Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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Clannad After Story 第10回「始まりの季節」
 CLANNAD始まったなwwwwww

 …というサブタイトルとは裏腹の、この「始まらなさ加減」はどうですか。Aパートの朋也の、宙ぶらりんな感じが堪りません。

 すんげぇ渋好み。

 わかりやすいネタやショットでズバッとは見せてくれない、何ともストイックな構成。なのに、全編通してシーンごとに変わっていく朋也の表情が、彼の心の中の進度を的確に表していて、そこに気づくとすんげぇ気持ちいいです。すると前半の「始まるまで」の時の流れが、なかなか…。

 Aパートラスト、古河家で挨拶をする朋也の、始まりの表情にストンと落ちるところは、納得の出来栄えです。この時朋也が着ているTシャツには「NEUE WELLE」、ドイツ語で「新しい波」と書かれていて…。

 朋也始まったなwwwwww
 
 ポイントを探そうとして、秋生さんのTシャツに「DANCER」の文字を見つけてしまい、「ちょwwwKING DANCERキタコレwwww」とか反応してしまう私は自意識過剰。自意識過剰ゆえに「面白かった。次回にも期待」では済まされないこのサガよ…。

 爆涙を誘うようなクライマックスを持つ回と違って、比較的淡々と進んでいくこういう回は、レビュー書きとしてはなかなかやりづらいんですよね。年末年始の長期休みで、「レビュー脳」が休止している状態だとなおさら。だけど、間違いなく感じるところはありますし、それを文章化することも、多分不可能ではないと思うので…。

 「ここからが本番」と言われるほどの、朋也の卒業後の物語。今回がまさにその始まりということで、心機一転、やらせていただきます。


【大人の階段上る君は】
 原作におけるアフターは、主に「朋也の物語」なんですよね。…や、これには語弊があるかな?「渚と歩む朋也の物語」とした方が適切でしょうか。もちろん、CLANNADの視点は常に朋也中心ですが、主に彼の問題に切り込む話というのはこれからなんです。

 今までは、ひどく乱暴な言い方をしてしまうと、「自身が問題を抱えている朋也との関わりにおいて、色々な人が自分の問題を解決していくストーリー」という風に総括できると思います。それは、朋也にちょっとずつの変化をもたらすけれど、朋也の問題を変化させたり解決するようなところまでは、到底至りません。

 だからこれまで、朋也の問題に関するネタふりはいっぱいされているわけですけれど、今のところは未決のまま。つーかですね、関東に住んでいる弟が、年始に実家で話した時、CLANNADは一期だけ見て今期は見てない、とか言ってたのですが、何と勿体ないことをするのかと。

「お前、幻想世界の話とかな、アレまだ完結してねぇぞ」
「マヂかよぅ!」

 やwwwホントにこういう会話してたんですよ。まあ、そのぐらい、一期は一期できれいに締めてたってことなんでしょうけどね。

~~~

 「去年、最初に会った時とは別人」と、芳野から評された朋也。それは、この一年間で彼が皆と積み上げてきた日々の集積がなせる業でもありますが、今話だけでもその変化が見て取れる気がします。

 古河家で手伝いを始める頃の朋也は、完全に受け身です。まだ子どものような表情で天真爛漫に、古河夫妻の提案を受ける朋也。そこに、「自分で生きようとして自ら動く姿」はありません。まだ庇護される存在なんですね、この顔は。

 一方では、渚のことを慮る時の彼の表情は、また全然違う色彩を帯びています。が…これは、高校現役時代からよく見せている表情なんです。それ以前と比べて、何かが変わったわけではない。すると、先の「庇護される存在」としての顔だって、以前から何かが変わったわけではないのだろう、と思えますよね。

 本来「子ども」というのは、そういうものです。「庇護されること」に甘えていても構わないし、だからと言って「助け合うこと、誰かを助けること」を全くしないというわけでもない。モラトリアム、という言葉を以て総括してしまうと、何だか目下に見下すような嫌な感じになってしまいますが、それは誰もが通ってきたはずの道です。その中で何かを懸命にやることもOKなら、そこから変わろうと動き出すこともOKで。そして、何かをきっかけにしながら、子どものテリトリーから這い出ていくんです。

 だから、秋生が言った「(渚のことに)俺たちが気を揉んでも仕方ねぇ」という事実や、雑踏を行く人々の姿に思ったであろう「人がそれぞれに居場所があり、それぞれに自分の道を歩んでいること」などは、順当な流れとして彼の自立を促すのです。渚は渚で辛い道を歩んでいるけれど、そのことが「朋也自身の歩みを止める」理由にはなりませんし。誰もが、自分で自分の道を選択し生きていくものですし。むしろ、誰かを助けるためには、自分が「助けるための力」を持っていなければいけないですから。

