Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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Clannad After Story 最終回「小さな手のひら」
 繰り返す。



 繰り返して…願いの叶う場所へ。



 全てを得たと思っても、失われたものがある。



 全てを無くしたと思っても、残るものがある。



 もう一度、その小さな手を望むのか?



 それとも?
 



 …やー。実に良い最終回でした。



 泣きました。正面突破の原作準拠スタイルでしたし、これ以上の何かを思いつくことは、自分には無理です。素晴らしい。素晴らしいとしか…。



 ですが…「感覚として我が身に伝わる」ことの多さに比べて、「自分が文章に書き下せること」の何と少ないことか!!



 どうしろって言うんですか、これ…。「俺は心底楽しんだ!!おまいらも繰り返し見て心底楽しめるようになれ!!」じゃダメですか?!(いや、ダメだろ、ラストミッションはどうなったんだよ…)





 我が家の奥さまの、一回目の視聴における、TORCHが流れた瞬間の一言が奮っていました。



「えー?!

 …よくわかんない!!




 ハイ、よくできましたwwwww



 冗談抜きで、素直な感想だと思いますよ。はっきり言って、CLANNAD終盤のこの部分は、「難解」。ゲームでもほぼ同じような展開ですが、一発で全部わかるような状況には、自分もなかったと思います。言葉で語られるところも「全部」を教えてくれるわけではないですし、考えても付随する情報を求めても「これだ!」という正解はなかなかわからない。かく言う私自身も、「全てを掴んだ」と思える状況には、未だ程遠いのです…。



 それでもよろしければ…お連れしましょうか?この町の願いが叶う場所へ…。




【刻まれる時。光る空。願われる場所。】
 時間の、流れ方の、違い。



 これが一つ、混乱の大きな要因になっている気がします。



 幻想世界と、朋也たちのいる現実世界は、同じように時間が流れているわけではない。何度も、そのように作品中でも言及されているんですが…だけど、アニメってメディアは、「一つの時間軸とともに自動で進行する一本のもの」じゃないですか。だからどうしても、並行世界と時間の流れに差があることを「実感」としては受け止めづらいんですよね。

私と君は、同じ世界にいたの。
それもすぐ近くに。
ずっと昔。…ううん、今でもそうなのかもしれない。


 ここで言われているのは、「私と君」が過去世で一緒にいたとか、輪廻して今も一緒だとか、そういうことではないんですね。「幻想世界の時間の基準では、朋也の世界の時間の流れ方は知覚できない」ということなんでしょう。過去なのか今なのか、判然としない。幻想世界の「今」が、朋也の世界のどの時点とリンクしているのかは、誰にもわからない。…いや、元々、どこか固定的なリンクをさせることを、あえて避けているようにも思えます。それが、CLANNADのストーリーの構造的な部分でもありますから。

 だから、行き倒れそうになっている幻想世界の二人のシーンが、立ち止まっている朋也と渚のシーンと交互に描写されているのは、「同時に起こっていることだから」ではなく、「非常に連関するところだから」と思って見る方が、混乱を減らせるかも知れませんね。


~~~


 方や、吹き荒れる風、吹き付ける雪。なす術もなく倒れ、進むことが出来なくなっている少女と僕。

 方や、散る花びらさえ空中で止まるような静止した時間の中で、立ち止まっている朋也と渚。

 …象徴的ですよねぇ。共通しているのは、「双方とも進めなくなっている」という点。膠着状態。だけど、言ってみれば共通しているのは「そこだけ」。幻想世界は吹雪がビュービュー吹き荒れているのに、朋也側は完全に静止、静寂。幻想世界での僕は少女の手をしっかり握りしめているのに、朋也は渚に声をかけることさえ躊躇している。

 幻想世界と朋也の世界は、何らかのつながりを持ってはいますが…ぴったりリンクしているわけではないのですね。むしろ、反対の部分がこうしていっぱいある。同じように膠着状態であることが、同じタイミングで描写されていますから、「無関係」ではないけれど、そのまま同じではない。

 …二律背反、ってことじゃないんですか、これは。

 時間が同じように流れているわけではない二つの世界ですから、「同時に実現することはない」という意味の「二律背反」は意味が違うと思うのですが…でもやはり、そういう感覚を強く受けますね、これは。その後の、幻想世界が光となって霧散した後に、朋也側の時間が流れ始めるのを見て、やはりそうなのだと確信しました。それまでの時の流れを止める幻想世界と、時を刻み始める朋也の世界。更にこの時、幻想世界では少女と僕はお別れをしていて、お互いの手は離していますが、朋也の世界では朋也が渚に声をかけて、「もう一度手をつなぐ」方向へと動き始めているんですね。

 幻想世界と朋也の世界、そこには今回、まるで「シーソー」のような関係があるように見えます。


 両方の世界で「僕」「朋也」の願いが全て叶えられるわけでは、ない。


 だが、一定の約束事の中で、願いを叶える機構は働きうる。


 きっちりと整理しきれてはいませんが、概ねそういうことなのだろうと思います。


