Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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CLANNAD 第21回「学園祭に向けて」
 二度とない、ひととき。


 何物にも代えがたい、一瞬。


 「今」しかあり得ない、あるがままの「今」。


 そんな時間を、あなたも過ごしたことがあるはずです。幸せに満ちてその時を過ごせたか、悔やまれる過去になってしまったかは人それぞれでしょうが…あの頃をもう一度、と、どんなに願っても取り戻せはしない、だからこそ一層眩しく思われる、黄金の時…。

 取り戻すことが無理ならば、せめて自分の何かを継いでいく者たちに、自分の時よりも一層鮮やかに輝く「時間」を過ごしてほしい、と願いましょう。その連なりが豊かに広がっていくことを夢見て、自分の今をそのために捧げて…。

 夢は、自然と次の世代へ、継がれていくものなのだから。
 

~~~

 今は、とても便利な時代です。大概のことは後回しにして、後で時間ができた時にゆっくりとこなせる「仕組み」が整っていますから。両手両足の指を全て動員するぐらいでは到底足りない数の深夜アニメーションがそれぞれに隆盛を誇っているのも、そのことと無縁ではないのだと思います。録画しておいて、後でじっくり見ればいい。眠い目をこすりながらの「リアルタイムでの視聴」にこだわる理由は、それほどないはずです。

 でも。

 私は、こと京都アニメーションの作品に関しては、リアルタイムでの視聴と、その後数時間かけてのレビュー書きに、こだわってきました。それは、「後回し」にしたが最後、自分なりの締め切りをうまく設定できずにどんどん先送りになってしまう自分への「縛り」でもあるのですが…もう一つには、「その時」でしか得られない、貴重な何かを欲している、ということもあるのです。…ははは、可笑しいですよね?長い長い作業の積み重ねの結果として放映される「TVアニメーション」というメディアにおいて、そこに現出するグルーヴ感は作られたものに過ぎません。ましてや、最速組から周回遅れで放映されるそれに、リアルタイムもへったくれもありはしないはずなのですが…。

 それでも、私は、「その時にしか無い何か」を感じます。作中の、まさにその時にしか得られない貴重な何かを過ごしている彼らと同様に…。今回、リアルタイムでの視聴もレビュー書きも出来なかったことは痛恨の極みでしたが、改めて「その時間の大切さ」が身に染みてわかったような気がして、これはこれで一つの収穫だったと思うのですよ。その思いを以て、渚や朋也が触れている「大切な時間」へと切り込んで参ります。大変長らくお待たせしました、第21回CLANNADのレビューをここにお届けいたします。


【まるで、空気のように】
 恐らくこれまでもそうだったのでしょうが、今回は特に学園内の描写と、家庭内との描写に「分断の意図」を感じました。その間を、当然のように行き来し、全く違和感なく暮らす渚と朋也。しかし、私たちはそこに隔絶を感じます。お互いに入り混じることのない、二つの世界を。

 今回冒頭、この世と異なる何かを思わせるような幻想的な空の色合いから、まっすぐに校舎へとパンしたカメラは、次第に校内で活動する朋也たちにフォーカスしていくわけですが…静寂を破っていきなり発声・発音練習の風景から入ったのには度肝を抜かれました。呪文のように一心に言葉を紡いでいく彼らは、一種異様です。それも、「アメンボ赤いなアイウエオ」などのように、よく耳にするパターンのそれではなく、その筋の人でこそ知っているようなものを、あえて。最初の幻想的な空もそうですが、この「その筋の人にしか覚えのない練習風景」にしても、その場が完全に別世界に見えるような表現です。学生時代に演劇部に所属していた人、或いはまさに今そのような生活を送っている学生さんなら、きっと違和感なくこのシーンを見ることが出来るのでしょう。だけど、「知識としてそういうものがあることを知っている」程度の、既に大学を出て20年近くにもなろうかという私には、とてもそれが「日常の一部である」という風に肌で感じることは出来ません。

 そもそも課外活動は、そこに暮らす当の学生にあっては日常の一コマに過ぎませんが、学生でない一般社会人の目から見ると「非日常そのもの」です。だって、どう考えたって、そんな風に打ち込める時間を日常の中になんて、今の自分には作り出せませんもの。社会人になってから、嗜好の合うもの同士で集まって歌う一般合唱団に所属したこともありますが、それもあくまであの場は「非日常」のフィールドに過ぎないのです。日々に追われる仕事の喧噪から逃れて、家庭の中の諸々の雑事を忘れて、自分の夢の追求だけに特化できる場を人工的に作り出して…。そうして私は、自分の趣味の時間と向き合ってきたのであって、それを日常の一部としては暮らせた覚えがありません。

 そのような場を、まるで呼吸でもするかのように、ごく自然に味わうことの出来る貴重なひととき。それが学生時代というものなのだ、と、私は思います。モラトリアム、なんていうイヤな(もしくはかつての自分を卑下したような)言い回しもあるにはありますが、それとてある種の許容の上に成り立っていることを考えると、彼らの持つ特権の一部とさえ思えます。ともかく、そういう「非日常的な活動体験」を「日常の一部」として学べる場所こそが、学校なんですよね。勉強だけですむならば、家庭学習でも予備校でも、自分の好みにあったものをやっていればいい。だけど、あのような「自然な非日常の体験」だけは、学校でしか得られないものだと私は思っています。だから、学校には行くだけの価値があるんですよ。課外活動万歳。学園祭万歳。ああ、オレも一週間だけでいいから学校生活に戻って、心ゆくまで「日常としての非日常」を追体験してみてぇ!建て替え前の古い校舎に、懐かしい音楽室。その中で大勢の仲間と共に歌っている、世間知らずでガキんちょなオレと、今と変わらぬ笑顔でセーラー服に身を包んだ我が妻が…ハァ、ハァ(アブないプレイみたいだからヤメレ)。

