変なテンションのまま、まだ寝られないでいるてりぃです。…でももうそろそろヤバいよね?
さてさて。寝る前の最後の記事は「パクリ問題について」。ちょっとヘビーな題材ですが、思いつくままに。
人の物を盗むのは良くない、いやいやこれはオマージュもしくはリスペクトでーとかいう議論に、真剣に身を投じるつもりはあんまりありません。本人がリスペクトだと言い張るなら、まあそんなもんなのかもしれませんし。他人が判断できない部分は当然あるだろうしね。でも、「丸写し」「劣化コピー」ってのは、何よりも本人が恥ずかしくないですかねぇ、物作りの担い手として、さ?
さてさて。寝る前の最後の記事は「パクリ問題について」。ちょっとヘビーな題材ですが、思いつくままに。
人の物を盗むのは良くない、いやいやこれはオマージュもしくはリスペクトでーとかいう議論に、真剣に身を投じるつもりはあんまりありません。本人がリスペクトだと言い張るなら、まあそんなもんなのかもしれませんし。他人が判断できない部分は当然あるだろうしね。でも、「丸写し」「劣化コピー」ってのは、何よりも本人が恥ずかしくないですかねぇ、物作りの担い手として、さ?
何でも「パクリ」と騒ぎ立てるのを、私自身は良しとはしません。「著作権の侵害であ〜る!」とかいう「十兵衛ちゃん2」のシーンには腹を抱えて笑ったクチですし、どっからどこまでが罪なのかとか、その辺はどうしても主観が絡みますのでね。でも、「丸写し」のレベルになると、やっぱわかる人にはわかるわけですよ。それに、「劣化コピー」も、やっぱ良くないです。ともに、「元ネタの有無はさておいて、自分でプラスできた物がほとんどない」ってことに他ならないでしょ?「芸がない」って言い回しがあるけどさ、ホントに芸がないなぁ!と思えるような転用ものに出会っちゃうと、心底げんなりします。
これは、少なくとも「何かを作ろう」と志している人間にとっては、顔から火が出るほど恥ずかしいことなんじゃないの?何に対して恥ずかしいかって、自分に対して恥ずかしいでしょ。誰一人その事実に気付かず、誰もその人を責めなかったとしても、自分の良心が、内に燃える物作りの魂が、自分自身を責め立て上げなくちゃいけないでしょ。そう思えないようなら、物作りなんかやめちゃいなさい。
例えば、すんごく矮小な話で申し訳ないんだけど、私が書いてるこの手の記事だって、ある種の創作物には違いないわけです。で、これが人のふんどしで相撲を取ってる行為だという自覚もあります。レビュー記事などはその最たる物だしね。でも、「見た時に感じた感動を、何とか自分なりのスタイルで文章にできないか」とか、「自分ならではの何かを文章に盛り込めないか」ということは常に意識してますよ。私が読んで面白いと思う、他の方のブログ記事にあるような、「譲れないその人それぞれの個性」というものを、何とかして私も唯一無二のものとして実現したい。私もとても強くそのように願っている一人だったりするわけ。
だから、自画自賛になっちゃうけど、僕は僕自身がそういう気持ちを持って書いた記事に対して、強く愛情を持ってますよ。こんなもんでも、自分が苦労して、場合によっては心血も注いで書いたものですし。その中に自分が何を書いたのか、どういう心境で書いたのかは、全部ではなくともある程度覚えてます。それが、自分の書いた拙い文章に対する愛情と責任だと思ってますから。ある意味、我が子に注ぐ物に似ているよね、こういう気持ちって。
人の作品を丸ごと転用してツラッとしているような人が、同じ心境になれるとは私には思えないわけですよ。自分の作品の中に、人の作ったものをそのまんま入れて平気な顔なんて、フツーならできるわけがない。そりゃ、ホントに意義のある転用というものも世の中にはあるけれど、そこには何らかの工夫とか、情熱とかが当然のように付加されています。それらは「芸がない」どころか、あっぱれ職人芸!と思わせるようなものを持ってるわけです。逆に、「二次利用」なりの面白さ、別な物を組み合わせる事による妙味といった、オリジナリティの欠片もないようなものは、パロディ、オマージュ、リスペクトなどとは呼ばないのよ。丸写しだなんて、自分の作品に対する愛情も責任も、そこにはあり得ないでしょ。