~~~


 ここで少々長くなりますが、解説的なことを書き連ねてみます。普段のレビューではなるべくやらないようにしている部分なんですが、避けて通ると見る上でものすごく辛い部分でもありますし、何より嫁さんのプレッシャーがすごいもので(ぇー

 幻想世界の少女が「もうすぐ人じゃなくなる」と言っていたように、光の粒となって散った彼女は「朋也の世界に現れる光の玉そのもの」になったように見えます。それは、避けられないことだったようにも見えますね。僕が願うように、幻想世界で彼女と幸せに暮らすことは、出来なかった。だけど、少女が変わったいくつもの光の粒は、別な世界で人の願いを叶えます。それをたくさん集めれば、すごい奇跡が起こせるかも知れない、とも。

 ややこしいことに、別世界でのこの少女は、汐でもあるような言及があります。だんご大家族のメロディを知っていたこと、それを「君が歌って聞かせてくれた」と言ったこと、そして最後に「君」のことを「パパ」と呼んだこと。ラストでも、一瞬あの少女のような姿に見えた樹の下の女の子が、結局は汐なのだったりしましたから、「少女=汐」と言っても、差し支えないですよね。つまり彼女は、光の粒としても姿を現しつつ、汐としても別世界にいるということになります。ああややこしいw

 本当にややこしいので、ちょっと疑わしくも思ってしまうのですが、そのことが正しいのだと補完してくれる、ゲームにもあった仕掛けがもう一つ。毎回現れるタイトルバックに、一本の樹がありますよね?あの木の根もとには、少しずつ光の玉が増えていきました。そしてこの最終回、これまで町の姿をあちこち映してきた提供の画面が、あの樹のカットになっていて…予告後に映ったそれには、光の玉たちの代わりにあの少女が。今回のラストで汐が寝ていたように、あの少女が。バックに流れるBGMのタイトルは、「汐」。

 じゃあやはり、光の玉を集めたものとあの少女は等価であり、その姿は汐とも等価であり。そんなことがあるんだろうか、何だかおかしくはないか…いや、むしろ、汐との関係はこう考えるべきかもしれません。あの少女と汐とは、不可分に思えるくらい強くリンクしている、と。あの少女はずっとあの幻想世界にいる、人間の姿で無くなってもあり続ける、そういう存在だけど、汐はこの世界に生まれいずる一人の人間、寿命もある一人の人間でしかありません。その二つがイコールである、完全に同一である、というのはなかなか厳しい。同一とも思えるくらいの、強い結びつきをしている、という解釈に従えば、ちょっと解ける気配が見え始めます。



 何も生まれない、誰もいない物悲しい世界、終わってしまった世界であると言われていた幻想世界は、実は町そのものです。町という存在が、違った形で見えているものです。明確な言及はありませんが、そこには住人たちの思いである光の玉が満ち満ちている、という辺りからその片鱗をかぎ取ることができます。そして、その幻想世界そのものだと言われるのが、あの少女。結局、あの少女は「町」なんですね。その「町」の思いが、光の玉になって人の世界に現れる、願いを叶える。

 町に変化が訪れると、リンクしている者~汐も変化の影響を受けます。町にとっては「ああ、変わっていくんだ」という程度のものであっても、汐には発熱という形で表れてしまう。それが、あの原因不明の病の正体ですが…となると、渚もかつて町とリンクしていたのか?ああ、幼い頃に死にかけた時、秋生が連れて行ったあの樹のところで町に包み込まれたようになった、あの時に渚と町はリンクしたのか?渚と汐は母子であって別な人間だけど、それぞれが同じように町とリンクしていたのか?…てな具合に、ここまで来ればポロポロと全てが繋がり始めます。…あ、まだ難しいですか?いやーめんぼくない。