~~~

 片や。あるがままの生活として渚が受け入れている「古河家の団らん」は、これもまた彼女の「日常の一部」です。お父さんがいて、お母さんがいて、自分がいて。大好きな岡崎さんもいて…っとっと、これはあまり「日常」っぽくはないですね。だけど、「家族と共に暮らすこと」という風に括ればこの生活は、平和な家庭における「日常そのもの」として受け取れることと思います。

 ここで「日常」という言葉は、「無理にそうあろうとせずとも、普通にそこにあるもの」という風に換言していいでしょう。家に帰ると、お父さんがいつものように「お帰り、俺たちの愛の結晶よ」などの大仰な言葉で迎えてくれる。お母さんがいつものように「今のうちにサイン貰えますか?」などの親バカぶりで接してくれる。それらは全て「当たり前」にそこにあるものだし、そこに自分がぴったりとはまっていることも当然のことで…。子どもが当然のように自分の「子どもの立場」を享受できるのが、「日常としての家庭」なんですよね。

 私自身も一応、平和な家庭の住人ですので、この描写は学校のそれに比べればだいぶ「我がもの」として感じることができます。ただ、子どもの視点ではなく、「親側の視点」として、ですけれども。親の心子知らずとはよく言ったもので(子の心親知らずとも言うけどそれは置いておいて)、親は「空気」のように家庭を満喫しているわけでは、必ずしもありません。日々の労働の対価を以て家族を養わなければいけないという義務感やら、家庭を幸せなものに維持し続けるための有形・無形の働きかけやら、子どもを真っ当に育てるために必要な諸々の苦労やら…その結果を、あくまでも「空気」として子どもに感じてもらうのが、やっぱり理想かな、と思います。それが、親としての責務であり、同時に幸せでもあるんですよ。