「憧憬を持って真似る」「いいところを学ぼうとして模する」という一連の行為と、「とりあえずパクる」「都合のいいとこだけ転用する」という行為の間には、深い溝があります。絶対に両者を同一視できない、深い深い溝が。その溝が見えていないのは、パクった本人だけではないのかね?一朝一夕に面白いモンなんかできるかい。苦労せい、悪しき模倣者たちよ。
これは、少なくとも「何かを作ろう」と志している人間にとっては、顔から火が出るほど恥ずかしいことなんじゃないの?何に対して恥ずかしいかって、自分に対して恥ずかしいでしょ。誰一人その事実に気付かず、誰もその人を責めなかったとしても、自分の良心が、内に燃える物作りの魂が、自分自身を責め立て上げなくちゃいけないでしょ。そう思えないようなら、物作りなんかやめちゃいなさい。
例えば、すんごく矮小な話で申し訳ないんだけど、私が書いてるこの手の記事だって、ある種の創作物には違いないわけです。で、これが人のふんどしで相撲を取ってる行為だという自覚もあります。レビュー記事などはその最たる物だしね。でも、「見た時に感じた感動を、何とか自分なりのスタイルで文章にできないか」とか、「自分ならではの何かを文章に盛り込めないか」ということは常に意識してますよ。私が読んで面白いと思う、他の方のブログ記事にあるような、「譲れないその人それぞれの個性」というものを、何とかして私も唯一無二のものとして実現したい。私もとても強くそのように願っている一人だったりするわけ。
だから、自画自賛になっちゃうけど、僕は僕自身がそういう気持ちを持って書いた記事に対して、強く愛情を持ってますよ。こんなもんでも、自分が苦労して、場合によっては心血も注いで書いたものですし。その中に自分が何を書いたのか、どういう心境で書いたのかは、全部ではなくともある程度覚えてます。それが、自分の書いた拙い文章に対する愛情と責任だと思ってますから。ある意味、我が子に注ぐ物に似ているよね、こういう気持ちって。
人の作品を丸ごと転用してツラッとしているような人が、同じ心境になれるとは私には思えないわけですよ。自分の作品の中に、人の作ったものをそのまんま入れて平気な顔なんて、フツーならできるわけがない。そりゃ、ホントに意義のある転用というものも世の中にはあるけれど、そこには何らかの工夫とか、情熱とかが当然のように付加されています。それらは「芸がない」どころか、あっぱれ職人芸!と思わせるようなものを持ってるわけです。逆に、「二次利用」なりの面白さ、別な物を組み合わせる事による妙味といった、オリジナリティの欠片もないようなものは、パロディ、オマージュ、リスペクトなどとは呼ばないのよ。丸写しだなんて、自分の作品に対する愛情も責任も、そこにはあり得ないでしょ。
「憧憬を持って真似る」「いいところを学ぼうとして模する」という一連の行為と、「とりあえずパクる」「都合のいいとこだけ転用する」という行為の間には、深い溝があります。絶対に両者を同一視できない、深い深い溝が。その溝が見えていないのは、パクった本人だけではないのかね?一朝一夕に面白いモンなんかできるかい。苦労せい、悪しき模倣者たちよ。
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この記事へのコメント
久しぶりに書き込んでみました。
自分みたいに二次創作をやっている人間からすると、中々耳に痛い面もありますね。
私はKanonを題材にしてRPG作っていますけど、結構他の作品群を参考にしたり、意識せずに影響を受けた面が結構あります。
前者の例だと、香里が波動拳を撃ったりとか(これはパロディとしての受け狙いですが)、後者だと一部のシチュエーションが他のゲームに似てしまったりだとかがありました。
前者の場合は「わざと」だということがすぐにわかりますのであまり問題になりませんが、後者の場合だと「パクリ」ととられる場合もあるでしょう。
学問の世界だと、他の人の研究成果の流用は「きちんと相手の名前を出して」述べることで正当な行為になりますけど、こういったある種の芸術の世界では、その辺の線引きが難しくなります。
二次創作はグレーゾーン極まれりの世界なので、こういったことは常に考えていくべきでしょうね。