 この辺は、ゲーム本編中でも、あまり詳しくは語られません。解釈論を尽くして、製作者のコメントなども考慮して、何とかたどり着けるようなものです。そうしたゲームのあり方にしても、それをそのままアニメとして展開したこの作りにしても、否定的なご意見はおありでしょうね。実際、先の嫁さんの反応じゃないですが「よくわからん」という声は多かったようですし。


 ですが、ここまで含めて、全部まるっとそのものが「CLANNAD」なんです。


 個々のストーリーが拡散する形式になっているKanon(ゲーム版)と異なり、CLANNADはアフターに入って以降は「ラストシーンへの収斂」が前提となっている、そういうゲームです。風子シナリオやことみシナリオは単体でものすごく泣ける完成度の高いシナリオだと思いますが、本筋はやはり、幻想世界まで含めて全部をかみ砕いて初めて全貌を現すアフターなんですよね。だから、その本筋を外すことなく真っ向勝負をしてきた今回のアニメ化を、私は支持しますよ。よくやってくださった!と思いながら見ていましたし、ね。

 ゲームにおいて、真のEDに辿りついて初めて姿を見せる「樹の下の少女」。光の玉が集まる場所、かつての幼い渚を救った場所。あの場所で、再会を果たすことでようやくこの物語は終わります。第一話で渚が言っていたように、その言葉に導かれたように、僕らは連れて行かれたんですよね。あそこ、この町の願いが叶う場所に。


【小さな手のひら】
 手を握り続けていた。


 離してはならない、ずっと握っていなければ失われてしまう、大切な存在の、その手を。


 だけど、握ってるだけではどうにもならなくて、なのに握っている以外のことは何も出来なくて、ただ弱っていく姿を見ながら強く握っているだけで…。


 何と無力なのだろう、この僕は。


~~~


 さて、誰の、ことを思い浮かべましたか?


 今週の、少女と僕?


 先週の、汐と朋也?


 第16回の、渚と朋也?


 全部正解です。先のリンクのことがわかると、合点がいきますよね。同じなんですよ、結局、全部。

 朋也はどの形であっても、いつも「大切な存在を守りたい」という風に行動していることがわかります。もちろん、迷って背を向けてしまうことがないわけではないけれど、ちゃんと最終的には背を向けずに前へ進みます。そういう朋也だから、寂しそうな幻想世界においても、光の玉の一つってだけではいられなくて、願ってあの世界に「僕」として姿を現したんですね。一人ぼっちの少女=町・渚・汐と過ごすために。

 同時にこの町は嫌いだ、とも言っていた朋也。幻想世界でも、少女のことは好きであの世界のことは嫌いだと言っていますから、一貫して矛盾しています(笑)。そういうものじゃないですか、人間って。とてもいい加減だけど、それでも憎む気になれません。迷うこともあれば、愛すべきものを嫌ってしまうこともある。だけど、そこで足掻いて、前へ進もうという意志さえ持ち直すことができるなら、道は開けると思うのですよ。

 人の願いを叶える、小さな光の玉。それをたくさん集めたら、奇跡が起きるかも知れない。だけど、多分それだけではダメなんですね。朋也が、前に進む意思をきちんと示せること。坂の下で、今一度迷った朋也が、辛い未来を覚悟してもそれでも渚に声をかける。そのことが合わさって初めて、奇跡的なことは生じました。もう終わってしまったはずの、あの時へ遡って。いくつもある世界の、別な未来を進めるような、そういう奇跡が。


 一人の意志だけではどうにもならない。みんなの思いだけでも叶うことはない。そういう願いさえも、奇跡的に叶う瞬間がある。


 辛くても、前へ進もうという意志をつないでいけば。


~~~


 最後の時を前に、幻想世界のことを語って僕に聞かせる少女のセリフにかぶって、EDのTORCHで並ぶ人の列が再現されました。史乃、幸村先生、直幸、古河夫妻…列の後ろから、前へ前へと進んで行き、その先頭に立つのはTORCHとは違って朋也一人でしたが…人の思いが、子どもたちへ、友人たちへと次々に受け継がれていくその様を、ここに入れてくるのは反則でしょ。幻想世界に満ちる光の玉が、人自身を幸せに導く役割も果たしているってことですもんね…町を経て巡り巡って、循環する思い、受け継がれる思い、そういうことだよね?

 それらの思いがたくさん集まって、まるで、大きな家族のように。だんご大家族のように。

 世界の果てで、歌を歌う少女。そのメロディは…だからやはり、だんご大家族なのです。

 …畜生、泣いちまったよ、わかってたのに…。来るよね、ってわかってたのに…。TORCHのモチーフとのコンボで来るなんて、全然想定外だったんだもんよ…泣いていいよね、最後だし。





 行きますよ?





 どわはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!





 しかもですよ!Aパートラストで光の玉が湧き上がるあのシーンは耐えたけど、CM明けのアレは何なんだアレは!!生まれたばかりの汐にだんご大家族を歌って聞かせる朋也に渚がいて、あれ?何だかバックでも鳴ってる?と思いはしたけど、気づいた時には遅かったよ!そこで直接「小さな手のひら」投入かよ!!ああ、そう言えば何週か前にも同じ攻撃食らいましたよねぇ!!進歩ねぇなオレ!!でもいいや最後だし!!もういっちょいったれいや!!!





 ぐがはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!





 そうなんですよ、最後の最後に投下される曲がこれなんですよ!「だんご大家族」「渚」のメロディを持つ、辛うじて守り切れた大切なものを歌いあげる極上反則曲、「小さな手のひら」!今日のEDはこれがかかるだろうと思って疑わなかったけど、こんなタイミングでなんて!!畜生、畜生、畜生……。



 「曲」の他にも、色々とやられる要素がてんこ盛りで、それらの集大成として泣かされてしまったような気がします。一期のOPなどから引っ張ってきた懐かしのシーンの再現にも参りましたが…他にも例えば、ゆっくりと振り返り、迷う朋也の横をスッ…と行き過ぎようとする渚の、あの距離感、スローモーションの効果、それによって醸し出されるああ行ってしまう!という切ない感覚…。色が戻った世界での、溢れ出す朋也の思いとその迫真の演技に、淡々と紡がれる渚の思い…。ゲームにもあったシーンの再現で、町の情景を追いながら光を集めて行って奇跡の時に至る場面…。

 フラッシュバックする「冷たくなった渚」の姿…。時間をさかのぼったはずなのに、朋也には「渚が死んだ時の記憶」が残っているんですよね。そして、「俺たち今、一緒にいたよな?」というセリフも、あの坂の下まで戻って迷い、それでも渚に声をかけたという体験の記憶が残っていることを示唆します。

 つまりは、単なる繰り返し、単なる遡りじゃないんですよね。辛いことを経験して、それらに向き合うことを経て、それでも前に進もうとした朋也だからこそ、ここに到達できているわけです。その中には、直幸の真の思いを理解したことも、自分がいったんは苦境に背を向けたことも、それでも大切なもの~汐のことを守ろうと思いなおしたことも、全部入っている。表層的な記憶は無くなっていても、心は覚えている。そう、かつて風子に対してそうであったように、です。



 「小さな手のひら」は、朋也・渚・汐の三人の幸せな生活を辿り、関わる人々の今を追いながら、最後には何と「直幸と朋也の、かつての手をつないだ日」の映像で終わります…その発想は無かったですよ、小さな手のひらって普通は汐の手でしょう、どうしてそういうことするですかカンベンしてくださいよ、もう水っけなんて一滴も残っていませんよ…。



 後日談的な、しかしやたらと長い、風子のお話ですが…。会ったことのないはずの汐の匂いを知っているのは、先の朋也の記憶と一緒で、やっぱり覚えているんですね、風子も。第20話「汐風の戯れ」で言っていたように、もう傍にいればわかるくらいに、汐の匂いは覚えていたわけですから。

 また、やはりその時のレビューで触れたことですが…風子って、天真爛漫で素直な目ってことでは、並みの子どもを凌駕してますよね。EDでもついに列の先頭に汐とともに現れたように、「継がれていく人の思いを、この先へと渡すアンカー」に、現状でかなり近い位置にいるわけですよ。その彼女が、汐=あの少女=町のことを歓迎している、というのは…何気に大事なことなんですよね。人が、町を愛して、これからも友達としてやっていこうということですから。あの子が風子に会いにきた、というのも、町が人との繋がりを欲している、ということですから。そうして、また人と町の思いは互いに巡ります。一層の幸せを、共に目指して。





 素敵な作品を、どうもありがとうございました。力不足ゆえ、ラストミッションとしては漏らしたところの多い不本意な出来に留まってしまいましたが…それでもここまで、力いっぱいかけてくることができて幸せでした。この作品に関わって下さった全ての方に感謝しつつ、最終回のレビューを終わらせていただきます。もうちょっとだけ続きますけどね。(^_^;
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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テーマ:CLANNAD -AFTER STORY- - ジャンル:アニメ・コミック