 ともかく、子ども達の前に広がるのは、あまりにも当り前の情景です。学校も、家庭も、当然にあるものとして。まるで地表の大気のように、呼吸し、包まれ、見守られて…。

 …でも、その「空気」がなかったとしたら?

~~~

 リハーサル前のことみの話ではありませんが、僕ら「視聴者」は、作中から見れば「異世界の人間」です。逆に、作中の人々も僕らから見れば「異世界の人間」に違いないのですが…よく出来た舞台設定が、丹念な描写が、細やかな表現が、まるで自分もその世界に取り込まれたかのように感情移入させてくれるので、普段はそれを意識することなく没入できるんですよね。

 しかし、今回の冒頭のように、「自分とは違う」ことを明確に示されると…途端に、作中の少年・少女たちが享受している幸せな時間の貴重さが、強く強く意識されます。学校も、家庭も、かつては自分が空気のようにその恩恵に浴していたものですが、今現実の自分から見ると、それらは遠く過ぎた日の世界です。視点を変えるだけで、「何気ないこと」がどんなに「幸せなこと」であるかがあぶり出されるのです。

 実は、「視聴者と作中人物」というところまで視点を引かなくとも、既に作中の人物の中に「異なる視点」に立ちうる者がいます。それが「岡崎朋也」なんですよ。渚と出会うまでの朋也の学校生活に、他の生徒と同じような「当然の毎日」があったでしょうか?朋也の家庭に、温かな団らんがあったでしょうか?これらは共に、朋也には無かったものなのですよね。

 だから、彼には「今のこの時間」が如何に貴重なものであるか、どれほど得難いものであるかは人一倍強く理解されているはずです。

誰もいなかった部屋…。
でも今は、こんなにも大勢の人がいる。
ひたむきに頑張り続ける渚と同じ時間を、
傍にいて共有している。
みんなで一緒に、喜びを分かち合うために…。
お前はすごいヤツだよ、渚。


 このセリフ、このシリーズが21話かけて積み上げてきたものの集大成、ですよね。名曲「同じ高みに」がちょっと反則っぽく思えちゃうくらい、その蓄積の大事さが染み入ります。ただ…ここでの朋也の認識が、「この時間は主に渚が作ったもの」になっていることが、引っ掛かりますが…。本当は、この時間は朋也も含めたみんなで積み上げてきたもののはずなのですよね。だけど、朋也にとっては渚の頑張りゆえに生じたもの、という感じになっていて…依存症ともちょっと違うのですけれど、「渚」という存在が大きくなりすぎているように見える朋也の気持ちに、ちょっとした危うさを覚えます。それは、


 「渚(の演技)次第で人類滅亡」、世界が終ってしまうような危うさ。


 或いは、


 渚が動いただけで「立ち位置がわからなく」なってしまうような脆さ。


 どちらもさりげない感じの挿入ですが、どちらも「ずっと先」のための仕込みに違いありません。来たるべきその日まで、忘れちゃダメですよー、しっかりとメモしておくように。


 ともあれ、今は渚と朋也は仲間たちと、或いは家族と共にあり、皆で築き上げてきたものを、呼吸するように味わっています。それは、今しか得られない幸福な時間の中なのでしょう。空気を、空気として、普通に呼吸できている間は。



【親と、子と】
 今まで、私はこの作品に「一視聴者」として向き合ってきました。だけど、今回の話を見終わって、「一父親」として向き合っている自分に気がつき、素直に驚いています。一体、いつの間に、そんな世界へ迷い込んでいたのか…。

 今は必死に日常を消化することしかできない私にも、潰えてしまったたくさんの夢がありました。それは、息子や娘の存在とは無関係に終わったものであり、自分が選択した「一つの道」にはたまたま乗らなかっただけの、過去のものたちです。一方で、それらの夢を追いかけていた時の輝きがどうであったか、それも忘れがたく胸に残ります。だから、今回の秋生には、感情移入せざるを得ないんですよ。

 夢が潰えたことに、後悔は、無い。胸を張って、そう言える、言い切れる。そして、どんな形であろうとも、その影響による重荷を愛する子どもには負わせたくない。だから、子どもが自分と同じ道を志すことを知っても、平静を装ったり。自分の経験が子どもの役に立つと思えば、さりげなく手渡したり。重荷になりそうなことを事前に察知して、舞台裏で注意を払ったり。秋生が取った行動の数々は、自分のものとして考えても全く違和感のないものだったんです。

 親が子どもに注ぐ愛って、きっとそういうものなんですよね。包むように、抑えつけぬように、無いものとしてふるまうように…「無償の愛」ってヤツですね。えっと、ギリシア語で「アジャパー」でしたっけ(違)。