~~~

 少し頼りなげで、悲しそうな顔ばかり見せていた朋也が、杏・椋との会話から糸口を見つけて動き出すさまは痛快です。表情、そこまでと全然違うんですよね…。そしてその変化を間接的にも表す、色々の連関がまたイイです。



秋「もうちっちゃな子どもじゃねぇ」


 直接には、渚のことを言った秋生のセリフなんですが…そのことを伝える相手・朋也自身のことも暗に示していそうなところがニクいです。そもそも、子ども相手にそんなことを許しはしないでしょうし、ね。このセリフの直前、「いつか渚を連れてっていいか」という朋也の問いかけの後に続く、時間をふんだんに使った贅沢な「無言のキャッチボール」が、何とも悶え風味で良いですしねぇ。大人の視点から、ついこないだまで子どもだった彼らのことを、真剣に見つめて真剣に考えるだけの、短いけれどもすごく長い時間。ボールのように互いに受け渡される、大事な何か。



 渚に送り出されて、初めての通勤路を歩く朋也のシーン。歩く朋也の足元をそこそこ長い時間映し、しかもアスファルトの表面をわざわざ3DCGで描いて臨場感を持たせています。…京アニがこういうところに力を入れる時って、必ず何かの意図があるんですよね。ここは、「朋也が自分の足で、力強く歩き始めていることの強調」と思うと、ピッタリはまりそうな気がします。顔の方は渚の言葉を反芻してデレまくっていて、とても見れたものではないですが(笑)…やや浮ついてはいても、確かな足取りで歩いていく彼は、間違いなく大人に向けて歩き始めているのだと思います。



芳「大人になろうと懸命に足掻いている子どもに見える」
朋「結局子どもなんすね…」
芳「全然違う。真剣さが違うだろ」


 ここのシーンの朋也は、またぞろ天真爛漫な表情に描かれてはいるのですが…決して受け身ではないところが違います。描写の難しいチューニングを、きっちりとこなしてきましたね。芳野の言う通りに、「子ども」でありながらも前半のそれとは違うような、そういうところに落とせていたと思います。



 前期の第1回は「桜舞い散る坂道で」で、第2回が「最初の一歩」でした。そして今、アフター第9回が「坂道の途中」で、第10回が「始まりの季節」。繰り返し、ですよね。あの頃は渚と二人で歩き出す一歩めを。今回は、今は別のところにいる渚と朋也が、一緒に歩けるようになるための、朋也の自立の一歩めを。その動機の中心に、必ず渚がいそうなところが、やや引っ掛かりは覚えるのですが…。



【彼と彼女と、同じ高みと】
 何が気になるって、アバンが気になります。自立を目指す道の始まり、本来なら輝かしい、喜ばしい話なんですもの。その冒頭に、まるで取ってつけられたように、不安に溢れる幻想世界の描写…。

 アバンで幻想世界が描写されるとき、それはそこから始まる一連の話とどこかで繋がっていることが多いのですよね。前回は、「もっと賑やかで楽しい世界へ行こう」として「変わる」行動を始める彼らの姿を、「変わっていくもの」が多く描写される卒業へのストーリーに絡めたのだと思いましたが…だったら、前回に幻想世界をかぶせずに、今回のアバンで2回分を長めにまとめてやっても良かったはずなんです。今回だって、朋也が「変わる」行動に出ているわけなので…。むしろ、今回のアバンにまとめた方がすっきり解釈できそうなくらいです。

 それをあえてしなかったのは…きっと、理由はあるのでしょう。例えば…朋也の前向きな姿勢に比して、渚の新生活の方は決して順風満帆とは言えません。頑張りが足りないわけではないのですが、どうしてもうまくいかないところが多い。楽しい話をしたいと言っていたのに、結局一度も楽しい話を聞くことはなくて…。ひょっとしたら、朋也が夢見る将来の生活にも、色々な不安が影を差してくるんじゃないか?倒れてしまう幻想世界の少女のように、渚にもまだまだ苦難な道が待ち受けているんじゃないか?……や、ごめんなさい、何だか暗~い気持ちになってきました。orz