コメント
この記事へのコメント
まったく難解だぜぃ
最終話レビュー、お疲れ様でした。
突然サーバーが落ちた時は、見てるこっちもどうなるのかとドキドキしましたがw
無事に記事が上がって良かったです。

さて、最終話。俺の初見感想も、ご存知の通り「分かんない」でしたw
その後、何度か見直したり、レビュー巡りをして。その過程でどうしても原作知識が目に入ったりしながら、自分なりに考えを固めました。

俺の最大の疑問は、「なぜ直接出産シーンに戻ったのか?」でした。
時間の逆行か並行世界への移動かは知らないけど、坂の下のシーンでの「声をかける・かけない」に焦点が当たっている以上リスタートポイントはそこで、そこから再び日常を積み上げ、そして出産を迎えるのだと、そう思っていたからです。
実際、原作ゲームでは(少なくとも体裁としては)そうなっているんですよね?After3周目、というやつです。
だから、坂の下で朋也と渚が抱き合った後、出産シーンまでポンと飛んでしまったのが何故?でした。

で、色々と考えていたのですが。なんとなくこれかな?と思うものに辿り着いたので、書かせて頂きます。
(原作未プレイの俺ですが、色々と見聞きした原作知識を使って書いてますので、以下原作ネタバレです)

原作ゲームは、所謂「ループもの」らしい。
しかしこのアニメ版CLANNADは、どうやらループものでは、ない。これが肝心。

原作の朋也は、坂の下→様々な出来事→世界の終わり→幻想世界→坂の下→・・・と何度も繰り返していて、そうやって光の玉を集めている。だから幻想世界の記憶もある、ということらしい。
しかし、アニメ版の朋也は、ただの一度も繰り返しなどしていない。順番に繰り返したのではなく、「この世界」と「幻想世界」に同時に存在していた。
(2つの世界の時間軸は不一致なので、順番にとか同時とかいう表現は正しくないかも知れませんが)

原作の朋也は何度も渚の死を経験していて、そして今回とうとう集めた光の玉の力が足りて渚が死なずに済んだ、という形。
対してアニメ版では、これが唯一。渚が死に汐が死んではいオシマイとなる所を、朋也の想いと町の力(=幻想世界の力=光の玉)で時間を巻き戻しかつ渚も助けた、という形。

原作では、坂の下のシーンはまさしくループ構造のリスタートポイントである。
しかしアニメ版では、ただの朋也の心象風景。朋也の心の葛藤に形を持たせただけ。別にリスタートポイントでも何でもない。

とまぁ、こんな風に考えると「直接出産シーンに戻った」理由になるかなーと。2つの世界は単に時間軸の不一致によってお互いがお互いの過去であり現在であり未来でもあるというだけで、ループなど一切していないと、そう考えるとすっきりするのですが、どうでしょうかね?
2009/04/03(金) 15:19:58 | URL | 東西南北 #7SMSw2C6[ 編集]
こんにちは。
 こんにちは、
TBありがとうございました。
 ところで、
幻想世界の解釈ですが、
幻想世界はそれぞれの別の朋也達の時間軸とも繋がっているって事ですかね?
 って事は、
三次元で云う、
縦・横・高さの軸の世界に、
四次元の時間軸加えた、
四次元人って事なんすか?
 あれ?飛躍しすぎかしら?

 では、
2009/04/05(日) 21:39:35 | URL | まるとんとん #vJ5On1Uc[ 編集]
待っていました、そしてありがとう!
ここまで丁寧な考察をありがとうございます。そしてお疲れ様でした。
まだしばらくお話は尽き無いのですけど、ひとまず先にお礼を申し上げます!

サテサテ、私なりの解釈をしてみると
このアニメ版の朋也くんは、実はゲームをプレイして来たプレイヤーの中にいる朋也くんなのでしょうね。だから、アニメ本編が始まる前にも、智代さんのお話や、藤林姉妹のルートなども全部経験しているのだと思います。つまりそれだけ長い間、真実のルートを探し求めて辿り着いた奇跡が渚さんのトゥルーエンドと呼ばれるアノ終わりだったのだと解釈してみることにしてみます。だとすれば本当に長い長い旅をして来たことになりますよね。でも、こう言う解釈ってゲームを知らない人には難解過ぎて判らない…ですよね。
もっとオチ尽いて自分のブログで考えてみることにしないと…(汗)”””

ではでは竜頭蛇尾なきつねでした…
2009/04/05(日) 22:05:34 | URL | きつねのるーと #pxxjxOTw[ 編集]
俺達は歩いていく。長い、長い、坂道を。
最終回について、私も少しコメントさせて頂きます。

