Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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その点に関しては、監督は全く悪くないと思った一文
 出崎監督のインタビュー記事を見つけまして。

 監督のご主張の中には、まあ、ちょっと、それはどうなのよ、と思わされる部分も、正直あるわけですけれど。一方で、監督のお考えが一定のレベルまでわかる記事にもなっていて、ああ、なるほど、そういうスタンスなのでアレとかコレとかがああなったんだなぁ、という方向では納得できる部分があります。

 巨匠・出崎統が"萌え"を斬る!(前編)
 巨匠・出崎統が"萌え"を斬る!(後編)

 さて。わざわざ記事でご紹介しようと思いましたのは、「オレの好きなAIRをどうたら」とか「同じくCLANNADをどうたら」という負の方向の情念ゆえでは決してなくて、監督の言われる中に、「それはちょっとあまりにあまりなスタッフじゃないのかしら?」と思った部分を見つけたからであります。上記インタビュー後編の途中に出てくる話なんですけどね(以下、CLANNAD関係のネタバレに繋がる部分ありなので要注意)。
 
『CLANNAD』をやっているときに、この子(ヒロイン)なんで死ぬの? って訊いたんです。そうしたら「ゲーム上死なないとね、泣けないんですよ」って答えられた。一見シリアスなんだけどさ、オレから見るとちゃんとした根っこがないんだよね。
(太字は管理人が修飾したものです)



 …………………………………………………。


 一体ダレですか監督に向かってそんな阿呆なことを堂々と言い放ったのは。


 わかっちゃいねぇ!!全然わかっちゃいねぇよ!!いや確かにさ、だからと言って自分のワールドに全部引っ張り込むという監督の方法論を全肯定するわけじゃないけどさ、この部分に関しちゃ監督の言うことが全面的に正しいだろ。

 主人公、います、と。ヒロインと出会います、と。二人で恋をして、色々と日常を積み重ねます、と。そして、やむにやまれぬ事情によって、ヒロインがお亡くなりになります、と。プレイヤー皆が皆、文字通り滂沱の涙、感動の嵐ですよ、と。そんなものなのか、完成度の高い泣きゲーって?

 いーやー違うだろ!全っ然違うだろ!「死ぬから泣く」「死なないと泣けない」なんて、そんなチープで条件反射的なモンかよ!パブロフの犬じゃないだろうがよ!一体どこの感動系悲恋ムービーかと!

 これに続く部分が、更に輪をかけてヒドイです。

「ここで死なないとゲームとしてマズイんですよね」。それは、視聴率だけよければいいや、というのと似ている。「とりあえず殺せば泣くんだよね」というのは、人間を甘く見ている。甘く見ているし、でもそれで通用する部分があるっていう世の中はなんかヘンだよね。とってもヘンだよね。


 やはりここでも、監督の言っていることは正しいと思います。つーかですね、東映のCLANNAD作ったスタッフの中に、こういう感覚の人がいるんだと思っただけで、もう呆れてものが言えませんですよ。「作品」を作ろうという人の考え方じゃあないわよね、これは。蛇口をひねれば水が出るのと同じ感覚で、映像の中でキャラクターを殺して、観客に涙を流させて興行成績を上げようという、人をなめた考え方ですよね。


 そういうこっちゃ、ねぇんだわ。ねぇんだわよ。


 多少、ご自分のテイストになってしまうきらいがあっても、原作のシナリオを結局お読みにならなかったという側面があっても、「少なくとも真摯に作品を作り上げようとした」だけ、出崎監督はモノに対して誠実だったのじゃないかしら?異論もあるとは思うけどさ、「死なないと泣けないんですよ」とか言った人よりは数百倍マシじゃないの?



 …たまんねぇなぁ、これは。もちろん、東映さんの中に、そんなことを言う人ばかりだとは思ってませんけれども、こういうのは結構マヂでご勘弁願いたいです。そんな事を口にする人には、どのような作品であっても関わって欲しくはないですよ。作品と真摯に向き合おうとするクリエーターや、作品と真摯に向き合おうとする視聴者に、底なしで失礼でしょーが。



 ……あ、あと、一通り読み終えて気付きましたけど、上記のインタビューで、監督は別に「萌えを斬って」などいません(苦笑)。誰だ、この副題付けたの。
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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コメント
この記事へのコメント
えーと・・・
( ゚д゚)ポカーン

敢えて言おう、「これは酷い」と!

いや、まるで「カリカチュアされたオタク」、故に現実には実際に存在しないと思われる(思われていた)そのものですな。
こんなのが現実にいるとは信じたくない。ていうか、創作側に限らず、人間として欠陥のあるレベルでしょう、これ。

あと、タイトルも酷いですが、まあこの辺マスゴミのデフォですので・・・
2009/01/14(水) 23:56:02 | URL | みみずの神様 #V38V6CCw[ 編集]
うむ。
>みみずの神様さん

>「カリカチュアされたオタク」

あはは、人によってはやっぱそこで引っかかっちゃいますか。

セカチュー的な方面とかの方が、自分にはダイレクトで気になりましたんで、人それぞれですねぇ。や、多いじゃないですか、せかちゅー的なヤツで、もー死ぬほど泣いた、みたいな話。あれって共感できんのですよねぇ。

