Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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Clannad After Story 第15回「夏の名残りに」
 なってみないとわからない、ってことが、どうしてもあるんです。この世の中には、どうしても。

 「その時になってみないとわからない。」

 不透明な先行きに、色々心配したり、準備したり、恐れたり安堵したり…。それらが「無駄」なわけでは決してないですけれど、実際のところは、「その時」を迎えてみないと、どちらに転ぶか、予想ができません。

 「自分がそうなってみないとわからない。」

 例えば、親になること。自分の目で直接自分の「親」というものを長年見ているはずなのに、実際に自分自身が親になって初めてわかることが、かなりたくさんあります。愛も、悲しみも、温かさも諦めも…。

 なってみないと。その時に。自分が。
 
~~~

 私の毎週のレビュー書きも、割とそんな感じです。ゲームのプレイ経験があるのである程度の筋道は知っていますが、それがどうアニメで表現されているのかは、実際に見てみるまでわかりません。改変されているところ、アニメならではの演出が生かされているところ、マルチシナリオを統合するに当たって組み替えがなされているところ、尺の関係で削られているところ、等々…。また、自分自身のコンディションや、「それを見た時にどう感じるのか」も、その時でないとわかりません。その瞬間のテンションでないと書けないこともあれば、後でじっくり考えて初めて気づくこともあります。ひどい時は、悪天候でBS-iがロクに映らない、という目に遭うことも。orz

 既に放映されているものよりも、制作はどんどん先に進んでいる、アニメーションというメディア。最速のTBSから比べて三週後にようやく放映される、BS-iの事情。大筋のストーリーは最初に与えられているという、ゲーム原作アニメの構図。それらを考え合わせると、「決まっていない未来」よりはずっと「決まっている未来」の方が多いはずなんです。でも、やはり、「その時になって、自分の目で見てみないと、本当のところはわからない」という世界で、私はレビューを書いています。

 そんなところで、妙に朋也とシンクロしつつ。地味ながらも極上の表現が溢れた今話のレビューを書いていきたいと思います。明るい日々を抜けて次第に表面化してくる不安と、迎えてみなければわからない現実の怖さと、それに負けず生きようとする意志の話を。



【だんご大家族】
 ふと思い返される、「親になればこうなる」と言われた日のこと。否応でも高まる、親としての実感。そしてふと思う、疎んでやまない自分の父親も、今の自分のようだったかという素朴な疑問。

 …いやーーーもーーーー、何と言いますかねぇ。このアバンだけで、もうCLANNAD後半をほぼ総括しかねない勢いのパートだったんですが。

 父親ってのは、子どもが生まれるからって自らお腹を痛めるわけでもなければ、体調の一つも変わりはしません。だけど、ちゃんと父親に、なる。その自覚の高まりとともに、少しずつ「父親としての自分」を積み上げて。「母親は自然と母親になるが、父親は努力して父親になる」と言われる所以ですね。尤も、母親だって自覚の高まりとともに自分を積み上げる過程は共通だそうですし(我が家の妻談)、昨今の惨い事件~産んだ直後の我が子を放置死or自ら殺す未婚母とか~などを聞くと、「親」になる努力は父に限らず必要なんだな、と思えてきますけれど。

 ともあれ。

 朋也は、そういう積み上げとともに親になる過程を順調にこなしていそうで、いい感じですね。渚の力もあれば、古河夫妻の力もあるでしょう。やっぱり、周りの人たちとの温かい関わりの中でこそ、築き上げられる大事なものがあるってことなんでしょうね。

 朋也が忌み嫌う父・直幸には、そうした「温かい関わり」は無かったのか、ということが引っ掛かりはしますが…。


~~~


 「新しい家族」というサブタイトルに、結婚して同居を始めた渚のことと、そのお腹に宿った小さな命のダブルミーニングを施した前回。続く今回は、より「家族というもの」にフォーカスしていく回になっていたと思います。ものすごく久々に聞く気がするだんご大家族は、その中心にあって大きな効果を生んでいました。