 でも…いや、だからこそ、でしょうか。朋也は自立の道を目指します。渚と支え合って生きていくことこそが、彼の道なのだと、そう言わんばかりに。

~~~

 Aパート冒頭の、朋也が見る夢の描写。演劇……ってことですね、これは。「桜の花びら」の色をした、四角く切り取られた紙吹雪が舞う、「架空として目に映る卒業シーン」。安いPAを通したかのような、変調のかかったクラスメートたちの言葉。朋也にとっては、それは現実ではない、現実だとは、決して認めたくない。右から左に向かって巻き戻っていく時間、逆流していく雲。しかしそれらは、「渚役のシルエット」のセリフ一つで、いとも簡単に停止し、本来の方向に進み始めて…。

 これは、この時点での朋也が抱えるモラトリアムな部分の描写とも受け取れます。しかしもう一つ、その原因であるとともに、それを打ち崩すキーでもある、渚の存在の大きさについても描かれたシーンだと思うのですね。渚と一緒の時を過ごしたかったから、卒業をウソにしたい、無かったことにしたい。だけど、渚の言葉があれば、彼女に背中を押してもらえるなら、一緒に歩める道を探せるのなら、後ろを振り向く夢から覚めることもできる。そういうものを全て、この短い時間に凝縮した、秀逸なシーンだったと思います。



 決して明るくはない学校の出来事を話す渚の横に座って、朋也は地面を見つめます。そこには、一匹のアリがよろよろと一生懸命にエサを運んでいるのですが…話が終わるころ、二度目に地面が映る時には、同じエサを二匹のアリが支え合って運んでいるんですね。最初のアリ、一匹で困難にあたっているアリが今の渚の象徴だとすれば、もう一匹のアリは朋也の望む道を表しそうですね。今はちょっと離れたところで、見守ることしかできない位置に朋也はいますが、やはり渚を支えたい、困難に向かう彼女の横に自分もいてあげたい。そういうことなのでしょう。

 「結局、入部届けは、一通も提出されなかった」という、物悲しい結末。そこでいったん、渚の向かう厳しい道についての描写は終わりますが、そこに何も出来なかった朋也が、「自分自身が変わろう」という原動力にその気持ちを変えていくのは、前述したとおりです。



 にわかに現実味を帯びてくる新生活に、朋也は「渚との二人の生活」を強く意識するようになります。もうね、デレまくりですよ、デ・レ・ま・く・り!見てるこっちが恥ずかしいってーの!いくら史上最凶最悪のナユキストと言えどもそこまではしないさ!(……そうか?)

 そうして始まる日々の中で、彼の仕事一日目。現場に向かうワゴン車の中から、朋也は何故だか道端を歩く仲良さげな三人の親子に目を奪われます。そこに、彼は何を見たのでしょうか。自分にも、ああいう新生活がいずれ訪れるのだろうかと、そう思ったのではないでしょうか。渚と、二人で育てる子どもと、三人で歩く道のことを…。



 「同じ高みへ」。CLANNADを彩る数々のBGMの中で、一二を争う名曲の一つです。そのメロディーが今期OP曲としても転用されていることはご存じの通りですが…ここに来て、その意味するところが次第に「変奏」に変わってきている実感が、ますます強くなってきました。

 本来この曲が一番の輝きでかかるのは、原作の3 on 3のシーンでした。不器用で不格好な道を歩く自分たちでも、順当な道を歩いてきた人々と同じ高みに辿り着けるのだと、そういう色彩が強かったんですよね。そして、アニメ版ではやはり3 on 3のシーンで使用され、その時には「朋也は最初から同じ高みにいるけれど、自分ではそう気づけていない」というチューニングが施されていましたが、いずれにしても意味するところは「朋也や渚たちが、他の人々と同じ高みにいける」というところで合っていると思います。

 しかし、どうやらアフターストーリーでは、違うところにフォーカスした形で使われるようなんですね。今回のは、その典型的な一例だったんじゃないかと。

 今話で「同じ高みへ」のメロディーがかかるのは、朋也の出勤一日目の朝、渚が起こしに来るところからなんですよ。その後、朋也の職場や現場に向かうワゴン車のシーンまで、ずっとかかりっぱなしです。これを、「朋也が普通の人と同じ高みに到達できる」とする、今まで通りの解釈でも通らないことはないんですが…だとすると、渚が朋也の新居に顔を出す、あの瞬間からBGMが始まる理由がどうにも見つかりません。