やはり難解…ですね。

18話でもコメントさせて頂きましたが、アニメでは「視聴者に分かりやすい」作り方をすることが大事だと思っています。あるブログで、最終話に関して『原作でのループ構造や平行世界構造などをあまり描かないままに汐エンド→トゥルーエンド→風子エピローグというのをベタで描写してしまったわけです』という意見が出ていましたが、この意見について私は同意見です。今まで初見の視聴者にも分かりやすい表現に努めてきていた筈なのに、どうして最終話でいきなり突き放した表現にせざるを得なかったのか。

CLANNAD最終盤の奇跡が起こる直前に、「あぁ・・・今終わる・・・長い、長い旅が」という朋也の独白がありますが、これは世界のループ構造、もしくは平行世界構造があるために(原作では誰かのシナリオをクリアすると再び渚とスタート地点である坂の下で出会う)、ああ、朋也は今まで長い旅路を歩いてきたんだなという感慨があるのです。最終話の後の2話分の尺を使ってでも、この"終わらない世界"の事を表現してほしかった。

完全に私の妄想ですが、京アニには原作を壊す勇気が無かったんだろう…と思います。忠実に原作を、当たり障りの無い範囲で表現していくこと。それはAIR、Kanonとkey作品をアニメとして作り続けてきた(今後は知りませんが)京アニにとっての至上路線であり、義務でもあったのではないかと。曖昧さを極力残すことで、【原作】の映像補完としての作品を完成させる…。悪くはありませんが、決して「視聴者に分かりやすい」アニメではなかったのも、事実であると思います。

この難解な作品をてりぃさんがいかに咀嚼するのだろうかとCLANNAD初回レビュー時から拝見させて頂きましたが、いつも核心を衝いた批評だったと思います。どうしても途中で面倒臭くなったり、中弛みしてしまったこともあるんじゃないかと思うのですが、レビューは少しもそんな素振りを見せず(笑)、情熱的な感想を発信し続けていったてりぃさんは凄いっwこれからもたまにコメントする機会があるかもしれませんが、その時はまたよろしくお願いいたします。
2009/04/06(月) 10:41:01 | URL | namoo #D2os1cdk[ 編集]
もうちょっとだけつづく
てりぃさんこんにちは。最終回素晴らしかったですね。いつもは感想を書かない自分が書いてしまうほどの良い最終回でした。

小さな手のひらでつなげるうまさに唸りました。
小さな手のひらという曲だけでもやばいというのに、そこに直幸と朋也がかつてつないだ手を重ねてくるところなんて画面がにじみましたよ。こういう上手さが京兄さんらしいです。
そしてEDに加えられた元気な二人と、ラスト提供カットには眠る少女。どこまで泣かせてくれるんだと西のほうに向かって叫びたくなりました(笑)

これで最後というわけじゃなくまだ2回ほど続くようなのでまたお邪魔させていただきたいと思いますが、とりあえずは最終回レビューお疲れ様でした。
2009/04/08(水) 16:32:51 | URL | 日和 #mQop/nM.[ 編集]
しょぼい考察スト・つちむ
「よくわからない」
そう思った人がどのくらいいるでしょう。
無論、僕も思った一人ですが。
視聴直後は「なんとなく」わかった気でいたんですけどね。
やっぱり、てりぃさんはナユキストラストミッションですね。

僕の意見としましては、皆さんと違い、これは
「アニメ版」の「CLANNAD」ではないかと思うのです。
もちろん、原作をほぼ壊すことのない作りなのでしょうが。

現在プレイ中の原作のゲームは、もちろん選択肢による分岐で
さまざまな人間関係を築き上げていったりしますが、
アニメは1本のストーリーになっているので、
原作のような平行世界的、IFの物語はないわけです
(隠された世界に存在とかしてるかもしれませんけど)。
ですのでアニメ版と原作では根本的に違うのではないでしょうか。
根底にあるものは同じでも。
そもそも原作版のことを入れて考えるならば、
プレイ済みの人にしか分からない物語になってしまいます
(それでも難解のようですが)。
ですから、アニメ版は視聴者が視てきた朋也の物語が全てで、
選択肢による分岐等で起こりえたIFの世界が存在しない
のではないでしょうか。

東西南北さんの「なぜ直接出産シーンに戻ったのか?」というのは、
幻想世界の少女がこちら側の世界に生まれた(?)
からだと思ったんですが。まぁただなんとなくそう思っただけで、
何か根拠があったりするわけではないんですけどね。