 だんご大家族の合唱。


 原典のテキストにも、みんなで歌ったと書かれてはいるんですが…ゲーム版では、あの節回しにあの歌詞がついた、完成した形の歌にはなっていないんですよね。だから、「いつの間にかひとりで歌い始めていた渚。」「早苗さんもそれに続く。」「俺たちもいつしか、それに混じっていた。」という程度の、テキストで情景が示されるだけに終わっていたんですが…。

 実際にこうして歌われるのを聞いてみたら…それだけで涙が出てきましたよ。なんだろう、この涙は。悲しいのとも嬉しいだけとも違う、何だか自分でもよくわかんない涙。

 あの歌詞は、最初に聞いた時も十分に「反則じゃねぇのかっ!」て思ったんですが、もうすっかり慣れたはずの今でさえ、こうして「適切な場所にバシッとはめてこられる」とね、グッと来ちゃいますね。一期の21話レビューで、私はこんなことを書いていました。

 そう言えば。古河家って、「核家族」なんですよね、「大家族」ではなくて。おじいちゃん・おばあちゃんはそこにはいなくて、「夫婦」と「子」のみ。なのに、「だんご大家族」の歌がしっくりとはまるような、底抜けの温かさと包容力の大きさを感じさせるのは、どうしてなんでしょう?(中略)繋がっていく人々の思いがあって、だから古河塾に集う近所の子どもたちは屈託なく古河家の敷居を跨ぎますし、風子も芽衣も朋也さえもあっさりと暮らしの中に溶け込んでしまいます。広がっていく絆、まるで、本当の「大家族」のように…。


