Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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Clannad After Story 第21回「世界の終わり」
 繰り返す。



 繰り返して。



 今一度、あの選択を。



 辛さに向かっての、あの日の選択を。



 もう一度、背を向けるのか?



 それとも?
 



 …やー。これはシブい。実にシブいなー。



 何がシブいかって、ストーリー上はあくまでも原作の流れに沿ってアフターの終盤を追っているのに、明に暗に「この展開さえも朋也にとっては繰り返しである」ということを示し続けているのが、もうシブくてシブくて…。



 まあ、そうやって唸りながらも、倒れる汐にはちゃんと泣いちゃってるんですけどね!!(涙)



 汐にフォーカスすると、そういう視点になるし、でもラストシーンを考えれば、繰り返しの方に意識が向くし。この二分化された意識をまとめるのが、結構苦しくて…なかなか厳しいですね、これは。…どうしろと…一体オレにどうしろと?!←ドルアーガの塔最終話のGYAOリアルタイム放送に浮気してた人が言うことじゃないと思います。



【いつか来た、辛い道を】
 「NEUE WELLE」。ドイツ語で、「新しい波」。今回アバンで朋也が着ていたシャツに書かれていたロゴです。


 …デジャブ?


 記憶にありませんか、これ。アフター第10話のAパートラストで一度、朋也は同じロゴのシャツを着て登場しています。「始まりの季節」。居候生活を脱して、一人暮らしの新生活を始めようという朋也の回。あの、つい朋也にシンクロしてワクワクしちゃいそうな回で、それなのに幻想世界の描写は不安に満ちたものでした。まるで、「新しい生活がもたらすのは、新しい波がもたらすのは、不安や悲しみなのかもしれない」とでも言いたげに。

 だとしたら…このシャツをあえてまた持ってきたのは、この話が「繰り返し」だってことなんじゃないでしょうかね?あの、渚の死という悲しい出来事に至る展開の、「繰り返し」なんだと。


~~~


同じですね、渚さんと。


 そんな繰り返し、誰も望んでいなかった。でも、現実は非情。せっかく手にした幸せも、あまりにもあっさりと遠くへ行ってしまう。自分にも守るべきものが見つかったと、辛さに向き合えたあの日に気付けたのに。渚の時もそうだったように、守るべきものを守ることもできず、失われるのをただ見ていることしかできないのか、オレは。

 先週の楽しい展開がウソのような、この沈降していく流れは、なかなか辛いものがありますね。Aパートの、静かに辛さを積み上げていくような進行もかなりですが、Bパートに入ってからは、もう祈るような気持ちで見守るしかありません。



 BGMに「生まれ変わった新しい生命」が流れる中、最後の時に向けた会話を交わす朋也と汐。まるで祈るような、聖歌のような、シンセボイスによるメロディが静かに鳴って…渚が汐を出産する時の、あの流れを思い起こさずにはいられませんね。

 祈らなければいけない、祈らずにはいられない、理由があるからです。

 渚の体調を考えての入院出産が果たせず、突発的に自宅での出産に突入してしまったあの時も、朋也にできたのは祈ることだけでした。渚が苦しむのを見つめ、手を握って励まして…あとは、祈ることだけなんですよね。出産という大きなイベントにおいて、父親ができることは概ねそんなものなんですが、体調に原因不明の不安を抱える渚のことですから、もっと他に何かできないのか、と考える度合いは一層強かったのでしょう。

 そして今。出産ではありませんが、原因不明の熱に体をむしばまれ続ける汐に対して、朋也ができることはやっぱりあまりにも少ないのです。病院へ入院させても大きな回復が望めるではなし、水を飲ませてパジャマを着替えさせて…あとは、祈るだけだなんて。守るべきなのに、そのための手段が、自分にはない。何と辛い状況でしょうか…。



 汐は、それでも願います。「旅行したい。またパパと旅行したい」と。「電車に乗って、パパと二人で」と。熱のせいで、一人で歩くことすら困難な状況で…。無理ですよね、普通に考えれば。

 似ています。普通の人よりも大きな危険が伴うと言われたのに、「産みたい」と願った母・渚と。

 その無理を、はたして通すべきか否か。朋也は迷い、考えた末に、「その困難を二人して乗り越えていこう」という選択をするんですよね。渚には、二人の間に授かった大切な命を、二人で育てていこうと。汐には、たった一つのささやかな望みである、旅行の願いをかなえようと。

 朋也の部屋の窓辺りから、歩いて行く朋也たちを見守るようなアングルのシーンに、「その時点ではもう過ぎてしまっている、出かけるまでの時間」をところどころ挟んでくる作りは、なかなか珍しい構成ですね。「おー」とかやってる汐は、もう過去の話であって、今はだいぶ先をたどたどしく歩いている。これによって、「既に起こしてしまった行動」であることが意識され、この道程が「戻れぬ道(Point Of No Return)」であることを僕らは知ります。

 汐を産むと決めた時に。旅行に行こうと決めた時に。もう、悲しい運命は決まっていたのでしょうか?



 雪。真っ白の、降り来る粒たち。まるで、世界の終わりを告げるように…。

 渚の出産の時も、そうだった。安全を期すために自宅での出産を諦めてまで病院での出産を決断したのに、その病院までの道を、雪は閉ざしてしまった。今もまた、無理を押して旅行に出ようという汐の願いを、ただでさえ叶いそうにないかすかな希望を、雪は閉ざしてしまう。望んでいないのに、俺たちの幸せを阻むように、一面を白く塗りつぶしてしまうそれらは…。

もうすぐ世界が真っ白になるね。


 出かける直前に、朋也は「一面の雪景色」の幻を見ました。幻想世界を垣間見てしまったような、或いは自分たちを待ち受ける運命を予知したような…。

 それは、「雪」なのか?「白い闇」なのか?それとも…。



【普遍であり、不変であり。】
 朋也が汐の看病のために職場を去ると決めた時、それを見送る芳野は無理矢理に商売道具のドライバーの交換を持ちかけてこう言います。

汐ちゃんがよくなったら戻ってこい。それまで借りててやるから。


 普通、いったん去った職場に戻れるというのは、よくよくのことです。あらゆる条件が整わないと、それを実現するのは難しいのですよ。だって、去る決断自体が大きな壁を乗り越えてのものなんですから、そうしなければいけないだけの強い理由があるのです。その理由をくつがえして、逆方向の一層大きな壁を乗り越えて、戻るなんて…。それでもと、もう一度の繰り返しを願う思い。それも、今よりも「よくなって」の繰り返しを。

 同じことを繰り返すばかりじゃない。前よりもよくなって、また戻ってくるような、そういう繰り返しこそを僕らは願い続けているのではなかったか?それが叶うことは決して多くはなく、いや、むしろ滅多に叶わないものだけれども、それでも願い続けていくのが人であり、人の生であり、ひいては町に満ち満ちていくのではなかったか?

 変わっていってしまうものたち。「変化する」ということは、世の万物に普遍的なものです。しかし同時に、「その変化に際しても最善を願う、よりよい世界を望む」という人の思いもまた、普遍であると同時に不変なものではなかったでしょうか?

 「NEUE WELLE」。ドイツ語で「新しい波」という意味の言葉です。以前と同じく、朋也が着ていたシャツのロゴですが…その登場自体が「繰り返し」であっても、そこにある言葉は「新しい波」なのです。失われてしまうような変化も数多くある中で、人が願い続けていく「より良い世界、新しい何か」への願いなのです。


