Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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ピロは何故いなくなったのか
 あー。書くつもりはなかったんですが、ウチの近所の誰かさんが書けって言うもんで。(^^;

 リンク先の考察も、あちこちに不整合はあるものの、なかなか面白い考察だと思います。実は私も放映を見ながら似た路線のことを考えていまして、真琴の頭部にONしていたピロゆえに「ピロ=真琴の知性」という解釈も成り立つかなぁ、なんてぼんやりと思ってはいました。ピロの失踪=次第に幼児退行を起こしていく真琴、なんていう図式ともマッチしますし、一見説明は付きそうなんですが…残念なことにこれだと、祐一と出会ってかなり経ってからピロが真琴と出会う辺りが、どうにも合点がいきません。真琴の知性を象徴しているというのなら、完全に人間的存在だった最初の時点から真琴と行動を共にしていなければならないような気がするのですね。

 他にも意味を色々考えてみることは出来ますが、ちょっと待てよと。これ、「ピロの失踪が、壊れていく真琴の何かを象徴している」という切り口自体がちょっと違うんじゃないかしら?
 
~~~

 「Kanon」という音楽様式は、元々は「形式美」を追求するものです。具体的な出来事を音楽で表現するような「標題音楽」とは異なり、一定のルール~主題を他の声部が模倣しながら音楽を紡いでいくこと~を守りながら組み上げられた音楽の、音響的な美と様式的な美の両面を愛でるものです。第7話「家出と仔猫の遁走曲~fuga~」のレビューでは、そうした音楽様式の持つ意味(旋律の追いかけ合い)をアニメ上に倒したのではないかという解釈を試みました。

 この「ピロの失踪が持つ意味」も、その路線で解釈できないでしょうか?つまり、ピロの失踪を静的に捉えるのではなく、他の動きを絡めて動的に俯瞰してみるのです。そのために、ピロと真琴の関係をおさらいしてみましょう。

 まず、作中では真琴が登場する前の出来事として「ピロが真琴を助けてくれていた気がする」ということが語られています。これは「作中で出会うよりも前に、真琴とピロの間には何らかの関係があったらしい」という風に還元できますね。次に、ピロと出会った真琴は束の間の関係の後、「わざとじゃない」ながらも、歩道橋からピロを落っことしてしまいます。つまり、「決して自分の本意ではないが、結果的に自ら手を下して強制的に別れた」ということになります。

 …ここまで読んで、何か思い当たる節がありませんか?そう、ここに見える「ピロと真琴の関係」は、実は「真琴と祐一の関係」に、よく似た側面を持っているのです。妖弧(真琴)と祐一の間にも「作中で出会う前の関係」がありましたし、今回の第9話で語られたように祐一も「決して本意ではないが、自らの手で妖弧(真琴)と強制的に別れている」んですよ。その後、ピロを探す真琴、その真琴を探す祐一という構図があったのは、第7話レビューでも語った通りですし、同様のモチーフが第9話にもありました。ここまで多くの「モチーフの繰り返し」が存在する以上、これらが全てたまたまの出来事とは考えにくいのではないでしょうか。つまりこれらは「Kanon」という言葉の意味通り、意図的に繰り返しになるように仕組まれた二組のイベントではないかと思うのです。

 だとすれば、「真琴の前から姿を消すピロ」が表すものは…もうお分かりですね?そうです。最後には「祐一の前から真琴も姿を消す」ということになるのですよ。…何という悲しくも美しいモチーフの掛け合いでしょうか。

~~~

 以上は一つの「見方」であり、正解とは限りません。いえ、「作中で明示的に語られない点は、視聴者側に解釈を委ねられた部分である」というのが私の持論ですので、むしろ「正解は存在しない」とも「全てが正解」とも言えるのではないかと思っています。あなたは、どうぞあなたの思う真実を追い求めて下さい。お目汚しにお付き合い頂き、どうもありがとうございました。
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テーマ:Kanon~カノン~ - ジャンル:アニメ・コミック

コメント
この記事へのコメント
つまり・・・
本編最後、ピロは確か水瀬家に戻ってきたとあったはず・・・
つまりはあの後に真琴は水瀬家に帰ってくるということですねっ!?
2006/12/02(土) 21:41:20 | URL | 結城 レイ #-[ 編集]
なるほど。そういう解釈も十分に成り立つわけですね。KANONという作品の特徴的にはかなり近いものがあるように感じられます。

私の解釈は恥ずかしながらも単純で、ピロがそもそも狐側の生き物であるということです。
「助けてもらった」というのは、真琴最初からもっていた少女が使うに似つかわしくない財布などを渡した。などで、いなくなったのも、真琴の限界について狐側でなにかの会議なりが・・・・とか思ったり。

あれ、俺幼稚かも・・
2006/12/03(日) 17:06:22 | URL | 涙桔 #-[ 編集]
TBありがとうございました。月を見上げる丘の月宵と申します。

これまた面白い解釈かと☆
たしかにピロという存在が何かを象徴しているというのはあながち間違いでも無いと思います。Kanonのヒロイン中で特に真琴は変り種でもありますし、人間ではないもの、ピロという猫との繋がり、様々な要素が合わさっているのが真琴エピソードだとも思います。
ピロの件、また真琴自身の事も私たち視聴者側にとって最善であろう今後に期待しましょうw
2006/12/03(日) 20:25:19 | URL | 月宵 #-[ 編集]
あわわわ、ネタバレ禁止っ
>結城レイさん

あえて記事中から削ったんですよぅ、その部分は。私も「それこそがKanonにおいて各ヒロインに共通して起こる奇跡のモチーフであり、真琴シナリオがハッピーエンドと解釈できる要(かなめ)」と思っておりますが、今の時点でそれを語っちゃうと…ネタバレが激しいかなぁと。いや、いいんですけどね。


なるほど。そういう解釈も十分に成り立つわけですね。KANONという作品の特徴的にはかなり近いものがあるように感じられます。


>涙桔さん

ピロが真琴の監視者である、という解釈は広く行われているようですね。その辺も特段の記述はないんですが、やはり「助けてもらった云々」がその根拠として語られることが多いようです。私も、「そういう側面はあるのかもしれない」とは考えております。

で、原作者がそれ以上踏み込んだ描写をしなかったことについて、私は原作者が「そう解釈してもしなくてもどちらでもよい」と判断したのだろう、と受け取っております。あえて余地を残したまま筆を置いている、と言いましょうか。だから、その辺は受け手が自由に解釈して良い部分なんではないでしょうか。


>月宵さん

わざわざコメントを下さり、どうもありがとうございます。

ピロについては特に真琴シナリオで大きな意味を感じることが多いですが、実は名雪に関してもある意味を持っているんじゃないかと考えたりしております(ま、ピロというよりは、名雪にとっての猫の意味合いですけども)。その部分は、多分放映終了までに何らかの記事に起こしたいと思ってはいますが、今はまだその時期ではないような気がするので。

来週、ピークを迎える真琴シナリオですが、「その後」についてどんな描写をいつ仕込んでくるのかが、私の最大の関心事になっています。願わくば、最後には幸せな記憶を。あれ、ゲームが違いますね(笑)。いずれにしても、お互い刮目して次週を見届けましょう。今後ともよろしくお願い致します。
2006/12/04(月) 02:01:38 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
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