 元々が「まるで大家族のよう」なポテンシャルを持っていた古河家に、また一つ新たな絆を持った小さな命が生まれる。本当の大家族に向かって、一層の広がりを…。そういう幸せが、今回の合唱シーンからは存分ににじみ出ていたんですよ。そりゃ抗えんわな。うん。


~~~


 だけどこのモチーフ、決して前向きなだけでは終わってくれません。出産に危険が伴うことが明らかになって。それを不安に思う朋也を連れ出して、渚の所縁の場所で過去のいきさつを語った後、秋生はこう言います。

これからお前にも、苦しいことや悲しいことが待っているはずだ。
お前たちなら…
俺たちなら…
乗り越えて行けるはずだ。

俺たちは家族だ…助け合っていくぞ。


 「だんご大家族」との関わりを、イヤでも思わずにはいられませんよね。最後の行にはモロの「家族」という言葉が出てきますが、そればかりじゃなくて…「苦しいことや悲しいこと」って、あーた。それは、だんご大家族の歌詞の、ここんとこのリフレインじゃないのか。BGMのメロディこそ全然違うものになってましたけど、やっぱりこれのリフレインだよね?

嬉しいこと悲しいこと
全部まるめて


 賢明な方は覚えておられるでしょう。同じようなリフレインを、一期の第一話アバンで僕らは見せられているんですよね。渚と初めて出会った朋也が言う、このセリフの中で。

次の楽しいこととか嬉しいことを
見つければいいだけだろ。


 まだ、それがどんなに辛いことかを実感していない朋也は「見つければいいだけ」とか言っていて、今にして振り返るとまー色々違う感慨も湧くわけですが…それよりも、リフレインですよ。この時のリフレインが、ようやく今回ので完成した!と思いました。何故ならご覧のように、一期一話では「楽しいこと」「嬉しいこと」という風に、プラスのことしか言ってないんですよね。そして今回は、「苦しいこと」「悲しいこと」という風に、マイナスの面しか語っていません。でも、両方を全部ひっくるめて、ようやく、だんご大家族の歌になるんですよ。良いこともある、悪いときだってある。でもそれを全部丸めて、大きな輪になって生きていく、だんご大家族。

 そういう思いがあって、先の「みんなで歌うシーン」を見ちゃうとね…ほら、涙、出て来ねぇ?えっ、出てきませんかそうですか…。



 必死で祈って、たまたまかも知れないけどその場所に渚を救ってもらったと感じ、その感謝を胸に「支え合っていこう」と言ってくれる秋生。緑の向こうから光が射して来るあの美しいシーン作りは、わかっていてもざわざわっと全身に震えが来るような出来栄えで、さすがの一言でした。そしてまた、出産に危険が伴うという事実を朋也に伝えるに際し、数々の心配りを見せる早苗。いつもありがとうございます、という朋也の言葉に「家族ですから」と返す力強い一言のカットを、雨の中を帰宅する朋也のシーンと渚の顔のアップとにあえて挟め込んでくる演出は、これまた極上の一言です。途中からセリフと映像の時制がずれてきて、単にフェイドイン・アウトしているだけかと思ったら、意表をついての早苗さんのアップですもの、これは胸に刺さるよね。ちょっとずつしか触れられないのが口惜しいのだけれど、こうやって要所要所に「手抜かずの技」を利かして来られるものだから、こちらも堪ったものではありません。

 セリフの端々にも、映像作りの随所にも、そうやって「朋也と渚を支える家族」が描かれて、更に説得力が増しているのだと思います。それでも、嫌な感じのする「不安の未来」は刻々と近づいていくのですが…。



【渚にて】
きっと、人生にはいろんなことがあります。
でも、時が経てば、また満ちてそばに帰ってきます。
ずっとそれを繰り返して、私は汐を見守っていきます。


 とてもいいシーンだと思いました。しかし同時に、すんごく違和感があったんです。このシーンと同じものは、確かゲームには無かった。いや、セリフのあちこちには覚えがあるんです。だけど、微妙な違和感があちこちに…。

 原典のテキストを読みなおして真っ先に気づいたのは、場面がまるで異なるということでした。ゲーム版でこの話が語られたのは夜。ある夜の、朋也の家の寝床です。そこで、電気を消す前のやり取りとして語られます。だけど、アニメでは、夕暮れ時に水辺で二人が語り合う、そんな場面になっています。「夏の名残り」という言葉の通り、過ぎていく夏の空気、冷えていく何か、言葉には尽くせぬ淡い寂寥感、そういったものをにじませるシーンとして。

 これは、単にとてもアニメ映えするのみならず、「汐」「渚」の名前の意味を「水辺」で語らせるという、実にイキな改変だったと思います。とんぼが卵を産む描写があることから、季節が夏の終わりであることなども示されていて…。美しい夕焼けを映し返す水面(みなも)、ちょっと寂しい冷気が伝わってくるような、渚の頬をなでる風…。

 でも、それだけじゃないんですよ。場面の変更も非常に重要な変更ではありましたが、何かもっと大事なものが違う。そんな気がして…。

~~~

 早速セリフを詳しく見て比べてみると、こんな違いがありました。以下はゲーム版の渚のセリフです。

きっと、人生はいろんなことがあります。
汐は渚から、時には引いて、離れることもありますが…
でも、時が経てばまた満ちて、そばに帰ってきます。
ずっと、それを繰り返して…わたしは汐を見守っていけます。


 これは、この子を「汐」と名付ける、その意味付けを語っているんですよね。「汐」と名付けることで、例え時には離れることがあってもそばに帰ってくる子として育つだろう、だから渚は汐を見守っていける、と。見守っていくことが「可能である」と。そういう文章です。

 アニメ版のセリフではさくっと落ちている二行目が、そういう意味付けを強化しています。「汐は」という風に主語を明確にしていることで、この文章の主体を汐に位置付けているのです。だから、最後の言葉も「見守っていけます」という表現になっていて、渚の立場はやや受身のところになっているんですね。