~~~


朋「変わっていくこと、姿を変えていくことは、
  町にとっては苦痛なんだろうか?」

秋「苦痛とは関係ねえんじゃないか
  ああ、変わっていくんだって、
  そんな感じじゃねえのかな。」

朋「人が死ぬことも、変わっていくことの一つにすぎないなら、
  それも俺たちは受け入れなくちゃならないのかな?」

秋「それが嫌だから、人は病院なんか作るわけだ。

  この町と、住人に幸あれ。」


 朋也の「人が死ぬことも~」から秋生の「病院なんか作るわけだ」までは、アニメのオリジナルのセリフです。また、この後に病院から出てきて看護婦さんに花束を渡される少女の描写がありますが、これと同じものは原作でもテキストで語られているものの、見た後の秋生の態度がまるで違います。原作では「ふん…」と言った後にその風景から目を逸らすとあり、面白く思っていないような風が見て取れるのですが…アニメではまるきり逆。目を離した後、ちょっと笑みを浮かべて空を見上げるんですよね。そして、「~幸あれ」のセリフ。意味合いが、まるっきり変わっていますよね。

 町に変化をもたらした「病院」に対して、それも、渚を救ってくれたこの場所を変えてしまったこの病院に対して、本来秋生はあまり好ましくは思っていないはずです。それもしょうがねぇ、と思いながらも、変わってほしくねぇものもあらぁな、という思いも強く抱いています。だけど、原作でのこのシーンでの秋生は、その苦々しい割り切れぬ思いをややストレートに出しているのに対し、アニメでは「まぁ、それが悪いことばかりとも言い切れねぇんだよな…」と言いたげな感じに見えるんです。

 変化を、自分個人にとっては望ましくないことも多く含まれる変化というものを、ある側面では肯定し得るものである、と明確に示しているわけです。人の死という変化が嫌だから、病院を作るという変化を町にもたらす人間のジレンマさえ、ここでは包括して肯定されているように見えます。それら全部をひっくるめての、「この町と、住人に幸あれ」。変化を変化として受け入れ続ける町、変化を望まない人々、変化を望まないがゆえに変化をもたらす人々、それら全部をひっくるめての、礼賛の言葉。矛盾をわかった上での、達観した肯定。

