Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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塔頂者たち / KENN
 矢も楯もたまらず、ドルアーガの塔第12話放映の翌日に狂おしくゲッチュー後、数時間に渡って単曲リピートするほどのハマリ具合を見せています…。元はそんなに好きな曲というわけでもなかったはずなんだけどなぁ…。

 塔頂者たち / KENN

 第12話を見終わって、これほど印象が変わるとは、全然予想していませんでした。第12話のラストにこの曲が流れた時にでさえ。いつもと違って、「本日のハイライト映像」が流れていましたからね。でも、今こうして振り返ってみると…第12話の後にこそ真価が発揮されるような、そんな曲だったんじゃないかと思えてなりません。
 

 例えば、曲の冒頭で、いきなりのこの歌詞。

ボクらは、
ただ見上げてるだけじゃない


 いやね、当初はこれ、序盤の「登り始める前」の状況を歌っていたのだろうと思っていましたし、実際それでもそんなにおかしくはないんですけれど…第12話を見終わって、ジルが「もう一度!」と叫んだことを踏まえてこの部分を噛みしめてみるとね…こちらが驚くほどに、力強い意思を孕んだ言葉として耳に響くわけですよ。サビの「走れよ 走れよ」とかもね、もう普通の歌としてはベタベタのはずなんだけど、第12話を踏まえると、もう拳を握らんばかりの燃え具合ですよ。たまらんだろ。悶えるだろ。

 そもそも。このサビの部分のムービーは、駆けていくカーヤをジルが走って追いかけるような映像になっていたわけですが、これが当初は結構違和感があったのですよね。なんだよもー、OPのバカップルの延長かよーみたいなね。確かに、今回のジルの冒険はカーヤが導いたと受け取れなくもないけれど、それはどっちかと言えば「たまたまの出会い」がそうさせたというぐらいの意味合いしか感じ取れず。カーヤのことを積極的に追いかけて登ったというよりは、ジルの「父の汚名返上」と「漠然と自分の中にあった使命感」とがカーヤの目的と表面的に合致したから、という感じが強かったのですよ。

 それがどうですか。次なる「the Sword of URUK」において、ジルが再び頂上を目指そうというその意思の裏には、カーヤを追いかける目的がありありと息づいているわけで。しかも、その後の歌詞よ。

君とボクの道が
交わるその場所へ
ただひとつの答
掴み取れる場所へ


 ああ!!もーなんつーか、ああ!!いやもーその、ああ!!みたいな声しか出て来ないっすよ、これ。そうか、そういう意味だったのか!というね。ナニ?わからん?だって、これってどう見てもジルが今一度カーヤと相見える場所を、真の頂上を目指そうという、そういう歌詞でしょ?

 他にも、自分の目的が見えなかったジルが、今ははっきりと目指すものを見据えている、それを踏まえての

未来の位置を
示す光さえ見つけたら
なんかもう いらない


 とかね。道中は「ウルクの盾」という副題のシリーズにこれほど難解な詩はないなーと思っていましたが、「ウルクの剣」に繋がるシリーズにこれほど適確な詩もないでしょ。

 それらの歌詞を最後を締める「星に届くまで」という一節。途方もない果てを目指し、連綿と強い願いを紡いでいく、意思の歌。それがこの、「塔頂者たち」なのだと思います。いやーもー一年も辛抱できるかしらん、私…。ま、とりあえずは、DVDの第一巻をゲッチューするところから、だな…。

 ドルアーガの塔〜the Aegis of URUK〜第1の宮
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