 つまりは、この文章の主体は、どちらかと言えば汐寄りです。それが。アニメ版のセリフではどうでしょうか。

きっと、人生はいろんなことがあります。
でも、時が経てば、また満ちてそばに帰ってきます。
ずっとそれを繰り返して、私は汐を見守っています。


 抜け落ちている二行目以外にも、ほんのわずかな改変が二ヶ所。それぞれ、「たった一文字ずつ」の改変なんですが…これは結構、意味合いとしては大きく変わるんです。

 一つ目。ゲーム版の言い回し、「人生はいろんなことがある」という文章は、とても一般的な色彩を帯びます。「人生」そのものが主体になっているからですね。だけど、「人生にはいろんなことがある」という言い回しにすると…それはいきなり、「一般論としての人生」ではなくて、「文章では省略されているけど、誰か個人の人生」という風に意味が変わるんです。この場合、主体は「人生」という概念ではなくて、「誰か」の方に移るんです。もう少しわかりやすいように、具体的に書き下してみましょうか。先のセリフに、ちょっと付け加えてみます。まず、ゲーム版に。

 「きっと、私たちの人生はいろんなことがあります」

 ちょっと変、ですよね?自分たちのことなのに、妙に客観的、というか。でも、アニメ版だとどうですか?

 「きっと、私たちの人生にはいろんなことがあります」

 すごく自然でしょ?アニメ版では「私たちの」という言葉が、暗黙の了解として、自然にセリフの中に忍び得るんです。もちろん、ここを「私たちの」という言葉にしたのは管理人の独断であって、そうである必然はなく、「朋也くんの」「汐の」にしても全然問題ないのですが…。

 そこで、もう一つの改変。ゲーム版の「見守っていけます」ではなく、「見守っていきます」という表現になったところです。ゲーム版は、先にも書いたように「可能」の意味です。だけど、アニメ版では…渚自身がそうしたいと表明する「意思」の意味なんですね。名前を「汐」にするから可能になる、という受け身の態勢ではなく、「汐」という名前の意味にかこつけて、自分の意志で我が子を見守り続けていきたい、という。

 このせいで、この一連のセリフは全て、渚を主体にしているような意味合いに受け取れるんですよ。だから当然、「汐が主体の文章」の最たるものであるゲーム版二行目は、ここには含まれません。そのせいで多少ゲーム版三行目(アニメ版二行目)の意味合いが曖昧になってでも、そこから外すのが適切、という判断なのだと思います。

 つまり、どういうことかと言うと…。

 ゲーム版のセリフが「汐の名の意味付けを詳細に語るセリフ」になっているのに対して、アニメ版のセリフは「渚自身を主体にし、汐の名の意味にかこつけて、自分の意志を強く前面に出したセリフ」になっているのですよ。

 ここで、大問題。アニメ版のセリフにおいて、「時が経てば、また満ちてそばに帰って」くるのは、一体誰のことなんでしょうか?「帰って」くるためには、その人はいったん去る必要がありますが…。

 「この先を知る者」は、存分に泣いていいと思います。つーか、オレは泣いた。なんつー仕込みをしてくるんだろうと。しかも、このちょっと後に流れる予告編と来たら!!ことみのあのセリフは!椋に語らせるあの言葉は!ああ!原作プレイヤーでさえ全くの想定外の、あのKanon第22話ラストの感動が蘇る!!



 「うしお?」と聞き返す朋也の横を、とんぼがつぅっと飛び去ります。その一瞬の飛翔に、去りゆく夏の香りを運んで。例えそれが寂しかろうと、朋也は渚と「来年は三人で海へ行こう」という約束をするのです。もちろん、これもゲーム版の流れにはありません。ですが、「自分の意思」を語った渚に呼応する形で、当然のように朋也も「自分の心を強く保とう」という意思を見せるのですね。支え合う、肩と肩。願わくば、彼らの行く先に、暗闇ではない世界が広がりますように。
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テーマ:CLANNAD -AFTER STORY- - ジャンル:アニメ・コミック