EDと同じ順番で出てきた人たちですが、
やっぱり智代の弟はいませんでしたね。出てこないだろうなと思ってたら
やっぱり。まぁ朋也とはまったく縁のない人ですからね、CLANNADでは。

提供画面に出てきたBS-TBS(言いにくいな)の文字。
「文字うぜぇぇぇぇぇぇぇぇエ」と思った人はどのくらいいるでしょうか。
無論。僕も思った一人ですが。
ED側の提供画面であんなのかぶしてくるとは。
あの提供画面に人が出てくるのは初めて(ある意味「町」とも取れますが)
だというのに…。AIRもKanonもCLANNADも提供画面は
ありませんでした(AIR、Kanonはしかたないけど)。
AFTER STORYで出てきて意味があるのかと思えば、
意味があったけどこっちをはめてきたというか…。
本当に、何かとある放送局だ、BS-TBS(やっぱり言いにくいな)
2009/04/12(日) 00:55:09 | URL | つちむ #-[ 編集]
長い物語への長いコメへの長いレス
>東西南北さん

>突然サーバーが落ちた時は、見てるこっちもどうなるのかと

あ。

すいません。あれ、予定の保守だったみたいです(爆死)。

後で知ったんですけどね、ちょうど午前4時から数十分の予定で、元々落ちる予定だったとか。ただ、その後午前8時まで落ちっぱなしに近かった、というのは想定外だったようですけど。

関係各者様、ホント、スミマセン。orz

さて。

>俺の最大の疑問は、「なぜ直接出産シーンに戻ったのか?」でした。

これについて、色々と興味深い考察を書いて頂き、こちらも色々勉強になった部分も多いのですが…。

一点だけ。

ゲームでも、坂道で朋也が渚を呼んだ後は、直接出産シーンに戻ります。

なので、残念ながら、東西南北さんが考察された内容は、「アニメで直接出産シーンに戻ったことの理由」とはならないと思うのですね。それはそれとして、ゲームとアニメとの違いを考える上ではなかなか興味深いお話だと思いますよ。


>まるとんとんさん

トラバだけでなくせっかくコメントまで頂きましたのに、お返事が遅くなって申し訳ありませんでした。

>四次元人って事なんすか?

どうでしょう?仮に次元が異なるとして、次元が「4」でいいのかどうかもよくわからなかったりします。

逃げかも知れませんが、「幻想世界」は文字通り「幻想の世界」であって、次元とか時間とか考える方が難しい、という考えでもいいような気もしますね。そこに答えが出せずとも、ある程度の解釈は可能な様には思います。


>きつねのるーとさん

>待っていました、そしてありがとう!

こちらこそ、一年半の間お付き合い頂きまして、どうもありがとうございました。

>このアニメ版の朋也くんは、実はゲームをプレイ
>して来たプレイヤーの中にいる朋也くん

これは新しい解釈ではないかと思います。難点は仰る通り、「アニメがお初」という方をどうするか、でしょうか。でも、なかなか面白い視点だと思いますよ。それを考える意味が生じるぐらい、ゲームからのファンは多いですからね。


>namooさん

京アニが「全体としては原作に沿った作りにした」ことは間違いないのですが、その動機に対する想像部分がnamooさんと私では異なるようですね。

>京アニには原作を壊す勇気が無かったんだろう…

言葉のアヤになっちゃいますが、「原作どおりに作る」のも勇気なんだろうと、私はそう思っています。実際、少なからぬ声として「原作どおりには意味がない」「どうして自分なりのテイストで勝負しないのか」「作家性がない」みたいなことをしばらく前から言われている京アニですから、「原作どおりにするか、オリジナル展開にするか」という議論は、制作スタッフの中でもあって然るべきだと思うのですよ。(もちろん、「原作どおりでいいんだ」「原作と違う部分だってあるじゃないか」という反論もまた、視聴者側から多く言われていますけれどね)

あのAIRにおいてさえ、ラストをどうするかで制作陣はかなり議論を重ねたと聞きます。有名な「彼らには過酷な日々を。僕らには始まりを」が語られないラストだったかも知れないんですね。でも、そこで制作スタッフは、あのラストを選びました。原作どおりに作るという選択を、あえてなさったのだと思いますよ。その直前、晴子さんの振る舞いについて独自解釈を加えたことが一部からは非難を浴びたりもしていますけれど、そういう部分も含めて、「原作を壊さぬように」という至上命題のみで彼らが制作に臨んでいるわけではないのだと、私は考えております。実際、Kanonではマルチシナリオをまとめる上で必要となる部分について、相当のオリジナル解釈を施していますしね。