~~~

 しかし、その愛を受けている渚は、実は初めからその「無償であること」に甘えきることができない様子でした。無償のまま受け入れてくれることこそが、両親の願いであるにもかかわらず…。

 衣裳の用意を文字通り「喜んで」承諾する早苗さんに対して、渚が思ったことは「何だか申し訳ないです、お母さんに」でした。そんなこと、思わなくてもいいはずなんですよね。いつも通りの表情とは言え、協力に快諾する早苗さんの笑顔は眩しいくらいだったじゃないですか。なのに、その「無償で受け入れていいですよ」という部分は、渚には伝わっていません。相手のことをあまりに強く大事に思うがゆえに。

 これを見ていて、Kanon第16話を思い出しました。風邪で辛いはずなのに、娘に全く変調を気取られなかった秋子さんのことを。あそこで名雪さんは「あたし…気が付かなかった…」という後悔の言葉を吐いているんですが、そこに気付かなくても誰も責めないと思うんです。他ならぬ秋子さんがそうしようと思ってそうしているのだから、子どもとしては親のその好意を受け入れて正解じゃないかと思うんですよ。だけど、いい子であればなおのこと、後悔と無縁ではいられません…。

 早苗さんの日記にも、夢を諦めたことへの無念めいた思いは全く書かれておらず、むしろ「毎日渚といられるので嬉しい」という喜びが綴られていました。なのに、その文言を読んでいても、渚には言葉通りには伝わらず、胸に湧き上がるのは両親への謝罪の気持ちばかり。知ってしまった、夢ある両親の過去。多分、その夢を諦めさせてしまった、自分という存在への罪悪感。うつろな瞳を、蒼白な顔を、朋也へと向け、弱々しく言葉を繰り出す渚の描写が、何とも痛々しい…。

 でも、夢を諦めた両親のことを慮る渚の思いが「真」であるのと同様、渚に無償で愛を注ぎ続けた両親の思いも「真」であるはずです。私事になりますが…15年前、私は母を病気で亡くしました。臨終の数日前に、慌ただしく帰省した私に対して、筆談で意思を伝える痛々しい姿の母が語りかけたのは…「今日、誕生日でしょ」だったんですよ。自分の命の灯が消えかかっている時に、まさか息子の誕生日のことを気に掛けるなんて…あの時は、信じられないやら切ないやらで、どうにもならない感情に苛まれた私でしたが、今なら、その時の母の気持ちがわかるような気がします。「子」としての思いも「親」としての思いも、どちらも「真」なんですよね。