AIRのゴールシーンにしたって、まあ、確かに、「死」という部分が涙腺を直撃していることは否定できないんですが…でも、ラストシーンでも喝采送ってるしなぁ、というね、違和感、つーんでしょうか。死ぬから泣いてる、みたいなわけじゃねーぞ、というですね、一抹の抵抗えおですね。

や、すいません、眠いんでまとまりません。とりあえず、30分足らずですが、寝てきます。orz
2009/01/16(金) 00:15:22 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
たぶん「当たり前のこと」
「死ぬから泣く」
というのは、まあ当たり前のことと言えばそうですよね。でもなぜ泣くのかと聞かれれば、当然のことですが、それはそれ以前に積み上げられたものがあるからだと私は思います。

自分と何の接点も無い人が死んだと聞かされて、その人の為に泣けると言う人は他人への愛の為に生きている聖人くらいのものでしょう。
逆に特別な感情を抱いていた「その人」が死なずとも、二度と会えないような遠くへと行ってしまったりすれば悲しくて泣いてしまうでしょう。

物語の中途でいかに「その人」が、
言い換えるといかに「その人」との繋がりが大切であると読み手に理解させてあげられなければ、「その人」の為に涙を流したり感情を動かされることは無いと思います。

そのスタッフは、その当たり前の事の外身しか見ていなかったんでしょうね。だからヒロインを殺そうとするのでしょうね。
2009/01/17(土) 16:00:06 | URL | あるかさ #9WAugNKs[ 編集]
当たり前のことに意味を見つけたり、当たり前のことに凄さを見つけたり。
>あるかささん

以前、他所様で、こんな言葉を読んだことがあります。

「感動は能力である」

だっけかな?や、「泣くのは~」だったかも知れませんし、ちょっと正確なところは覚えてないんですが、そういう主旨の。

誰が見ても、当たり前に感動する。それってどうなのよ、みたいな話と繋がることなんですが…要すれば、大量生産的に作られる「型にはめたやり方」で泣いたって、全然薄っぺらでどうしようもないんですよね。ちょっとしたことに、それぞれが自分の何かと照らし合わせて、そこに感じられる機微にこそ僕らは涙を流すべきなんじゃないか、と。それは、結果的にみんなが泣いてたとしても、やっぱり個々に味も違えば量も違う、個々人それぞれの涙なんだと思うんですね。そういう意味では、「当たり前など無い」というのが理想なんじゃないかなと思ったりもするわけです。そういうものを惹起するだけの意味合いや深みが、作品の中にしっかりと息づいていなければ。

なのに、「当たり前」というものを工業的に生産して、その「当たり前」にみんなを飼い慣らそうとして。それはやっぱ、違う。監督の言われる「ヘンだよね」と同義だと思います。

あるかささんの書かれたことから、またちょっと暴走気味に書き散らしてしまいましたが…。私が思ったのはそんなところでございます。
2009/01/19(月) 23:21:31 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
わからなくなってもどかしい
なんだか
自分がこの記事から読み取った事とてりぃさんの言いたい事、
また私がコメントで言いたかった事とてりぃさんが読み取った事に差異があるみたいに思えました。

自分の理解力や経験なんかが圧倒的に足りてないのかもしれませんが、自分の求めている「当たり前」というのは最初から決めつけられたモノじゃない、どちらかというと回顧とか返想を経て生じる後付け的な物だと思ってます。
個々人の指す「当たり前」が実質的に食い違っていてもみんなで共有できる「当たり前」が有ってもいいんじゃないかと・・・
東映スタッフの言う「当たり前」ではなく、てりぃさんの提示した「当たり前」とも違う・・・


ここまで書いて、自分にはうまく他人に言いたい事を言葉にして伝える能力が不足しているんだと思いました。どころか、自分が何を支持していたのか、何が論旨だったのか分からなくなってしまうほどに―。
まだ人と議論や批評をするには「その域に達していない」んだと思いました。
(逃げのコメントですみません)
2009/01/20(火) 12:33:12 | URL | あるかさ #9WAugNKs[ 編集]
や、すいません(汗)
>あるかささん

自分が原因の部分も多分にありますので、何だか申し訳なく。orz

あるかささんのコメを読ませて頂いて、私が掴みかねた部分、というのが確かにあります。その部分を微妙に避けながらのコメント返しをしてしまったための問題ではないか、と思います。

ポイントがずれた方向に行くことは、決して悪いことばかりではなくて、思いもしなかった切り口から話題が拡がることも結構あるんですが…どんな人でも状況によらずそういう「ロデオ」に乗れるわけではないですもんね。いや、ホント、すいません。

~~~

私の目から見て監督は、「人が死ぬということ、そこに当たり前に涙が流せるということ」について言及しているわけではない、と感じました。監督は、「何故この物語で人の死を描かねばいけないのか、そのことで観客に一体何を提示しようとしているのか」ということを意識されているように思えたんですね。むしろそれは「当たり前」についてのことではなくて、作品を紡ぐ「意図」についての話かな、と思っておりました。

蛇足かも知れませんが、一応補足ということで。また気が向きましたらコメントにいらして下さいな。楽しみにお待ちしております。
2009/01/22(木) 00:29:34 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
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