なので、

>忠実に原作を、当たり障りの無い範囲で表現していくこと。

という表現には、さすがにちょっと…という感想を抱いてしまう私です。すいませんけれど。彼らはそのような、言わば事なかれ主義のようなものを拠り所にして制作している集団ではないと、私は思いますよ。

仰るように「視聴者に分かりやすいアニメではなかった」というのは、一つの感想として大いにあり得ると思います。少なくとも、namooさんには納得のいく最終回ではなかった、というお気持ちはよく伝わってきましたよ。


>日和さん

>小さな手のひらでつなげるうまさに唸りました。

ああいう、得意なところはホントに手を抜かないですよね。毎回必ずやられちゃってるはずなんですが、どうにも慣らされることなく、やっぱり毎回やられちゃいます。幸せなことですが、ああ、オレって進歩ねぇなぁ、とも(笑)。

>まだ2回ほど続くようなのでまたお邪魔させていただきたいと

こんなにレスの遅い私ですが、それでよろしければまたいらして下さい。ホント、毎度のことですが申し訳ないです。orz


>つちむさん

>原作のような平行世界的、IFの物語はないわけです
>(隠された世界に存在とかしてるかもしれませんけど)。

一期では智代編が、そして今回も杏編が「IF」として語られるようです。京アニ流の一本道が好きだった私は智代編の報せにブー垂れてたモンですが、実際に上がってきたものを見て、その「一本道の本編を補完せんばかりの内容」にひっくり返ってしまい、一転「これもアリアリ大アリだ!」と転身してしまいました。ハイ、節操ないです(爆)。

>本当に、何かとある放送局だ、BS-TBS(やっぱり言いにくいな)

これからもご縁があるかも知れませんので、私はこのぐらいにしておきます。(^^;;
2009/04/14(火) 01:27:45 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
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いやー、もう最高でした。 見返すたびに笑いながら泣きながら顔がぐしゃぐしゃになって、おばあちゃんが梅干食べたような顔になっています。...
2009/04/03(金) 19:58:52 | みすぼらしいぶろぐ
 バッドエンドからハッピーエンドへ。
2009/04/04(土) 00:26:02 | 所詮、すべては戯言なんだよ
長かった物語もついに終わった。 あの幻想世界の少女は渚とつながっているのかと思ってたら汐だったのか…。ずっと渚だと思ってた。それで...
2009/04/04(土) 12:04:27 | 蒼碧白闇
 第22話(本編最終話) 『小さな手のひら』  汐のおぎゃ~の声でもう一つの可能性への扉を開いた朋也、 ちなみに、このおぎゃ~ですが、 ...
2009/04/05(日) 21:28:18 | まるとんとんの部屋
まず初めに、感想記事のアップが遅くなった事をお詫びします。 まぁ、色々と都合と言うものが有りまして…ネットにもぐる時間を作るのが困難だったんですよ。主に体力的な面で、なんですけどね。 それでは本題に入りましょうか。 今回、一致版驚いたのは、幻想世界の女...
2009/04/05(日) 21:54:10 | 「きつねのるーと」と「じーん・だいばー」のお部屋
もう、ゴールしてもいいよね・・・ という事で、「CLANNAD ~AFTER STORY~」 の第22話、実質”最終回”の感想です。 長かった、ここまでがとても...
2009/04/05(日) 22:15:12 | 中濃甘口 Second Dining
京アニは最後で原作信者を選んだ (一面、白い世界) いきなり幻想世界から始まる。やっぱこっから始めたか。 「僕」も幻想世界の...
2009/04/06(月) 18:17:39 | 特撮の軌跡
JUGEMテーマ:CLANNAD 世間は確かに春休みなんだとここしばらくの忙しさによって気づかされる。今日みたいに春らしい陽気の日は吹く風で春を感じる。疲れたせいで指に力が入りませんよ。キーボードはいいとして、マウスを持つ・押すのが結構厳しい。もっと楽なマウスっ...
2009/04/08(水) 16:25:28 | blue bleu
        :/⌒V⌒\',_         ::{_, \'⌒ : j: : `丶::.        ::/: : : :/: :ノ : : : : :\::.       .::/ : : ヽ: {: : : : _ : ヽ...
2009/04/12(日) 22:36:34 | ルーツ オブ ザ まったり!