 これ、「朋也が、渚と同じ場所(高み)を目指す」「朋也が、ある高みへと繋がる同じ道を渚と歩む」って意味に、変奏されてませんか?高みへと繋がる道、それは「坂道」という言葉に換言されるものです。その坂道を、朋也が、渚と共に歩んでいくテーマ曲。それこそが、アフターにおける「同じ高みへ」の位置づけなのではないでしょうか。

 だとすれば、先の場所で「同じ高みへ」がかかる理由はもうピッタシという具合ではまりますし、今期のOP曲のメロディーとして「同じ高みへ」が採用された理由も痛いほどよくわかるのですよ。ただ一つ、元々は長調で書かれているがゆえに「その明るさが返って感動を増す」ような仕組みだったこの曲が、OPでは何故こんなにも悲しげな和声をまとってアレンジされているのか、という点を除いて…。



 無言のキャッチボールを交わした後、秋生が打ったボールの高みを、光の溢れるその空を、一瞬何かの感慨とともに長く長く目に焼き付ける朋也。彼の目に映るのは、その道の先に見えるものは、高みなのでしょうか、光なのでしょうか、それとも…。

 初見では淡々としていたように思えたのに、さらってみたらこの通り、もう仕込みだらけですね(笑)。本文中にはうまく入れ込めなかったけど、「朋也が渚の口真似をする」ところさえ、「朋也と渚はもう二人で一人」みたいなことなんじゃないか、とさえ思っちゃいましたし。京アニ、恐ろしい子ッ。おかげさまで、今回もそれなりの分量に膨らんでしまいましたし、時刻も6時前です。つーわけで、ものすごく疲れてますので、もう休みます。←それでも渚の話を聞かせてほしいと頑張った朋也に遠く及びません本当にありがとうございました。
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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テーマ:CLANNAD -AFTER STORY- - ジャンル:アニメ・コミック

コメント
この記事へのコメント
服のデザイン
Aパート冒頭の朋也の服…ディケイドだこれーっ!い、いや、制作時期からして偶然でしょうが、気になって仕方なかったですよ。これで中村さんがディケイドに声の出演してくれたら笑…いや、応援します。
2009/01/09(金) 20:51:36 | URL | みうら #-[ 編集]
ちょw
>みうらさん

ディケイドっすかwそりゃあ気付きませんでしたなw

そうこうするうちに、ディケイド放映もあと一週間ちょっとなんですよね。早いものです。
2009/01/16(金) 00:06:56 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
今年も滑り込む
やっぱり、つちむは年が明けても滑り込みストですね。
やっぱり、てりぃさんは年が明けてもナユキストですね。

いままで怠惰な生活を送っていた朋也が
ようやく動き出す話ですね。
いや、今までも十分色々頑張っていたように思いますけど。
それでも自分の事に関しては逃げてる傾向がありましたし。
それでも古河家を出て行きがんばろうとする
Aパートのラストの顔は本当にいい顔してます。

DVDのCMや番宣の映像は初めの1~3話程度と
今回の10話の映像だったんですね。
CMのたびに「まだ出てない映像があるなぁ」と
思ってたんですが。
AIRやKanon、CLANNADの時はそれこそ
1話や2話など初めのほうの映像しか使ってなかったですけど、
今回は「AFTER STORY」の部分も含めた
映像ということでしょうか?
2009/01/16(金) 00:26:29 | URL | 滑り込みスト・つちむ #-[ 編集]
3年目突入?
>つちむさん

>年が明けてもナユキスト

つーかですね、ナユキスト言い始めてから、3年目に突入したらしい、という事実に気付いて愕然としましたですよ。一体いくつになるまで言い続ける気だオレ。

DVDのCMについては、漠然とは思ってたんですが…人から言われるまで、ああ、そうだよなぁ、という意識の表に上ってきませんでした。呑気なものです(苦笑)。
2009/01/19(月) 23:13:41 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
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