 私がそのことを~親が子に注ぐ愛情が無償であることを~理解するには、長い時間の経過と、自分自身の経験の積み重ねを必要としました。しかし、渚にとっては一度きりしかない貴重な「今」を、最も輝かすはずだった演劇の舞台本番は、よりにもよって「今日、この日」なんですよ。時間的な余裕も、経験を補完する暇も、一切許されない最悪のタイミング。空気のように呼吸できていた家庭の愛も、学校での貴重なひとときも、渚は甘受することができない状態で本番に臨まなければならない…。他の物では決して代替できないこの時を、懺悔と後悔にまみれたまま、渚は終わってしまうのでしょうか?それこそその後に長い長い後悔を残すであろう、「不完全燃焼の記憶」となって…。共に集まった仲間たちにも、暗い影を落とすような結果となって…。


~~~


 そう言えば。古河家って、「核家族」なんですよね、「大家族」ではなくて。おじいちゃん・おばあちゃんはそこにはいなくて、「夫婦」と「子」のみ。なのに、「だんご大家族」の歌がしっくりとはまるような、底抜けの温かさと包容力の大きさを感じさせるのは、どうしてなんでしょう?それは多分、秋生や早苗が「そうあろう」とした、渚への愛情の深さ故でしょう。先週語られた秋生と早苗の決心、「ずっと渚の側にいる」こと。その延長に、繋がっていく人々の思いがあって、だから古河塾に集う近所の子どもたちは屈託なく古河家の敷居を跨ぎますし、風子も芽衣も朋也さえもあっさりと暮らしの中に溶け込んでしまいます。広がっていく絆、まるで、本当の「大家族」のように…。

 その中心にある秋生と早苗の思いが、その一番の根源である最愛の娘に届かないなんて。そんな結末は、見たくないですよね?


 AIRの最終回のように、誰かが失われるような悲しさが涙を誘うことはなく。


 Kanonの最終回のように、辛さの向こう側にある奇跡が発動することもなく。


 唯一無二の、「届かないのではと思われていた思いが、辛うじて届く」はずの次回のラスト。今シリーズ中でも何回か鳴ったそれが、最後に輝かす響きを、楽しみに待ちたいと思います。
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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テーマ:CLANNAD - ジャンル:アニメ・コミック

コメント
この記事へのコメント
一般的には…
ここにくるのが遅くなりました。

なにやらお体の調子を崩されているご様子、大丈夫でしょうか?もしかしたらかがみんの実家、鷲宮神社でお払いを受けないと…

などとの馬鹿話はともかく…
今回の21話は、私にとっては智代さん祭状態。一般的には、朋也くんのことや渚さんの事情に終始するのが普通ですよね。
でも私はこの回で、智代さんは眼鏡をかけて登場したことの意味を考えてしまったのですよね。その上で渚さんのことを認める発言をして頭を撫でたと言う…行動の意味を思ってしまったのです。

ま、でもこの先を考えると、智代さんの出番は朋也訓のバックアップ要員しかないですよね。トホホ~

そんなこんなですが…
お体には気を付けてくださいね。
家庭持ちとしては仕事以上に大切なことです。
ではでは
2008/03/27(木) 02:17:38 | URL | きつねのるーと #hE4kmW4M[ 編集]
逆転の演出(なんか違うな)
「京アニのCLANNADがあれば、ご飯3杯は食べられるよ」
(Kanon、名雪の「秋子さんの苺ジャム」の感想より)
やっぱり、てりぃさんはナユキスト大家族ですね。

前回、渚の笑顔で締めてましたけど
今回は真逆で締めてきましたね。
前回のてりぃさんのレビューにあった
「渚の笑顔を支えている存在」。
古河夫妻は自分の夢より渚を選んだわけでよね。
渚といつも近くにいられるように、渚のためを思って。
そして今回、2人が夢を捨ててでもとった行動が、
渚の夢の直前に追い詰めてしまうわけですね。

なんと言うか、
やりすぎですよねkeyも京アニも(いい意味で)。
どっちにしろ最終回は楽しみなものです。

ところであの衣装ですが、Kanonの制服に
よく似てるように思ったのですけど気のせいですか?
それとも「名雪さん出て来い」というてりぃさんの欲望が
具現化したのもですか?ハルヒ並の現実改変能力で?

番外編は…番外編であってほしいなぁと。
「それ本編中にやればいいじゃん」って内容でないのを希望。
前番組の怪物王女も番外編やってましたけど、
全然番外じゃなく普通の話だったので。
というか、TBSは番外編が好きなのだろうか…。
ならば名雪が主人公の番外h(略)

それと、忙しくてコメントできなかったのですが、
お体大切にしてくださいね、お大事に
2008/03/27(木) 03:33:06 | URL | つちむ #-[ 編集]