コメント
この記事へのコメント
はじめまして
いつも楽しく拝見させていただいています。

『海へ行こう』
『約束』

なんだかあの作品とあの作品を連想してしまいましたがどうなんでしょう…
そして感じるのは予感と希望。

素敵なリンクだな、なんて。

また寄らせていただきます。ではでは
2009/02/13(金) 12:31:47 | URL | 桃次郎侍 #-[ 編集]
やっぱり原作未プレイ組みとしては原作をどうすり合わせているのかが気になるので、こういう考察は読んでいて楽しいです。
特にこういった作品中重要な場面での比較検討は、めちゃくちゃ参考になります。こうなってくると後3週間後が楽しみであります。
2009/02/14(土) 02:32:05 | URL | きつねのるーと #2Z5jlXfU[ 編集]
冬の最中に
どういうわけだか気温が高い日が続き、まだ2月のど真ん中だというのに路面が露出している道路の多い事…。幹線道路だけなら、スタッドレスタイヤ要らないですよ。いやマヂで。

…と、「夏の名残りに」とかけた内容で始めてみるテスト。

>桃次郎侍さん

>なんだかあの作品とあの作品を連想してしまいましたが

AIRとKanon、でしょうかね。実は私、もう一つ連想したモノがありまして。ひょっとして、オマージュも含まれるのかな、と。

それは、劇場版CLANNADなんですけどね。イメージソングにLiaさんの「約束」って曲を持ってきてますし、今話の渚の白い服装って、劇場版のイメージボードにもよく似たのが出てるんですよ。

…いや、まあ、考えすぎですよね?


>きつねのるーとさん

原作プレイ者サイドの考察として楽しんでいただけたようで幸いです。段々、長く長く書きまくる方向に突出しつつあって、自分ではちょっとどうかなと思うところもあるんですが…思ったところで止められないんですけどね。

>3週間後

まあ、何があるかは薄ぼんやりと覚悟してますけれど…覚悟が無駄だろうという点も含めて、ね(汗)。
2009/02/16(月) 01:50:23 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
熱唱だんご大家族
岡崎、古河夫妻が歌っただんご大家族。
TVの前で一緒に歌った人間がどれだけいるでしょう。
…自分もその一人です。
やっぱり、てりぃさんは努力のナユキストですね。

普通に見てて楽しめすぎる作品なのに、
その仕込をこう書いてくれるてりぃさんには
まったく感謝です。
どんだけ読み取るんですか。20数分の中から。
ってか、どーやったらこんなに書けるんですか。

15話の作監の堀口さんもCLANNADの公式HPの
コメントで語っているように
朋也と渚の赤ちゃんに対する違いが出ていますね。

滑り込めなかったのは2度目です。
滑り込みストを名乗るのもおこがましい。
あと1回したら引退です。
というわけで、
てりぃさんが風呂に入ってる間に書き上げました
2009/02/20(金) 02:09:36 | URL | 仏の顔と滑り込みも三度までスト・つちむ #-[ 編集]
手短に
>二度目スト・つちむさん

三度目、期待してます(爆)。

>どーやったらこんなに書けるんですか。

とりあえず、二度見た後にまず風呂に入ってじっくりと練るのがいいらしい、と今回思いました。ただ、その後で酒をかっ喰らって大騒ぎしてると、明け方近くに大変になるようだ、というのもわかりました(爆)。なにやってんだって話ですよ、ええ、ええ。

まあ、そんな感じで、無軌道に適当にやっているワケなんですが、それでもこうして楽しんで下さる方がたくさんいらっしゃるのは、書き手としては本当にありがたい事であります。感謝感謝のホイっ!
2009/02/25(水) 03:16:02 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
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2009/02/14(土) 02:26:30 | 丈・獅子丸の咆哮 (新館)
あーもう、あーもう。 すっごく大事な話なのに、ここまでずっと黙ってきた重要な場面が目の前にきているのに。 何から書き始めたらいいの...
2009/02/14(土) 19:24:10 | みすぼらしいぶろぐ
                                /、/⌒\                       _     / メ     ヽ ...
2009/02/14(土) 22:30:44 | ルーツ オブ ザ まったり!
 久しぶりの幻想世界!!  しかし、機械が完成する前に、彼女の体が動かなくなってしまい、声を出すのがやっと。  それを見た『ボク』が、...
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