因みに自分が最近見た中で最も酷い例で言うと、この間の夏コミで、他のゲームから吸い出したデータを大量に使ったゲームを作り、売っているサークルも見かけました。格闘ゲームで、イベント画面などは自分のオリジナルの絵でしたが、肝心のゲーム中の絵は吸い出した絵そのままという体たらく。
ここまで行くとパロディでは済まされないでしょうね。(因みに私の場合はさっきの波動拳はちゃんと自分でアニメーションを作っています。弾の形は意図して似せましたけど、一応自作です)
どこまで落ちぶれてもこういうのはやりたくないですね。
それでは、乱文失礼しました。
自分みたいに二次創作をやっている人間からすると、中々耳に痛い面もありますね。
私はKanonを題材にしてRPG作っていますけど、結構他の作品群を参考にしたり、意識せずに影響を受けた面が結構あります。
前者の例だと、香里が波動拳を撃ったりとか(これはパロディとしての受け狙いですが)、後者だと一部のシチュエーションが他のゲームに似てしまったりだとかがありました。
前者の場合は「わざと」だということがすぐにわかりますのであまり問題になりませんが、後者の場合だと「パクリ」ととられる場合もあるでしょう。
学問の世界だと、他の人の研究成果の流用は「きちんと相手の名前を出して」述べることで正当な行為になりますけど、こういったある種の芸術の世界では、その辺の線引きが難しくなります。
二次創作はグレーゾーン極まれりの世界なので、こういったことは常に考えていくべきでしょうね。
因みに自分が最近見た中で最も酷い例で言うと、この間の夏コミで、他のゲームから吸い出したデータを大量に使ったゲームを作り、売っているサークルも見かけました。格闘ゲームで、イベント画面などは自分のオリジナルの絵でしたが、肝心のゲーム中の絵は吸い出した絵そのままという体たらく。
ここまで行くとパロディでは済まされないでしょうね。(因みに私の場合はさっきの波動拳はちゃんと自分でアニメーションを作っています。弾の形は意図して似せましたけど、一応自作です)
どこまで落ちぶれてもこういうのはやりたくないですね。
それでは、乱文失礼しました。
真摯に自分の何かを成果物に反映させようと、頑張っておられる二次創作の担い手さんには、今後とも頑張って頂きたいと思っております。ただ、中にはやっぱりいるんですよね、とりあえず体裁を整えるために、人のものを労力最小でパクっちゃう人が。これは二次創作のみならず、プロの世界だって時折見られることですが、どっちにしたって「恥ずべき事」には違いないと思うのですよ。
実は、上記記事は私自身が自分の記事のある部分を、一文丸ごと見も知らぬ他人にパクられたことを知って、それで色々考えて書いたものでして、半ば「私怨」に近い感情が交じっています(苦笑)。でも、こういうことをする人は、パクられた方がどんな気持ちになるかなんて知らないでしょうし、パクる行為がどんなに恥ずかしいことかも考えもしないんじゃないか、と思いましてね。そのことを記事にしたくなって、ちょっと暴走気味になってしまいました。
人のアイディアと自分のアイディアの境界線を意識し、自分の良心と向き合う気持ちを忘れない方は、何の心配もいらないと思います。OROCHIさんもそういう気概のあるお方とお見受けしました。どうぞ今後とも頑張って下さいませ。
実は、上記記事は私自身が自分の記事のある部分を、一文丸ごと見も知らぬ他人にパクられたことを知って、それで色々考えて書いたものでして、半ば「私怨」に近い感情が交じっています(苦笑)。でも、こういうことをする人は、パクられた方がどんな気持ちになるかなんて知らないでしょうし、パクる行為がどんなに恥ずかしいことかも考えもしないんじゃないか、と思いましてね。そのことを記事にしたくなって、ちょっと暴走気味になってしまいました。
人のアイディアと自分のアイディアの境界線を意識し、自分の良心と向き合う気持ちを忘れない方は、何の心配もいらないと思います。OROCHIさんもそういう気概のあるお方とお見受けしました。どうぞ今後とも頑張って下さいませ。
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