 …おっきいですよ。途方もないほどに。あなたは聖職者かと、問うてしまうほどに。

 そうなんですよね、「変化」そのものは「ああ、変わっていくんだ」という程度の、善も悪も含まないものです。でも、それを受け止める人によって、それは良い変化だったり悪い変化だったりする。そしてそのどちらの変化も、仕方のないことが数多くあって、でも人はそれに対して願いをかけ続けるんです。今が良いものに対しては「変わってほしくない」と、今が良くないものに対しては「変わってほしい」と。そのどれも、一概に否定されるようなものではないのです。だからこそ、ただ大きな願いだけを、そこにかぶせてかけようと。ただ一言、「幸あれ」と。ただ一つの普遍で不変な願いとして、「幸あれ」と。


~~~


朋也「汐は雪、好きか?」
汐「うん…パパも好き?」


 フラッシュバックするあの日のこと、雪の降りしきる中で死んだ渚のこと。でも、朋也はそこで笑って「パパも、好きだよ」と答えます。辛さに向き合って、それを乗り越えることができた朋也なのですから、当然のことですよね。

 そうです。以前とは、違う。ただの繰り返しではなくて、より良く変わってきたものがある。だけれども…。

 朋也の胸に一粒、降り落ちてきた雪は、溶けてじわっと染みを作ります。倒れた汐が言う「パパ…大好き」の言葉に、こぼれ落ちた朋也の涙もまた、一滴分の染みを広げます。取り戻せないもの、元には戻らないもの。だけど、幸せを願う気持ちは、止められないじゃないか…。

汐おおおおっ!!

イヤだ、こんなのはイヤだ…

渚…汐を助けてくれ…渚!

誰か!誰か汐を!

…渚…。



 どぐはあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!


 こりゃ泣くよなぁ…渾身の演技に、もうボロボロですよ…。だって、子どもに寄せる親の気持ちって、割と普遍的なもんだし、時代や場所が変わっても不変なものなんだもの…わかっちゃうもんよ、こういう心境…。



 もう一度。渚の死に際しても、朋也が辛さのあまりに立ち戻ってしまったあの坂の下に、もう一度。

 また、迷う。声をかけない方が良かったんじゃないか、と。辛さに向き合う過程を経て、「忘れたい思い出」の真実を知る過程を経て、そんな朋也がここに戻って、また迷う。彼が下す、普遍で不変な答えは、はたして…。



 レビュー書き中のチャットなどから、多くのファンがその内容に惑ったようにお聞きしている最終回。それが、いよいよBS-i組にも来週に迫りました。どのような内容のものかまだわかっていませんし、そもそも私にどこまで読み解けるものなのかまるでわかりませんが…AIRのあの日々に誓った思いの丈を、最後まで貫かせていただこうと思います。この作品と、視聴者に幸あれ。
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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テーマ:CLANNAD -AFTER STORY- - ジャンル:アニメ・コミック

コメント
この記事へのコメント
「なんか涙がを流さない回がないな…」
そう思っている人がどのくらいいるでしょう。
無論、僕も思っている一人ですが。
やっぱり、てりぃさんとナユキストに幸あれですね。

どうして朋也は「町」のせいにしているのでしょうか。
町が嫌いなのは初めから理由を述べているのでわかりますが。
「渚、汐が町と繋がっているのではないか」というのは
「町にもてあそばれているのではないか」というセリフの後に
出てきたものですし。

予告の音楽、正直なところ最後まで「時を刻む唄」Verで
いってほしかったです。
「時を刻む唄」Verに変わってから、
最終回以外はずっと同じだったんですよね。
それはつまり「時を刻む唄」が
CLANNAD AFTER STORYの歌であるから、
という印象が強いです。楽しい話でも悲しい話でも
うまく合っていたし。
そこはちょっと残念。

…そろそろハルヒが始まるんで行ってきます。
最後10分見えませんが
2009/04/03(金) 00:35:20 | URL | 最終回直前も滑り込みスト・つちむ #-[ 編集]
手遅れ感の強いレス
ああ、もう、何とお詫びして良いやら…。orz

>つちむさん

>どうして朋也は「町」のせいにしているのでしょうか。

この辺、自分はあまりよくわかっていなかったんですが、ゲーム版において「朋也は渚の死に汐の死を繰り返し繰り返し何度も体験しているから、そのことを表面的には知らなくても魂は覚えているから、それでこの町のことが嫌いなんだ」という論説を読んでなるほどな、と思ったりもしてます。アニメ版では、ちょっと裏付けの弱くなってしまう部分かも知れませんね。

予告の音楽は、私個人はどれも違和感なく見ていましたね。こういう部分はどうしても個人差が出るようですし、多くの人を満足させるのも大変ですよね。
2009/04/14(火) 00:42:34 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
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2009/03/27(金) 11:29:11 | 特撮の軌跡
 渚だけでなく、汐まで、こういう展開に。。゚(゚´Д`゚)゚。
2009/03/27(金) 17:17:26 | 所詮、すべては戯言なんだよ
えぐっ・・・ ぐしゅ・・・ も、もうゴールしてもいいよね? 感想なんて書かなくてもいいよね?
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