脱出回は、ジグザグでしたね。これは、「紆余曲折はあったけど、それでも一本の線に戻った」とか解釈可能なのかな?とまあ、テキトーなことだけ書いておきます重ね重ねスイマセン。
2009/08/26(水) 21:55:20 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
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2009/07/20(月) 14:43:33 | 蒼碧白闇