第二期に向けて
ってほどのことは書かないですが…。何もかも、レスが遅いのが悪いんです。orz

>きつねのるーとさん

>ここにくるのが遅くなりました。

いやいや、こちらこそレスがこんなに遅くなりまして、失礼いたしました。体の方も、とりあえず平常状態に戻りまして、何とか一息というところです。ご心配いただき、ありがとうございます。

>でもこの先を考えると、智代さんの出番は
>朋也訓のバックアップ要員しかないですよね。

DVDでのアナザーストーリー補完、きつねのるーとさん的には嬉しいニュースだったのではないでしょうか?おめでとうございます。


>つちむさん

>ところであの衣装ですが、Kanonの制服に
>よく似てるように思ったのですけど気のせいですか?

気のせい、ではないですよね、あれ。ただ、原作からしてああですので(ゲーム中にも立ち絵があったはず)、まあ、原作再現という域を出ないなぁと、記事中では触れてません。

>それとも「名雪さん出て来い」というてりぃさんの欲望が

ちょwww直球すぐるwww

つちむさんにも、私の体を心配していただき、ありがとうございました。
2008/04/07(月) 00:51:25 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
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誰も、悪くはない 学園祭まであと少し! 本格的に活動を始めた演劇部、役割分担も決まって張り切っています。 原作だと渚・朋也・春原の三...
2008/03/22(土) 23:07:41 | 中濃甘口 Second Dining
CLANNAD21話の感想でーす。・・・・・・あと一回で最後かぁ(番外編はあるがな) 今回はちょっと軽くいきますねー・・・・・・うん、なんていうかリアルに疲れてるんで勘弁してくださいorz
2008/03/22(土) 23:09:55 | !!填装力活
CLANNAD第21回を観ましたので、その感想などを。 今回、4:3版しか観てません。 テンション最低です。評価、最悪です。 てすと
2008/03/22(土) 23:13:15 | 丈・獅子丸の咆哮 (新館)
CAUTION -チュウイ- トップページにはTBS視聴分の最終回のレビューがあります。/  すいません。  AIR→Kanonと見た流れで、深い鬱展開が必ずあるものと思い込んでおりました。  別に そんなに暗い話を入れなくてもメインヒロインの話は成立しますよね。
2008/03/23(日) 12:36:10 | おカネの錬金術師の錬成日記
学園祭にむけて演劇部らしくなってきた第21話の感想です。
2008/03/23(日) 16:54:26 | さくら日記
いよいよ物語は佳境へ。 ……という雰囲気が全くしないのは何故なんだぜ(;´∀`) (以下、原作のネタバレあります!!)
2008/03/24(月) 18:36:42 | 万聞は一見に足るやも
ふう・・・。 ため息をつきながらこの感想を書いています。いつものことながら遅い感想。 今回は、書く気がおきなかったというよりも、鳥肌...
2008/03/25(火) 15:53:33 | みすぼらしいぶろぐ
杏が智代に対して変な敵愾心を見せてたのは何かな? 渚がアルバムを見つけてしまった時の朋也の台詞が、「とりあえず寝ろ」ってのが、微妙に頭が悪くて良かった。 あまり考えていないライターとかですと、自分の考えとかをそのまんまキャラに喋らせてしまい、お前は禅問..
2008/03/26(水) 23:40:51 | バラックあにめ日記
軽い調子で感想を書くと… 一言で言ってしまうと… 胸! そして… 眼鏡の智代さん!!!!! 眼鏡をかけた自分に自信が無いと言う智代さん そんな智代さんにめろめろでぅ お莫迦な感想はさて置き… 流れとしては着々と準備を進め手いる学園祭の準備。 渚の実現し
2008/03/27(木) 02:00:30 | 「きつねのるーと」と「じーん・だいばー」のお部屋
さてさて、CLANNADヒロイン中、一番のお気に入りの智代さんの京アニ版第21話までの時点での考察をしてみたいと思います。 第21話ではお仕事モードの眼鏡をかけた智代さんのお姿が拝見できましたが、その眼鏡をかけた状態で渚さんに 朋也の彼女が『貴方で良か
2008/03/27(木) 02:01:51 | 「きつねのるーと」と「じーん・だいばー」のお部屋
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2008/03/28(金) 22:58:00 | blue bleu
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